Descended on 薬師岳
「マジかよ」
富山県の山中に、エルフの集落があった。
改めてスマホを取り出す。7月22日、日本時間11時36分。GPS座標は薬師岳への登山道を少し外れている。
「こちらへ」
ハイリエラという名前のエルフが俺たちを促した。とがった耳、日本人らしからぬ顔つき、革や樹皮で作られたような服。俺たちが彼らを奇異の目で見るのと同じように、彼らにも俺たちの姿は奇妙に映るようだった。一方で集落にある建物はどれも山でたまに見かけるような掘っ立て小屋で、今見ているものが夢なのか現実なのかがなおさらあやふやになってくる。
ハイリエラはひとつの小屋の前までやってきて、その扉を遠慮がちに叩いた。
「長、お話が」
別の世界が重なることはそう珍しくはない。来た道を戻れば帰れるし、何事もなければ数日のうちに元に戻る。仏間のような臭いのする小屋で、古木のような姿の老エルフはだいたいそんな話をした。
「本当に元に戻るんでしょうか」
黒部が不安げに言った。俺は登山道で遭遇した、象と北極熊をニコイチしたような動物のことが気になっていた。俺たちはハイリエラに助けられたからよかったものの、他の登山客に被害が出る可能性はある。
何とかしたいという使命感があるわけではないが、もし俺たちにできることがあるなら、手を貸したいとは思う。目で見て肌で感じていなければ、森の奥に異世界の怪物いるなんて話は、誰も信じてくれないだろう。
「冗談でしょう。先輩、猫だって怖がって触れないじゃないですか」
「勇気は認めるが、モザー狩りは素人には荷が勝ちすぎる」
それはそうだ。結局俺たちは集落で一泊して、翌日すぐに山を下りることに決めた。
テントの外が騒がしくて目が覚めた。まだ暗い。
エルフはずいぶんと早起きなんだな、と思いながらテントから顔を出すと、集落の真ん中でモザーがエルフを踏みつけていた。その背にはふたつの人影。
【続く】