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短編小説「兄からの電話」

    こんにちは。ローランです。
    今日は、意識のない大好きな兄からの電話がかかってくる…というお話です。こんな不思議なことが果たしてあるのでしょうか。

※このお話はフィクションです。

    では、今日もお楽しみいただければ幸いです。


短編小説「兄からの電話」


    僕は佐々木シゲル。小さな劇団の座付きとして脚本を担当する、三十路の男だ。
 今日は兄の話をしようと思う。彼は僕と8つ違い。子どもの頃からとても優秀な上に優しくて、僕はいつも兄の後ろをついてまわった。そんな僕を嫌がらずに一緒に遊んでくれた。僕が小学校に入学してからはマイペースで授業に遅れがちな僕に勉強も教えてくれた。僕はそんな兄が大好きだ。僕がこの道に進むと決めたときも、シゲルなら大丈夫だ頑張ってこいと兄は応援してくれた。
 その大好きな兄が、2年前の春の日。出勤途中、交差点を左折してきた自動車にはねられた。頭を強く打ったらしく意識は戻らないまま。医者は脳死判定を下したようだが、両親はまだ心臓が動いている兄をあきらめきれず、治療を続ける選択をした。
 あれは事故から3か月後の兄の誕生日のことだ。自宅で次の脚本の構想を練っていたとき、スマホが鳴った。誰だよこんなときに…と思いつつ着信番号を確認して驚く。兄の番号だった。まさか兄が連絡してきたわけではあるまい。親が兄のスマホを使って連絡してきたのかと思い、電話に出た。
「…………………」
 無言だ。事故時スーツの胸ポケットに入っていた兄のスマホは奇跡的に無事だった。兄の意識がいつ戻っても不自由がないようにと、解約していない。そしてそのスマホは兄の病室に置いてあった。
「もしもし」
 僕は再度話しかけてみた。しばらく待ったが返事はない。Wi-Fiが飛びにくい状況なのだろうか。
「もしもし、誰?母さんかい?」
と言ってみたが、やはり無言のままだ。そこで僕ははっとした。兄じゃ…本当に兄がかけてきてるんじゃないか?意識が戻って助けを求めてるんじゃないか?
「兄さんかい?意識が戻ったのか?兄さん!」
 そこで電話は切れた。
 あわてふためいて母に連絡する。
「母さん!兄さんから電話があったんだ!兄さんの意識が戻ったのかい?」
 だが母は戸惑うばかり。母はちょうど兄の病室に来ていたが、兄の意識は戻っていないこと、スマホも引き出しにしまわれたままで、もちろん電源も入っていないと言った。
「僕を驚かせようとして母さんがかけてきたんじゃないのか?」
 そう言う僕に母は泣きながら怒った。
「どうして私がそんなことするのよ!今日はこの子の誕生日なのよ。そんな日になんで…」
 泣く母にごめんなさいと謝りつつ電話を切った。
 着信履歴を確かめる。確かに兄の番号だ。兄が自分の誕生日だから連絡してきたのかな…。僕はその日病室に飾る花を買って兄のもとに向かった。
 そんなことがこの2年の間に数回続いた。その度に僕は兄に会いに行った。きっと兄はあまり見舞いにいかない僕を呼び出すために電話をかけてくるのだろう。家族の間ではそれが共通認識となった。無意識で電話をする兄はやっぱりスゴい。そのおかげか事故以来、半狂乱になっていた母がすっかり落ちつきを取り戻した。兄の声は聴こえなくても兄の意識はあるのだ、兄の存在はそこにあるのだと認識できたようだ。母は毎日病室に通って、兄に話しかけながら体位を変えたり、手足のマッサージをしたりしていたという。
 事故から2年経った。
 一昨日、また兄から電話があった。すっかり慣れた僕はいつものように気軽に電話に出る。
「兄さん、今日はどうしたんだい」相変わらず無言だ。
「今日はいい天気だよ。スギ花粉がたくさん飛んでくしゃみは激しいし鼻水ダラダラで困るよ」と能天気な僕の日常報告をする。
その時だ。
「……シ……」
確かに声が聞こえた気がした。
さらにもう一度
「……シ……」
確かに「シ」と聞こえた。
 苦しそうな喉の奥から絞り出すような声。いつもの電話と様子が違った。
「兄さん!どうしたんだい!兄さん!」
 そして電話は切れた。兄に何が起こったのか、僕は呆然とした。
 再び電話が鳴る。今度は母からだった。兄の容態が急変し危篤だと。すぐに病院に来るようにという連絡だった。
 僕は慌てて病院に向かったが、到着したとき、兄の心臓はすでに停止していた。
 
    そして、兄は荼毘にふされた。火葬場の空へと長く伸びる煙突を眺めながら、兄の空への旅出ちを見守り考える。
 あの電話は、兄の最期のお別れの電話だったのだろう。最期にありったけの力と声を振り絞ってくれたのだろう。あのとき聞こえた「シ」は「死」なのか、僕の名前シゲルの「シ」なのかはわからないが、兄は確かに何かを伝えようとしていた。どちらにせよ、自分が一番辛いであろう死の間際に、家族を思って電話をかけてきたのだ。そんな優しい兄を僕は誇りに思う。

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