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神さまなんて大嫌い!⑬ 最終話
【汪楓白、意地悪な神に愛されるの巻】
さて、これは後日談だが、宮内大臣は、息子の鬼憑き嫌疑に端を発し、開始された身辺調査で、過去の不正や現在の不正が次々と明らかになり、到頭、失脚……自害したそうだ。
逆に神々廻道士は、鬼憑き太子の武勇伝で、さらに名を上げ、市井の民から英雄視されるようになったし、愛する女性・紗耶さんとも晴れて夫婦になり、とても幸せそうである。
あれだけ汚く、荒れ果てていた廟も、紗耶さんが来てからというもの、見ちがえるほど、綺麗になった。隅々まで掃除が往き渡り、整理整頓され、すこぶる居心地がよくなった。
ただ、可哀そうなのは三妖怪で、この前、廟を訪ねた時、またしても嵌められた首輪を僕に見せて、「「「騙された!!!」」」と、猛烈に悔しがっていたっけ。
太子を通しての、宮内大臣への復讐劇で、最後にすると約束したから協力したのに、お別れ会で眠り酒を盛られ、その隙に……だってさ。
そういえば、僕だってまだ、首輪を外してもらってないよ!
そのことを、神々廻道士に相談すると……、
「似合ってるから、つけとけよ」
だってさ!
絶対に、僕のことも、三妖怪のことも、手放す気はないんだな! クソッ!
だけど、紗耶さんのお陰か、以前よりだいぶ穏やかになった神々廻道士は、つき合いやすい性格になっていたし、まぁ……我慢するしかないか。僕の場合は、三妖怪とちがって、最早ただの飾りにすぎないんだからね。多分……そうだよね? 確かめる勇気はないけど。
ただ、これだけはどうしても、確かめておきたかった。
「あの、師父……そもそも、どうして僕を、手元に置こうと思ったんですか?」
多分、「俺さまの奴隷として、虐使するために決まってんだろ!」って、云われそう。
だけど、思いきって聞いてみた。
しばしの沈黙……その間、神々廻道士は、じっと僕を見つめている。
啊、やっぱり聞くんじゃなかったな。
なんか、最悪の答えを聞く破目になりそう…………ところが!
「初見で、ピンと来たからさ」
「え?」
「お前なら、俺さまを救……いや、殺してくれるんじゃねぇかと、思えたのさ」
真剣な眼差しで語る神々廻道士に、僕は悄然となった。
「そ、それって、どういう……」
すると神々廻道士は、目を伏せ、大きく息を吐き、ゆっくりと真相を明かし始めた。
「俺は、知っての通り、半鬼人だった。一時、ヤケになり、自ら進んで鬼神に魂を売ったのさ。親父が【鬼宿木】の鬼業で自死し、助けに入った母上も、呪木に犯されながら死んだ……それを目撃した時から、俺は死に急いでたんだなぁ。だが、わずかながら生への執着もあった。それを、捨てきれなかった。紗耶の存在が、それだ。だから俺は常に鬼去酒を呑み、鬼業を抑えながら生きた。一方で、不死身に近い半鬼人の俺を、殺してくれる奴、この世から消し去ってくれる奴を、探しもとめてたんだ。哈哈……矛盾してるだろ? 笑っちまうよな。親父のように死にたがりつつ、結局は死にきれず、長い間、あがいてたんだ」
お前に逢うまではな……と、神々廻道士は話を締めくくった。
啊、この人は、それで僕の恨みを買うような真似ばかりして……莫迦だな。
本当は、救われたかったはずなのに……そんな僕らの話を、聞いていたらしく、お茶を運んで来た紗耶さんが、優しく神々廻道士の肩を、抱きしめた。道士も、その手を愛おしそうに撫でている。よかったね、師父……本当に、よかったね。僕は彼から、今まで受けた仕打ちに対する恨みも、全部忘れて、ただただ、彼と紗耶さんの末永い幸福を願った。
「さようなら、師父……お幸せにね」
そう告げて、僕は神々廻道士の廟をあとにした。首輪のことは、もうあきらめるよ。
あの、奇妙でムチャクチャで、劇的な日々を忘れ得ぬための、思い出の品としてね。
ちなみに、実は趙家の侍女だった白菊さんも、やはり神々廻道士の計らいで、【孔雀大酒楼】から請け出されることになっていたのだが……彼女自身、口にしていた通り、よっぽどアレが好きなんだろうなぁ。折角の身請け話も、道士の密偵として働いた賃金授与も断り、再び遊郭へ舞い戻ってしまったとさ。今でも、せっせとスケベな客の相手をしているそう。
一方で、醸玩には、かなり困っていた。
しょっちゅう、僕の周囲に姿を現しては、いかがわしい行為に及ぼうとするんだ。
こっちもこっちで、よっぽど男好きなんだなぁ……ホトホト、まいったよ。
しまった! 別れる前に、神々廻道士に、こいつの退治だけでも、頼むんだった!
(あとで気づいて愕然!)
さらに、困ったことが、もうひとつ……燕隊長である。
「先生……そろそろ、例の返事を頂きたい」
「あ、あの……僕には、そういう気はないんで、許してもらえませんか?」
「いいや、あなたならできる。素質がある。私の目に、狂いはない」
ギラギラした熱い目で、僕の両手をつかむ燕隊長……僕は全身、冷や汗まみれだ。
「で、でも……男同士の恋愛を執筆なんて、僕にはとても……」
丁重に、辞退しようとした僕に、燕隊長は断言した。
「書くべきです! 私は、必ず読みますよ!」
「いえ、あなたしか、読んでくれませんよ!」
頻繁に百鬼討伐隊本陣へ呼び出されては、毎度こんなやり取りを繰り返してるんだ。
好い加減、男色の相手は疲れる……はぁ。(本当に相手してるワケじゃないぞ!)
と、まぁ……こんな具合に、色々あったが、僕自身は、どうしたかというと……、
「楓白さま、夕餉はなにを召し上がる? お風呂が先? それとも……私?」
このたびの事件を執筆したところ、予想外の好評を博し、再び文士としての名声を得た僕の元に、僕の作品の熱狂的な愛読者である、あの人物が、無理やり押しかけて来たのだ。
「あ、あの……琉樺耶さん。僕は、まだ誰とも再婚する気は……」
そう、【嬪懐族】の女賞金稼ぎ《魑魅狩り琉樺耶》である。
髪を桃割に結いなおし、女性らしい襦裙姿になった琉樺耶は、上忌地での一件以来、すっかり色気を身につけて、なのに処女のままという、反則伎で僕にしなだれかかって来る。
「楓白さま……私のこと、嫌い?」
大きな瞳に泪を一杯ためて、僕を仰ぎ見る琉樺耶……う、綺麗だ! 理性が吹っ飛びそう! 凛樺とも、スッパリ別れたわけだし、もうそろそろ、いいのかなぁ……で、でも!
「まさか! とんでもない! ただ……ただね、僕は」
湧き上がる欲心を振り払い、琉樺耶の肩をつかんで、引き離そうとした刹那!
「こらぁ! よくも、おねぇたまを泣かちたわねぇ!」
――ドッス――ンッ!
僕と琉樺耶の間を裂くように、勢いよく大鉞が振り下ろされ、床板にめりこんだ。
「うわぁっ……あぶ、危ない! 茉李ちゃん! 無闇に斧を振り回さないでよ!」
折角、借金まみれになって建てた家が、このままじゃあ、ぶっ壊されちゃうよ!
「茉李、いけない娘!」
「だってぇ……おねぇたまぁ」
琉樺耶に叱られ、うなだれる茉李も、当然の如く僕の家に転がりこんでいる。
居候なら居候らしく、もうちょっと気を使って欲しいよな、まったく! それに、相変わらず露出度の高い服! いや、服って云えるのかな? 今日は、豊満な胸の、てっぺんだけ隠れる程度の、花をあしらった胸当(?)を着け、腰回りは、パッツンパッツンの短袍で、大事な部分を辛うじて隠している。
いや、隠れてないな……チラチラしてるよ。肢のつけ根が。
「旦那さま、どうなさったの? 顔が赤いわ……まさか、お熱が?」
「なによぉ! おねちゅくらい……コチョコチョちてやる! てぇい!」
わわっ! 二人がかりで、寄りそわないで! はさみこまないで!
いかん……は、鼻血が……理性の、箍が……外れる! もう、ダメだ!
「旦那さま、どうなさったの?」
「る、琉樺耶さん! ちょっと、一緒に来て!」
僕は到頭、欲望を抑えきれなくなり、琉樺耶の手を取ると、寝所へ連れこもうとした。
「まぁ! やっと、その気になってくださったのね?」
「嫌ぁん! おねぇたまに、ヘンなことちないでぇ!」
こら! 茉李ってば! こんな時まで、邪魔しないでくれよ!
「茉李ちゃんは、そこで待機!」
「ダメ、ダメ、ダメぇ! 茉李も一緒に往くぅ! 往きたいのぉ! 往かせてぇ!」
あうっ……なんて、淫らな云い回し! だったら、イカせてあげようじゃないか!
それに、もう……もう、もう、もう、我慢の限界だぁぁぁあっ!
「ぬぁぁあっ! はちきれそう! だったら、三人で一緒に……」
――パンッ!
――パンッ!
僕は、琉樺耶と茉李から両頬を叩かれ、その夜は一人寂しく寝台に入ったのでした。
「それにしても、いいよなぁ……実にうらやましいよ、楓白君」
「まったくねぇ……凛樺さんに逃げられて、まだ間もないのに」
「今度は、美人で可愛い奥方を、二人も娶ったそうじゃないか」
再び、友人三人と訪れた『金玉飯店』上客間。
うつらうつらと居眠りしていた僕は、唐突に肩を叩かれ、ハタと我に返った。
啊、今度は夢じゃないんだ……でも現実は、そうたやすくないんだぞ?
他人事だと思って、佳山君も、彩雲君も、燎仙君も、呑気なんだから!
「それに、例の神々廻道士とまで、懇意になったそうじゃないか」
「懇意ねぇ……うぅん」
「しかも、百鬼討伐隊の指揮官から、誘惑されてるって話も聞いたぜ」
「誘惑ねぇ……うぅん」
「さらに、不潔で好色そうなオッサンや、謎の美青年からも求愛されてんだろ」
「求愛ねぇ……うぅん」
え? 懇意? 誘惑? 求愛? はぁ!? ちょっと、待ってよ!
「ち、ちがう! ちがうよ! それは誤解だって!」
僕は慌てて、友人たちからの質問を、否定した。本当は、すべて本当なんだけどね。
すると彩雲君が、階下を指差し、とんでもないことを云い出した。
「じゃあさ、誤解かどうか、本人に聞いてみようか。丁度、一人はここに来てるし」
「え?」
「ほら、あそこ……階下の隅の席、神々廻道士の姿が見えるだろ?」
「げ!」
な、なな、なんで、神々廻道士が、またこの店に!?
ってことは……まさか! まさか! まさかなの!?
「おや? 新しく入ったばかりの美人給仕《星那》嬢が、奴に近づいて往くぞ?」
「なんの用だろう……どうも、胸騒ぎがするな。前にも、こんなことがあったような……」
佳山君と燎仙君も、不可解そうに眉をひそめ、ことの成り往きを見守っている。
「お待たせしました。私に、どんな御用でしょう」
アレは……別人に変身してるけど、多分……蛇那だ!
旗袍の詰襟の隙間から、確かに首輪の一部が、見え隠れしてるもの!
一体全体、今度は、どんな騒ぎを起こすつもりだよ!
と――次の瞬間、事件は起きた!
「お前の正体は、お見通しなんだよ! さっさと泥梨へ、去れ!」
『ぐぎゃあっ!』
――スパァ――ンッ!
突如、(というか、案の定)給仕に化けた蛇那の首を、偃月刀で斬り飛ばした神々廻道士は、ヒラリと円卓の上に飛び乗り、闘志をむき出しにする。
蛇那は、白い大蛇と化して、己の首を呑みこむと、耳をつんざくほど凄まじい雄叫びを放ち、神々廻道士へ襲いかかる。
『殺ァアァァァアァァァァァアッ!』
これにて『金玉飯店』は、またしても、上を下への大騒動となった。
「星那ちゃんが、大蛇に……ぎゃあぁあっ!」
「うっ、うわぁあっ! また妖怪かよおぉおっ!」
「きゃあぁぁあっ! 誰か、助けてぇえっ!」
「ひぃいっ……こっちに来るなぁあっ!」
「みんな、落ち着け! ここは俺に、まかせておけ!」
神々廻道士は、恐れ慄く客たちを避難させ、ちょび髭で小太りの店主に向けて叫ぶ。
「もっと早く、俺に祈祷を頼むべきだったな! こいつは以前、倒した蛇精のつがいだ! 相方を殺された怨念で、さらに強大化してやがる! 退治するのに、難儀しそうだぜ!」
「おおっ、そんなぁ……お願いします、道士さま! 手間賃は、いくらでもご用意しますから、この蛇妖怪を退治してくださいませ! 今度は祈祷も、ただちにご依頼します!」
人の好い店主は、恰好のカモだ。
情けない泪目で、手を合わせて懇願し、まんまと神々廻道士の罠に嵌まる。
みながみな、恐怖に震え、逃げ惑い、冷や汗まみれで見守る中、僕だけが、大きなため息をついていた。
「また、始まったよ……はぁ」
友人たちでさえ、すっかり神々廻道士のニセ芝居に騙され、賞賛の声を送っている。
「凄い! やっぱり、神々廻道士は、凄いよな! 大したモンだよ!」
「啊! 奴の功力は、本物だ! けど……この店、ヤケに妖怪多くない?」
「方位が悪いのかな……と、とにかく、見ろよ! 今度の敵は、手強そうだぜ!」
それにしても、最初の頃は気づかなかったけど、この首輪、どうやら伸縮自在らしい。
僕は変化しないから、判らないが、白蛇の太い胴回りに、今もガッチリと喰いこんでいるモン。あ~あ、あれじゃあね……蛇那も、好き勝手に操られて、本当いい迷惑だろうな。
この分だと、蒐影・呀鳥・醸玩も、その内、出て来て、参戦するんじゃないか?
なんにせよ、いつだって事態は、神々廻道士の好都合、思惑通りに進むのだ。
いや、無理やりにでも、そう進めるのだ。
それが、彼のやり方なんだと、もう痛いほど学習済みだよ。僕はね。
「喂、道士が苦戦を強いられてるぞ!」
「前に出た蛇妖怪の、つがいだとさ!」
「啊、大丈夫かな……道士、頑張れ!」
「うん……珍しく、苦戦してるよねぇ」
やっぱり僕だけが、冷めた眼差しで階下の激戦を見やり、ヤレヤレと首を横に振った。
どうでもいいよ。もう、あんなインチキに興味ない。好きにやってくれ。
だが、その時だった。
偶然(あるいは必然? うぅむ、その確率の方が高いぞ!)、僕と目が合った神々廻道士は、広い店内の隅々にまで、響き渡るほどの大音声で、とんでもないことを叫んだのだ。
「喂、莫迦シロ! 汪楓白! 高みの見物してねぇで、師父に加勢しろ!」
そのセリフを聞くなり、友人三人は吃驚仰天。僕を取り囲み、問いただした。
「「「えぇ!? 楓白君、彼の弟子になったの!?」」」
「いや、ちがっ……ちょっと! 僕を巻きこまないでくださいよ!」
なんで、こんな時だけ、本名で呼ぶのさ! 莫迦! 莫迦! 莫迦ぁ!
けれど、神々廻道士は、相変わらず横暴だった。
一時でも変わったと思ったのは、僕の錯覚だったようだ。
だって、だって……だって! 容赦なく、例の呪禁を唱えたんだよ!
「うるせぇ! さっさと来い! 唵嚩耶吠娑嚩訶!」
だけど、ふん、今更……そんなの、聞く、モン、か……えぐっ……えぐっ、えぐっ!?
「ぐっ……ぐえぇえぇぇぇぇえっ! く、首輪がぁあっ……なんでだぁあぁぁぁあっ!」
宝玉が妖しい光を放ち、同時に猛烈な勢いで、首輪が僕の首を締め上げ始めたのだ!
くっ、苦しいっ……死ぬっ! ひぃっ……うわぁあぁぁぁぁぁあっ!
「「「楓白君!!」」」
苦痛にあえぎ、もだえる内、上階の欄干から身を乗り出して、ついに修羅の戦場へ落下してしまった僕! そんな僕の体を剛腕で受け止め、素早く呪縛解除の文言を唱える神々廻道士! あぁあっ……また、捕まってしまった! でも、なんで? なんでなのさぁ!
「吽! よく来たな、シロ。なんで首輪が……って? そらぁ、体質が元に戻ったせいだ」
ひぇ――っ! また、心の中が読めるようになったの!?
そんなの、そんなの……あんまりじゃないかぁ!
「やっぱ、面白くて、この仕事はやめられねぇ。お前をこき使うのもなぁ」
あの日、廟で、永久にお別れしたつもりだったのは、どうやら僕だけだったらしい。
なんてこった! 畜生!
これじゃあ、僕……永久に、こいつから、逃げられないよぉおっ!
「その通りだ。好い加減、あきらめて、生涯、神に仕えろ」
耳元でささやく神々廻道士の表情は、邪悪な喜びに満ちあふれていた。
「こんなの、非道いよぉ! もう自由にしてくれぇえっ!」
泣き叫ぶ僕にだけ、ニヤリと嗜虐的な笑みを見せ、神々廻道士は命令した。
「いいから、さっさと奴の動きを止めろ!」
そうして、思いっきり、僕の背中に蹴りを入れる。
「おぉ、押さないで! うぎゃあぁぁあっ!」
『いらっしゃい、シロちゃん……殺ァアァァァァアッ!』
演戯だと判っていても、近くで見るとすくみ上がる蛇那の凶相だ。
そして、背後で僕を差配し、北叟笑むのは、神々廻道士の悪相だ。
啊、天帝君! 僕自身が救われる日は、いつ来るのでしょうか?
もう……神さまなんて大嫌いだぁ――――っ!
このように、僕の受難の日々は、再び幕を開けたのでした……ガックリ。
ハテさて、続きが気になる人に、ここでひとつ朗報です。
ここから先の、くわしいことの顛末は、僕の最新作である――『続・神々廻道士悪逆厭忌譚』に綴ってありますので、興味のある人は是非とも、お読みくださいね。それでは。
〔完〕