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映画『チェーホフのかもめ』鑑賞
2週間前に投稿したこちらの記事で、アメリカのAmazonで入手可能な映画のDVDとして『チェーホフのかもめ』があること、それをポチったことは書きました。
一昨日、太平洋を越えて到着したので、さっそく鑑賞してみました。
『かもめ』(原作)のあらすじ他
チェーホフの『かもめ』のあらすじは、こちらの記事の通りです。
こちらの佐藤茅衣さんによれば、各種映画賞を総なめにしつつある『ドライブ・マイ・カー』で、同じくチェーホフによる『ワーニャ伯父さん』も言及されているとのこと。
あらためてチェーホフ
チェーホフは1860年に生まれわずか44歳の生涯でした。モスクワ大学医学部の学生時代から生活費を稼ぐために短編小説を書いていたとのことで、『桜の園』がモスクワ芸術座で初演された時に、作家生活25周年記念パーティーが開かれたとあります。
この25年の間の著作は、ウィキペディアの書誌情報によれば、戯曲と小説がそれぞれ17ずつ。未完成のものを含む短編が575。未完成の小説が1作ということでしょうか。
モスクワ芸術座と言えば、今回取り上げる『かもめ』が1896年にサンクトペテルブルグでの初演では大失敗だったところ、モスクワ芸術座で大成功し、それを記念してシンボルマークにかもめが入っているとのこと。
1895年の秋には長編戯曲『かもめ』を執筆した。この作品は翌1896年秋にサンクトペテルブルクのアレクサンドリンスキイ劇場で初演されたが、これはロシア演劇史上類例がないといわれるほどの失敗に終わった。しかし、2年後の1898年にはモスクワ芸術座によって再演され大きな成功を収めた。モスクワ芸術座はこの成功を記念して飛翔するかもめの姿をデザインした意匠をシンボル・マークに採用した。
こちらがそのシンボルマーク。たしかに「かもめ」が取り入れられています。
また、モスクワ芸術座は、1897年の設立以後、ソ連時代を経て今も存続しており、途中ゴーリキー記念モスクワ芸術座になったりしつつ、現在ではチェーホフ記念モスクワ芸術座となっているようですね。
演劇・舞台・語学教材に大活躍のチェーホフ作品
ウィキペディアの「没後の影響」にもあるように、イギリスの演劇界やアメリカでも舞台化されているというのは、たとえばチェーホフのDVDコレクションがイギリスBBC制作のものだったりしていることからもうかがえます。
本投稿の冒頭の佐藤芽衣さんが書いているように、つい昨年の映画でもチェーホフの作品が取り入れられたりしています。
うちでも何度もリンクしていますが、語学用教材でもチェーホフの作品は多数対訳集などが出版されています。
この他にも『狩場の悲劇』、『犬を連れた奥さん』などが映画化されています。探せば他にもあるかもしれません。
映画『チェーホフのかもめ』(Чайка, 1970年)
商品としてのDVDについて
以前の記事で「DVD‐R」とありますので、注文後に焼き付けたものかと思っていましたが、届いたDVDのディスク本体は商業用プロダクトとして製作されたディスクで、ディスクの印刷もオフセット印刷っていうのでしょうか?テカリのある美しい製品としての出来のようにみえます。
ただしDVDケースのジャケット印刷は、これはどうみても個別に作ったとしか思えない出来栄えでして。背中にあたる部分が思いっきりずれていますし、印刷もコピーで作ったような品質。
ただ、美品としてライブラリーにきれいに並ぶことはあまり重要視していないので、私としては中身がきちんと見られるなら全く問題はありません。
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アメリカで販売されている「ロシア映画のDVD」
アメリカ映画やドラマのDVDセットを買うと、日本のDVDプレーヤーやパソコンでは、「リージョンコードが違います」といった表示がでて再生できないことがあります。というより、ほとんどのケースがそうだと思います。
ブルーレイ商品では、そういうケースに遭遇したことはあまりないのですが。
しかし、アメリカで購入したロシア映画・ドラマのDVDについては、今回の『かもめ』も含めて、今まで購入したどのDVDもリージョンコードで再生不可だったことはありません。
理由は良くわかりませんが、ロシア映画愛好者にとっては非常にありがたいですね。
さて。映画の『かもめ』ですが、私が読んだ原先生の訳で覚えている内容の通り、話題が進みます。オリジナルの戯曲のセリフと対比まではしてないので、細かいところでは若干違うところがあるのかもしれません。
戯曲の難しさ
他の方も似たようなことを書いているケースを見たことがありますが、戯曲は若干の舞台設定の説明(いわゆる「ト書き」)とセリフぐらいしかないので、まず登場人物を把握するのが普通の小説よりもひと手間かかり、さらに心理描写などはセリフから読者が読み解く必要があります。限られた情報だけでは「なぜこの人がこのセリフを言っているのか?」が分かりにくい場面もあります。
それが舞台や映画などで、役者さんの演技を通して具体化されることで、それらが非常に明確に把握されるように感じました。
リュドミラ・サベーリエワの演技
リュドミラ・サベーリエワ演じるニーナの演技は素晴らしいと思いました。特にトレープレフからトリゴーリンに心を寄せて、田舎の町からモスクワに出てゆき、どん底のような経験をした後、トレープレフに会いに来た時の表情の変化は、鬼気迫るものがあります。
あらすじをご存じの方には説明不要と思いますが、一番悲しい悲劇的エンディングでもありますので、誰にでもおススメ、という作品ではありませんが、あらすじも知っていて、これだけでも見る価値がある映画と言えます。
全体を通しても93分ぐらいの小ぶりな作品ですし、田舎が舞台のため複雑な人間関係でもありませんから、チェーホフの作品を愛読しておられる方にもおススメしたい映画です。
注意点:ロシア文学あるある
このDVDはアメリカのAmazonでしか買えませんので、音声はロシア語のみ、字幕は英語のみしか選択できません。DVDのリージョンコードがフリーではあっても、この辺は仕方ないところです。
ただロシア文学あるあるなんですが、名前の字幕表記とロシア語のセリフでの呼びかけの不一致は、慣れないと苦労します。
例えば「ボリス・アレクセーエヴィチ・トリゴーリン」が字幕では「トリゴーリン」だけと表記されているけれども、劇中では「ボリス・アレクセーエヴィチ」と呼ばれていたり。同様に「イリーナ・ニコラーエヴナ・アルカージナ」が字幕では「アルカージナ」なのに「イリーナ・ニコラーエヴナ」とか。
ロシアの名前には父称があることや、その使われ方は知っていても、急にその世界に連れ込まれるとついていくのに苦労しますね。
テレシコワの「私はかもめ」
チェーホフの原作『かもめ』でも、映画でもニーナがモスクワに出奔したのち、彼女の手紙になんども「私はかもめ」というセリフが出てきます。
この「私はかもめ」というセリフは、女性として人類初の宇宙飛行を行ったワレンチナ・テレシコワに与えられたコールサインが「チャイカ(かもめ)」だったため、偶然にも宇宙船からの呼びかけが『かもめ』のセリフと同じになり、割と有名なセリフです。
旧ソ連や現在のロシアでは、宇宙活動中の全ての飛行士が個人識別用のコールサインを付与され、テレシコワは「チャイカ」(Ча́йка、カモメの意)が与えられた。打上げ後の «Я — Чайка» (ヤー・チャイカ、「こちらチャイカ」の意)という応答が女性宇宙飛行士の宇宙で発した最初の言葉となり、日本ではチェーホフの戯曲『かもめ』で登場人物のニーナが繰り返し言う台詞「私はカモメ」と結びつけて紹介された。「私はカモメ」は、愛を失い苦悩を重ねるニーナが望みを捨てず、いつか飛び立つことを夢みて口ずさむ言葉。
この「私はかもめ」について、英語のウィキペディアではチェーホフの作品と絡めた説明はないので、日本ではそういう紹介のされ方をしていたということでしょうか。
ロシア文学に詳しい人がいれば、反応しそうですけれども。イギリスでもチェーホフの作品は好んで演じられているということを考えると、結び付けて紹介されてもおかしくないような気はします。
改めて、『チェーホフのかもめ』。YouTubeでも探せば見つかるかもしれませんが、DVDはこちらのAmazonアメリカで見つかります。
リュドミラ・サベーリエワ版以外の『かもめ』
こちらの記事に追加したのですが、「ロシア演劇・世界の演劇史の画期をなす記念碑的な作品である。」と評されるだけあって、朗読やラジオドラマ、果ては映画も何本も作られていました。
あまり知らなかったことを恥じなければならないレベルです。
チェーホフだけでも調べることはたくさんありそうです。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
感想・指摘などコメントにいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。