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神さまなんて大嫌い!③
【汪楓白、鬼憑き芝居に加担するの巻】
『あなた……楓白さま』
『その声は、凛樺! 戻って来てくれたのかい!』
『ごめんなさいね、私……あなたのそばを離れて、ようやく判ったの』
『なにをだい?』
『私にとっての運命の相手は、榮寧なんかじゃない……やっぱり、あなただって』
『啊、凛樺! やっと、そこに気づいてくれたんだね!』
『こんなワガママで、ふつつかな女だけれど、また……妻としてそばに置いてくださる?』
『勿論だよ、凛樺! 僕はずっと、君を待ってたんだ! とても、うれしいよ!』
『楓白さま……心の底から、愛しています』
『僕もだよ、凛樺……世界で一番、愛しい人……』
二人は手を取り合い、微笑み合い、慈しみ合い、かつての愛の巣へ、帰っていった。
「けぇ――っ! 阿呆クサ! よくもこんな莫迦莫迦しい、ご都合主義な話を臆面もなく、書けるモンだよなぁ! 厚顔無恥ってなぁ、お前みてぇな色ボケ野郎のことを云うんだ!」
「は、はい!?」
――ガバッ!
何者かの、悪意に満ちた罵声を聞いた気がして、僕は現実に引き戻され、埃っぽい寝台の上、勢いよく跳ね起きた。うわっ……本当に埃っぽい。凛樺が出て往ってから、早半月。
こりゃあ一度、大掃除しないとダメだな……まぁ、彼女も家事は得意じゃなかったけど、いくらなんでも酷すぎる。布団は継ぎだらけ、中綿は飛び出し、天蓋には穴が開き、仕切りの垂れ布は、あちこち破けて、しかも黄ばんでいる。その上、なんか物凄くカビ臭い。
ん? それにしても、変だぞ? ここ、いつもの僕の部屋じゃないよな……あれれ?
「えぇと……ここは? なんか、非道い悪夢を見ていたような……」
僕は眠気の残る目をこすり、室内の様子を見回し……そして、ハッと息を呑んだ。
「あら、やっとお目覚めね、シロちゃん」
なんと僕のかたわらに、いつの間にか例の妖怪の一匹が、チョコンと座っていたのだ。
「うわぁっ……白蛇オカマ!」
『なんだと、コラ!』
思わず悲鳴を上げた僕……だけど、その言葉が気に入らなかったようで、妖怪は蛇面に戻り、牙をむいて僕を威嚇した。僕はおびえて慌てふためき、寝台から転げ落ちてしまった。なおも蛇特有の威嚇音を上げ続ける妖怪に、僕は恥も外聞もなく媚びへつらっていた。
「ひぇえっ! ご、ごめんなさい! 蛇那さん……でしたよね? 相変わらず、お美しい」
「そうよ。坊や、判ってるじゃない……今後、お口の利き方には、要注意ね❤」
蛇那はようやく怒気を抜き、人間の美少女顔を取りつくろうと、ニッコリ微笑んだ。
僕は額の汗をぬぐい、大きく息を吐いた。すると、寝台の後ろから、不気味な笑い声が聞こえて来た。僕はまたまた驚き、急いで背後を振り返る。そこにいたのは、無論……。
「お前、学習能力ねぇな。さぁて、使い物になっかな」
神々廻道士である! 彼も相変わらず、道士とは思えぬ気だるい姿で、椅子にもたれかかり、こちらをジッと凝視している。その間も、瓢箪から絶えず、酒をあおり続けている。
強烈な酒気と匂いから、中身はやはり鬼去酒だと判る。
と、云うことで……だぁ――っ! やっぱり、悪夢じゃなかったんだ!
首輪も、しっかりと、嵌めてあるよぉ――っ!
僕は絶望的な気持ちになったが、いや……ここで負けていられない。こいつらの隙を見て逃げ、ただちに判官所へ駆けこみ、首輪は知り合いの神祇官に、なんとかしてもらおう。
そんなことを考えつつ、僕は別の疑念をいだき、蚊の鳴くような声で二人に問いかけた。
「それで……あの、お二人は、なにをなさって……僕は一体、どうして……」
「ふふ……君の寝顔を見て、色々と思いを馳せてたの❤」
「はぁ?」
蛇那は悪戯っぽく笑い、何故か舌なめずりして、僕の眉間を指でつっつく。
見てくれこそ美少女だけど……凄味がある。悪寒が走る。背中を冷や汗が伝う。
「それより、お前が書いた本……読ませてもらったぜ。こりゃあ、傑作だな」
神々廻道士が手にしている本……それは僕の日記帳でもあり、きわめて個人的な物語や追想を書いた、散文集でもあるのだ。どうやら僕が失神中、勝手に懐から持ち出したらしい。でも……たとえ、鬼畜のような人非人でも、やっぱり、ほめられれば素直にうれしい。
「え? それ……本当ですか? 一度は心の離れた僕と妻を題材にし、二人が再び愛を取り戻すまでの試練に満ちた顛末を、少し、若干、かなり、だいぶ、脚色して、僕自身の願望もまじえて書いた、泪なしでは絶対に読めない、日記形式の大作なんです! 未完成で、かつ今のところは世に出すつもりもない、あくまで自己満足の域を出ない作品なんですが、師父……いえ、偉大なるご主人さま、気に入ってくれましたか? いやぁ、うれしいな! それなら思いきって、版元へ持ちこもうかな! そうだ……あるいはこれを読んだ凛樺が、感動し、己の行いを反省し、僕の愛情の深さをあらためて知り、戻って来てくれるかも!」
そうだよ、その手があったよ。僕の唯一最高の武器である筆の力を借りて、凛樺の心情に訴えかければいいんだ。なにも、こんな恐ろしい伏魔殿を、訪ねることもなかったんだ。
と、僕が一人、悦に入っていた時、それを打ち破るように、神々廻道士が嘲った。
「笑った、笑った、最高、最高、ケッサク、ケッサク! 腹筋が壊れかかったぜ、哈哈!」
「……完全に、僕を侮辱してますね」
くっ……畜生! やっぱり、こんな鬼畜の人非人に、僕の純真な感性が、伝わるワケがなかったんだ! 喜んで損した! 啊、もう! なんか、イライラする! 腹立たしい!
けれど神々廻道士は、そんな僕の無垢な想いを、さらに踏みにじるかの如く云い放った。
「とくにここ……別れた女房を『世界で一番、愛しい人』なぁんてよ、甘い言葉で家に引き入れたあと、殴る蹴るの暴行を加えた挙句、悪友どもと寄ってたかって犯しまくり、腰が立たなくなるまで、散々慰み者にするってくだり……お前の、素直な思いのたけが、鋭い筆致でぶつけられてて、グッと来たぜ。上品ぶってるが、お前も相当の下衆じゃねぇか」
なな、な、なにぃ!? 僕は怒り心頭で、神々廻道士から、大切な日記帳を奪い返した。
「ちょ……ちょっと! やめてください、師父! そんな場面、一行だって書いた覚えはありませんよ! そも、この僕が命より大切な凛樺に、そんな酷い真似できるワケな……」
「師父ぅ? はぁ? 誰だってぇ? あぁん?」
――ヒヤリ……冷酷な偃月刀の刃が押し当てられ、僕の頬を……いや、心を凍てつかせる。
「偉大なるご主人さま、でした!」
慌てて訂正する僕。
くぅ――っ! なんで、僕が、こんな目に! こんな奴に、謝らなきゃならないんだ!
「よかろう。ところでお前、金はあるか?」
「は?」
いきなり、なんだって!? 借金……いや、金の無心!?
「授業料だ。まさか、只で俺さまから、教えを乞おうとしてるワケじゃねぇだろ?」
あ、そういうこと。
……って、べつに納得したワケじゃないけど、云う通りにするのが得策だろう。
「えぇと……今現在の持ち合わせは、これだけで」
僕が、腰帯の間にしっかりとはさみ、隠しておいた革財布から、五千螺宜(約二十万円)の紙幣を取り出すのを見るなり、神々廻道士は舌打ちし、小莫迦にしたように鼻で笑った。
「ハッ! シブチンだな、お前。あと五千万螺宜、足りねぇぞ」
「そんな! ボッタクリも、いいトコじゃないですか!」
呆気に取られる僕を横目に、紙幣を乱暴に取り上げた蛇那が、ため息まじりに云う。
「嫌だ……これじゃあ、ご主人さまの酒代半日分にも、ならないじゃない」
「酒代って……普通、これだけあれば、半年は保ちますよ!」
この人、どんだけ呑むつもりなんだ!
「てめぇ! 俺さまの五臓六腑を、なめてやがんのか!」
「いえ、そんなの……なめようがありませんって!」
誰か、この人の暴論を止めてくれ!
「仕方ねぇな。取りあえず、くわしい話は帰ってからするか」
「あの……お出かけですか?」
神々廻道士の言葉に、僕はかすかな光明を見た。こいつらが留守するなら、その隙に逃げられるかもしれない。ただ、僕は一抹の不安も覚え、問いたださずにはいられなかった。
「どういったご用向きです?」
「啊。そろそろ、仕事のお呼びがかかる頃なのさ」
「仕事?」
僕の質問に対し、神々廻道士は幾分、面倒臭そうに、蓬髪頭をかきながら答えた。
「俺さまは道士。そして、この場にいない二莫迦が今回の金蔓」
ハッ……それって、つまり……よもや……もしや……。
「まさか……また、イカサマ芝居を!?」
その時だった。
――ドンドンドン!
突然、廟の外から、けたたましい叩音と、切羽詰まった男声が、聞こえて来たのだ。
「神々廻道士さま、お願いします! 隣の宿場で、妖怪と鬼憑きが暴れて、手がつけられません! 被害者が出る前に、なんとか、あなたさまの功力で、騒ぎを鎮めてください!」
懸命に依願する男の声は、実に憐れっぽく……そして、一刻たりとも猶予のない危急を報せていた。すると神々廻道士は、口の端を悪逆にゆがめ、したり顔で僕にこう告げた。
「ほらな。もう、来る頃だろうと思ったぜ」
蛇那も満足げに微笑み、助けをもとめる男の悲壮な声を嘲り、こんなことをつぶやいた。
「あらあら、今日の顔役さん……相当、逼迫してるわねぇ。あいつら、かなり派手に暴れまくったんじゃないかしら。日頃の怒り、恨みつらみを、ここぞとばかりに晴らしたのよ」
皮肉だな。やっぱり彼女(?)らも、かなり神々廻道士に不満をいだいてるんだ。
「あ? カスの分際で、俺さまに対し、皮肉りやがったな?」
おや、気づかれた。殺伐とした目が怖い。
「いぃ――え! とんでもな――い! 一時の気の迷いでしたわ、ご主人さま!」
あら、否定した。必死な泪目が痛々しい。
「それにしても、ドンスカドンスカと、相変わらずこうるせぇオヤジだぜ。ムチャクチャ叩きやがって……あれで、廟の門扉が壊れたら、ただじゃおかねぇぞ。野郎の家に押し入り、女房と愛娘を犯し、一家皆殺しにした挙句、強盗の仕業に見せかけ、火ぃ放ったる」
ひぃ――っ! 実にサラリと、恐ろしいことを口走ってるよ、この人!
やっぱり、弟子入りなんて莫迦なこと、考えるんじゃなかった! 後悔先に立たずか!
そうこうする内、身支度を整えた蛇那が、戦支度を整えた神々廻道士に、出陣を促した。
「それじゃあ、往ってみましょう、ご主人さま」と、微笑みかける蛇那。
「それじゃあ、往ってらっしゃい、ご主人さま」と、手を振り見送る僕。
――ゴツンッ!
途端に、神々廻道士の一喝と、厳しい鉄拳が、僕の頭上に振り下ろされた。
「阿呆か! お前も一緒に来るんだよ!」
「えぇえっ!? 僕も一緒、ですかぁ!?」
そ、そんなぁ……折角、ここから逃げ出す、最良の好機だと思ったのに!
「喂、忘れんなよ。その首輪……俺さまから遠く離れたところで、俺さまが【本星名】を唱えた途端、結局は俺さまの思惑通り発動し、お前を地獄へ叩き堕とすのさ。所以、俺さまからは、決して逃げられねぇってことさ。こいつら三莫迦と同様にな。判ったか?」
俺さま、俺さまって……どんだけ、尊大な男なんだ、こいつは!
――バチ――ンッ!
うぎゃあっ! 今度は、情け容赦ない張り手を喰らわされた!
「尊大で悪いか! 暴論吐いて悪いか! さっきから黙って聞いてりゃあ、俺さまのことを〝こいつ〟だの〝鬼畜〟だの〝人非人〟だのと、散々好き勝手なことを……大体、偉大なる俺さまより、低能で低俗で低所得のクセに、えらそうなこと考えるな! 低血圧でも低血糖でも低体温でも、これからは低賃金で最低の仕事を押しつけるぞ、このクソ野郎!」
――バチ――ンッ! バチ――ンッ!
またっ……今度は往復ビンタ! ムチャクチャ痛いんですけど!
「ひぃいっ、なんて無茶な! あっ……そうか! ご主人さまは、この首輪の宝玉を見れば、相手の心を、読めるんでしたね。すみません……って、低能低俗低所得は余計です! しかも、病弱だろうと容赦なくこき使うって……人として、どうかと思いますよ! なぁんて、えらそうなこと云っちゃうのが、僕の悪いトコですよねぇ……哈哈、哈哈、哈……」
セリフの途中で、僕の語気が弱まり、尻すぼみになったのにも、わけがある。
神々廻道士が、ズイと突き出した二本指で、僕に目潰し攻撃を仕掛けようとしたからだ。
本当に、本当に……この人は……いや、心を読まれる。これ以上は云うまい。
「ふん、判ればいい」
「いえ、なにも判った気がしませんけど……」
気弱なクセに、自分の立場も顧みず、つい余計な一言を、ボソッとつぶやいてしまう僕。
そんな卑屈な僕を、刺すほど鋭利な眼光で睨みつつ、神々廻道士は猛然と立ち上がった。
「とにかく、往くぞ! 蛇那!」
「はぁい、ご主人さま❤ あらよっと!」
神々廻道士の合図を受けて、蛇那は見かけによらぬ怪力で、僕の体を軽々と担ぎ上げた。
「うわっ……待ってください! ちょっとぉ! 話も通じないの……ふぎゃあっ!?」
そうして蛇那は、暴れる僕を、庭の一隅に置いてあった柩の中へ放りこみ、無理やり蓋を閉じると、素早く釘を打ちつけてしまった。ひぃ――っ! マジでヤバイって! 僕は暗所恐怖症の上、閉所恐怖症なんだ! しかも、よりによって柩の中なんて、あんまりじゃないか! このままだと、確実に過呼吸を起こして失神する!
僕は、声を限りに叫びまくり、暴れまくり、神々廻道士へ助けをもとめた。
ところが、返って来た言葉は……。
「やかましい! そこをてめぇの〝終の棲み家〟にしたくなかったら、少し黙ってろ!」
――バァ――ンッ!
「ひっ……」
神々廻道士に勢いよく上蓋を叩かれ、僕は恐怖のあまり到頭……気絶してしまった(らしい)。何故なら、次に目が覚めた時、僕はさらなる窮状の中に、身を置いていたからだ。
……と、云うのも、だ。ジリジリと照りつける太陽。ジロジロと見つめる視線。
どうやら、柩の蓋が開けられ、何者かは知らないが、大勢の人々に凝視されてるらしい。
さらに――、
「……つまり、この死骸に、鬼を依せ憑け、村長を救うと云うのですね?」
「……それで父は、本当に助かるんですか? 元の優しい父に、戻るんですか?」
「……相手は、ただの邪鬼じゃない! 怪鳥を操る、鬼神級の強敵ですぞ!」
「……いいや、みなの衆! ここは、高名な神々廻道士さまを、信じようではないか!」
「……そうですよ! なにせ神々廻道士さまの功力は、都随一との評判ですからね!」
「……どうか、神々廻道士さま! 村長の鬼祓い、よろしくお願い致します!」
えぇと……この声は誰の声? どうも、様子がおかしいぞ? そもそも、体が萎靡して、まったく動かない! 指先ひとつどころか、まぶたを開けることもできない! 一体全体、どうなってるんだ!? 僕の失神中、なにが起こったんだ!? ここは、どこなんだ!?
「すべて私にまかせなさい。計画は、こうです。まず村長に憑いた鬼を、『樒酒』でいぶり出します。そして本日、墓場へ向かう途中だった、この罪人の死骸を上手く囮として使い、新たな憑坐にします。その上で、この【鬼篭柩】へ完全に封印し、私の廟にそなえつけの窯で焼き祓い、現世から完全消滅させます。怪鳥の方は私の愛弟子が片づけますので、その点もご心配なく……できるな、茅娜。但し戦況が厳しくなって来たら、私を呼びなさい」
「はい、師父。私も、もう一人前です。必ずや師父の……そしてみなさまの、ご期待に応えてみせます。どうぞ怪鳥退治は、大船に乗ったつもりで、この茅娜にまかせてください」
「うむ。頑張れよ。では早速……始めるとするか」
ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと待ってよ!
罪人の死骸って、僕のこと!?
新たな憑坐って、それも僕のこと!?
現世から完全消滅って、それまた僕のこと!?
嘘だろ! まさか、悪い冗談だろ!
哈哈……みなさん、聞いてください! こいつの云ってることは、全部・ゼンブ・ぜぇんぶ、嘘八百ですよ! 僕は生きてるし、罪人じゃないし、これは【鬼篭柩】なんかじゃないし、こいつの廟に窯なんかなかったし……そもそもこいつらは、道士も、妖怪も、邪鬼も、全員がグルなんですよ! ……って、声を限りに叫びたい! 叫びたいのにぃい!
「しかし、まだ若いのに……逆磔の上、火あぶりになるほどの罪を犯すとは、一体……」
「当然ですな。強盗殺人婦女暴行に誘拐放火、前科六犯の凶悪な男ですから」
「はぁ――っ! 真面目そうな顔して、人は見かけによらんのう!」
「なんて野郎だ! こいつこそ、邪鬼の餌にされるのが、似合いだぜ! ペッ!」
うっ! もしかして、顔に唾吐かれた!? 知らない人に!?
さ、最悪だ……こんな屈辱、生まれて初めてだ! しかも、エセ道士め!
僕のことを、前科六犯の凶状持ちに仕立てやがって……許せん、絶対に許せぇん!
それにしても、どうして体が云うことを利かないんだ!
いや、これもきっと、神々廻道士が弄した詭計にちがいない! 奴が僕の体に、なにか特殊な細工をしたんだ! 呪詛をかけたとか、あるいは操術系の伎を用いたとか……啊!
そうか、この首輪……多分、これのせいなんだ! クッソ――ッ! どうせ、自分本位に操るつもりなら、いっそのこと意識も奪ってくれればいいのに、根腐れた性悪道士め!
こいつこそ、最低のクズ野郎だ!
「しかし……この男、死人とは思えん肌艶だ。まるで、生きているようですなぁ……」
「いやいや、まさか。この通り、確実に死んでおります」
――グサッ!
ひっ……ぎゃあぁぁぁあっ! 右側の腿に、なにか刺しやがった!
死ぬほど痛ぇえぇぇぇえっ! いっそ、気絶したいよぉおぉおっ!
「ね?」
「なるほど、血も出ない」
「道士さまの、仰る通りですな」
「確かに、なんの反応もありませんね」
「いや、あるワケがないですよ。死人なんですから」
どこぞの村の、誰かも判らん住民たちは、これでようやく得心し、僕を納めた柩から離れた。その瞬間を見計らってか、神々廻道士は朗々たる大音声で、高らかに宣言した。
「では早速、作戦開始です! 住民のみなさんは、この結界線から先に、決して入らないように! 絶対に、なにがあってもです! 万一、足を踏み入れた場合、命の保証はできかねますぞ! どうか、我々のことは心配なさらず……さぁ、早く下がってください!」
「「「は、はいっ!!」」」
幾分、緊張した声音で、返事をそろえる住民たち……啊、僕の運命や、如何に!
と、その刹那――どこからともなく、耳をつんざくけたたましい奇声が聞こえて来た。
「例の怪鳥だ……すぐ近くまで、来ているぞ!」
住民たちはどよめき、かなり怯えているらしい。(なにしろ、まぶたが膠着して、周囲の状況が、まったく見えないからな……あくまで、推測の域を出ないんだよ。悪しからず)
「茅娜、来るぞ! 気を引き締めろ!」
「はい、師父!」
なにを、格好つけてやがるんだ! またぞろ、ニセ芝居を開演するだけだろ!
――バササッ!
『ギヒィ――――ッ!』
「うわぁあっ! 出たぁあぁぁあっ!」
「危ない、茅娜!」
「きゃっ……」
「大丈夫か! うぬっ……」
――キィ――ンッ!
「こいつの翼……まるで刃だな!」
「啊っ! 師父、あそこを見てください!」
「あれは……あれは、お父さま! お父さまだわ!」
「なるほど、あいつが問題の鬼憑きか……凄まじい殺意だ」
『殺ァアァァアァァァアッ!』
「道士さま! 村長に罪はありません!」
「お嬢さまのためにも、どうか無傷で鬼祓いを!」
「判ってますよ! この神々廻道士を、見くびってもらっちゃ困りますな!」
『殺ァアァァァアァァァァァアッ!』
――ドドドドドッ……ザァンッ!
「ひぃっ……大木を、木端微塵に……なんて怪力だ!」
「茅娜! 怪鳥を引きつけとけ! その隙に、俺が鬼憑きをなんとかする!」
「はい、師父!」
――ヒュンヒュンヒュン!
『ギヒィ――――ッ! ゲェッ、ゲェッ……』
もう、好い加減、莫迦莫迦しいったら……なにやってんだよ、こいつら……ハァ。
僕はだんだん、気持ちに余裕が出て来て、冷静な心の目で彼らの戦況……いや、三文芝居を、傍観することができるようになっていた。声だけ聞いてると、本当にくだらないな。
「師父! 死門の陣形に追いこみました!」
「今だ! バン・ウン・タラク・キリク・アク!」
『殺ァアッ……ふぐっ、ぬっ……ぬぎぎっ!』
「おおっ! 村長の異様な動きが、急に止まったぞ!」
「なんだか、酷く苦しんでるようですな! 大丈夫でしょうか!」
「啊っ……道士さま! 父を……父を鬼難から、一刻も早く助けてください!」
あ~あ、阿呆クサ。はいはい、それで? 次はなに? いつまで続くの、このくだり。
「茅娜! 罪人の死骸を、ここへ!」
「はい、師父!」
えぇえっ!? ま、まさか……もう僕の出番!? ちょっ……心の準備が、まだだよ!
「ぎゃあっ! 村長の口から……黒いものが!」
「鬼業の瘴気ですね、師父!」
「そう、アレが邪鬼の正体だ! みなの衆、口をつぐんで、己の体内に入りこませるな!」
――シュウゥゥゥゥゥウッ!
「さぁ、来い! 新しい憑坐だぞ! 体が欲しいんだろ!」
「師父! 急がないと……怪鳥を縛めた辮索が、千切れそうです!」
「心配ない! もう、うつった!」
へ? うつった……って、僕に? もう? 嫌だな……悪い冗談で……ヴッ!
『ヴオォオォォォオォォォォォオッ!』
まるで、鬼畜か野獣のような慟哭を発したのは、なんと僕自身だった。
とても、自分の声とは思えない凄まじさだ。
すると、あれだけ強固に、接着されていた上まぶたと下まぶたが、ようやく離れ、僕は、カッと両目を見開いた。その途端、僕はそこに、とんでもない光景を、目撃したのだった。
「きゃあぁぁあぁぁぁあっ!」
「うわぁっ……新たな鬼憑きだぁぁあっ!」
「ひぃいっ……道士さま! 早く、退治してください!」
目をむき、泣き叫ぶ、朴訥な住民たちの数は、おおよそ三十。男たちの顔は恐怖で引きつり、女たちの顔は何故か赤らんでいる。とくに、思いのほか美貌の持ち主だった村長の娘は、僕を見るなり、顔を手で覆った。それというのも、僕の姿形に関係していたのだ。
「なんじゃ、ありゃあ!? 皮膚全体に、薄気味悪い唐草模様が、浮かんどるぞ!」
「目は深紅だし、頭には角も生えてるぞ! その上、ぶら提げてる物も、並みじゃない!」
なんだって? ぶら提げてる? そう云えばなんか、スゥスゥする……って! 僕、素っ裸じゃないかぁ! ひぃ――っ! 恥ずかしすぎる! 今すぐ逃げたい! 隠したい!
「哈哈、こいつ……なかなか立派なモン、持ってるじゃねぇか。これで女房に逃げられるって、どんだけあっちが下手なんだか……それとも、デカすぎて女房にゃ苦痛だったか?」
「嫌だわ、本当ねぇ……私と、いい勝負かも。クス❤」
村人たちには聞えぬよう小声で、悪意ある軽口を叩く神々廻道士と蛇那だった。
当の僕は……というか、僕の体は、相変わらず自由を奪われたままで、ことごとく僕の意に反する行動を取り続けた。両手を広げ、柩の上に仁王立ちし、奇声をとどろかせる。
まるで、首輪以外、なにも着けていない自分の裸身を、みんなに見せつけるかの如く。(そう、首輪だけは相変わらず着けてるから、余計に変態味が増すんだよな!)
云っとくけど、これは多分……いや、まちがいなく、僕の影に入りこんだ《蒐影》が面白半分で、やってることなんだからね! それというのも、神々廻道士の命令で、僕を晒し者にしてるだけなんだからね! 絶対に、僕の意志だなんて、勘ちがいしないでよね!
ところが、そこへ――、
『ギヒィ――――ッ!』
アレは……あの真っ赤な翼は、《呀鳥》だ! 辮索で、木に縛りつけられていた怪鳥は、それを無理やり引き千切り、一旦は天高く舞い上がったものの、次の瞬間には僕の方めがけ、一直線に下降して来たのだ! ぎえぇえっ! あんな凶器の塊に激突されたら、僕の体なんて、無残な挽肉になってしまう! だけど僕(の体を乗っ取った蒐影)は、物凄い脚力で柩を蹴り、陽光の中で、クルリと身をひるがえし、なんと怪鳥に飛び乗ったのだ!
「チッ! 逃がすモンかよ!」と、忌々しげに、吐き捨てる神々廻道士。
そりゃあ、そうでしょうね……いやいや、それ以前に、す、凄い! 凄すぎる!
僕を乗せた呀鳥は、どんどん天空へ舞い上がって往く! 急速に遠ざかる地上、呆然と見上げる人々も、村落を形成する建造物も、まるで豆粒のようだ!
颯爽と風を切り、澄んだ青空を抜け、鳥の群れを追い越し……とにかく、こんな雄大で、壮大な景色、二度と見られないぞ!
と、云うか……ちょっと、怖いかも……だって、呀鳥……こんなこと、聞くんだもの。
『喂、覚悟はいいか? そろそろ、落下するぞ』
「は!? ちょっ……嘘でしょ!?」
『万事心得済みだ。あとの演戯は、私にまかせておけ』
僕の背後にピッタリ張りついた影……蒐影まで、とんでもないことを云い出す始末だ。
すると、まさにその直後だった!
「地獄枘、発射! 喰らえ、邪鬼ども!」
――バシュ――――――ンッ!
地上から、神々廻道士が肩に担ぎ、発射したのは、【地獄枘】と呼ばれる、鬼の捕縛用巨大銛だった。本来は、【百鬼討伐隊】が用いる特殊な武器だが……何故か神々廻道士は、それを所持していた。一体、どこから入手したんだ? いやいやいや、悠長に、そんなことを考えている場合じゃないよ! 呀鳥は完全に片翼をつらぬかれ、飛行困難な状況に陥ってしまった! つまり、僕らは……地上へ真っ逆さま! 墜落するしかないってコト!
その上、致命傷(?)を追った呀鳥は、真っ赤な羽を火花の如く散らしながら、徐々に形を崩壊させ、魔風にさらわれ、地面に激突する直前で、ついに消滅してしまったのだ!
ぐわぁあぁぁぁあっ! 今度こそ、絶体絶命だぁあぁぁぁあっ!
「やった! 撃ち抜いたぞ! さすがは、神々廻道士さま!」
「おおっ! 怪鳥が、消えていく! 凄い……なんて凄い功力だ!」
「みなさん、下がって! ここからが本番……師父の腕の見せどころです!」
――シュルシュルシュル……ビンッ!
さらに蛇那が伸長した辮索が、僕の体に巻きつき、消滅寸前の呀鳥の体から、僕を乱暴に引き離した。勢いよく、中空へ放り出される僕……だが、僕の体を操る傀儡師・蒐影は、器用に僕の体を反転させ、地面に着地。身をよじり、辮策を引き千切ろうと暴れまくる。
『殺ァアァァァァアッ!』
もう駄目だ……あまりに刺激的、かつ衝撃的な事態の連続に、頭がついていけず、僕の意識はまたしても、朦朧とし始めた。このまま気絶できれば……と思いきや、どうしても、最後の一線を越えられない。頭の回転はすこぶる悪いのに、かえって目前の景色は、鮮明に見えるという、不可思議な症状に悩まされていた。
懊悩もやがて薄まり、一枚膜を張られたような意識の中で、外部の映像を観覧すると云う、ヘンテコな気分になっていた。
要は、荒唐無稽なお芝居を、磨り硝子越しに観劇しているような感じだ。
『グルルルッ……ゴォオォォォオッ!』
僕は、獣染みた雄叫びを上げ、神々廻道士へ猛然と襲いかかる。
「さぁ来い! とどめを刺してやる!」
僕は、神々廻道士の頭上を飛び越え、偃月刀の切っ先をかわす。
「師父! もう、辮索が保ちません!」
僕は、神々廻道士の背後から、再び苛烈な突貫攻撃を仕掛ける。
「きゃあぁぁあ! 道士さまぁぁあ!」
僕は、下半身丸出しのまま、執拗こく神々廻道士に挑みかかる。
「好い加減、往生しろぉおぉぉおっ!」
僕は、牙をむき、ヨダレを垂らし、気狂い染みた絶叫を発する。
『ヴギャアァァァアッ……ググゥ……』
僕は、神々廻道士の偃月刀で、心臓を刺され、ついに倒される。
……ん? これで、お終い?
〔暗転〕
ー続ー