トラウマを扱わないのにトラウマが気にならなくなる、快復するメカニズム
トラウマが身体に及ぼす影響は、神経系と筋骨格系の調和を乱し、身体の適応性を低下させることで現れます。この過程を理解する鍵となるのが、Yielding(支持面とのつながり)、anticipatory postural activity(予測的姿勢調整、以下APA)、およびOrientation(空間認識/見当識)という身体の動作準備と環境適応のメカニズムです。
Yieldingは、身体が支持面(地面や椅子など)に自分を委ね、重力と調和する感覚を指します。この感覚が健全に機能していると、身体は過剰な緊張を手放し、安定した基盤を持つことができます。トラウマの影響下では、この支持面への信頼が弱まり、身体は常に不安定感を抱えるようになります。その結果、動作を支えるために過剰な筋緊張が必要となり、エネルギーの浪費が増大します。
次に、APA(予測的姿勢調整)は、動作が始まる前に、身体が無意識に行う微細な調整を指します。本来、APAは効率的かつ経済的にエネルギーを使うことで、スムーズな動作を可能にします。しかし、トラウマの影響を受けた身体は、防衛反応が過剰に働くため、APAの調整が必要以上に複雑化します。身体は「危険」を予測し続け、防御のための余分なエネルギーを費やします。このような過剰適応が固定化されると、動作準備がスムーズに進まず、身体のエネルギー効率が著しく低下します。
Orientation(空間認識/見当識)は、身体が周囲の空間や環境を正確に把握し、次にどのように動くべきかを決定するプロセスです。これは動作の最終段階であり、YieldingとAPAの安定性に大きく依存しています。トラウマ状態では、YieldingとAPAにエネルギーが集中しすぎるため、Orientationに必要なリソースが不足し、空間認識が曖昧になります。その結果、身体は「今ここ」に存在する感覚を失い、過去のトラウマ的記憶や感覚に引きずられやすくなります。
ロルフィングやイールドの技法は、この悪循環を断ち切るための有効なアプローチです。イールドの技法を通じて、身体が支持面とのつながりを取り戻すと、神経系は「安全安心」を感じやすくなり、過剰な筋緊張が緩和されます。また、ロルフィングによる筋膜と筋骨格系の調整やロルフムーヴメントは、APAの効率化を促し、エネルギー浪費を減らします。これにより、身体はOrientationに向けるリソースを回復し、周囲の環境をスムーズに認識できるようになります。
結果として、トラウマに直接触れなくても、ロルフィングやイールドの技法は、身体の適応性と安定性を高めることで、クライアントが「今ここ」に存在し、自由で柔軟な動きを取り戻す手助けをします。このプロセスは、身体と神経系の調和を再構築するものであり、トラウマの影響を間接的に緩和しながら回復を促進します。
トラウマを再定義する
「トラウマは、空間認識/見当識(Orientation)に至る前の予測的姿勢調整(APA)における過剰適応によるエネルギー浪費が固定化している状態」と再定義してみました。
その認識からスタートすると、身体の適応性を上げてやることを中心に考えればいいことになります。適応性を上げるとは、つまり、コンピューターのバグやウイルスを一つ一つ見つけていくのではなく、OSごと更新してしまおうという考え方です。