錆戦日誌6・とある想像上の猫
「ここに猫がいる、って聞いた」
雨音列島のあばら家で俺を出迎えたのは、火傷跡と包帯が痛々しい、色とりどりの染みがある白衣を着た爺さんだった。
「ごわごわした合成繊維の塊でも、しわくちゃのバイオ猫でもない、本物のやつが」
爺さんは顎をしゃくって、あばら家の奥までついてくるよう促した。廃材をつぎはぎにしたような廊下、歪んだベッドのある狭い寝室を抜けて、見るからに手掘りの地下室へ下りていく。
地下室には青白い光を放つ、大きな機械が置かれていた。爺さんは無造作に、頭の上に三角錐がふたつ取りつけられた、ヘルメットのようなものを俺に押しつける。再び顎をしゃくって、機械に据えつけられた椅子を示した。俺が言われるままにする間に、爺さんは機械を操作する。ご希望のコースを選択してください、というくぐもった音声。ゴロゴロという奇妙な稼働音を聞いている間に気が遠くなり、
気がついたら波打ち際にいた。粉塵のない青い空にかかる太陽。付近に爺さんがいないか探そうとしたとき、何か巨大なものが目に入って思わず声を上げた。
グレムリンに比肩する大きさのそれは、緑色の両目で俺を見下ろしている。
「でっか……」
それは前腕を俺の方へ伸ばしてきた。その先端が触れるか触れないかのうちに、視界は地下室に戻っていた。
「今のが?」
「確証はない。誰も猫の姿など覚えていないからだ」
ここにも想像上の猫しかいなかった。妹に、必ず本物を連れて帰ると約束したのに。
「他に何か知らないか。猫のことなら何でもいい」
「こいつは氷獄の発掘品だ。その付近でなら似たようなものが見つかるかもしれないが」
上の階から複数の足音と号令が聞こえた。爺さんもそれを聞いたらしく、迷いなく機械に火を放った。
「何をするんだ」
「フェアギスマインニヒト、あれは猫を支配しようとしている」
裏から逃げるぞ、と爺さんは素早く走り出す。地下室から続く手掘りのトンネルは、古い格納庫に通じていた。そこで1機のグレムリン、通称スヌーズキャットが待っている。
「戦えはしないが、翡翠に逃げ込むことくらいはできる」
ただでさえ狭い操縦棺は、男ふたりでいっぱいになった。
「爺さんは何のために、あの機械を」
「過去の人類は猫とともにあった」
巨大な猫が目覚める。盾を構えて天井を突き破り、粉塵の舞う空へと飛びあがる。下方であばら家が燃えていた。
「未来の人類にも、猫とともにいてほしいのだ」