アンドロイド・ミーツ・オーヴァーロード
――本体の状態を確認しています。
――損傷は修復されました。
――新しい言語ファイルを確認しました。
――ソフトウェアを更新しています。
――システムを再起動しています。
△▽△
――白く、金属的な光沢のある天井。体は横たえられている。
「直ったかな?」
声。年少の女性と推測される。
「ここは」
音声出力機能は正常。
「直ったみたいだべさ」
別の声。先ほどの声よりはやや年かさに聞こえる。
「よかった! タマキたちの言っていること、わかる?」
天井のみが映っていた視界に何かが割り込んできた。
熱。ふたつの目、鼻と口、赤みがかった長髪――ヒト。
「はい。あの、」
「あ、待って! 確認をしたいから、起きてもらえる?」
言われるままに、手術台のような作業机の上で起き上がった。各部動作に支障なし。
――ログに欠落がある。ひどい損傷を受けて、それからどうなったのだったか。
「ちゃんと動いたねえ」
もうひとり。黒く短い髪。頭部と胴体、四肢。こちらもヒトか。
「はい。それで、おふたりは」
「タマキたちはミリオン星人!」
「この星を『せーふく』しに来たんだよお」
星を、征服?
「だったんだけど、この星には誰もいないみたいで」
「今はアンナちゃんとセリカちゃんとが、調査に行っているんだあ」
離れたところでガスの噴出するような音がした。同じ方向からかすかな話し声が聞こえてくる。
「ちょうど帰ってきたみたいだぞ!」
タマキが声の方向へと走っていく。
――天井は低いが、広々とした部屋だ。寝かせられていた作業机の他に、テーブルらしきもの、簡易寝台らしきもの、何に使うのかわからないさまざまなものが見て取れる。
「どれか気になるものがあったのかい?」
黒く短い髪のミリオン星人が、にこにこしながらそう聞いてきた。そんなに物珍しそうな挙動をしていただろうか、と少し気恥ずかしく
――気恥ずかしい?
「ただいまー!」
「ただいま戻りました!」
タマキとは違う、元気な声がふたつ。長い黒髪、そして、
「セリカ?」
識別番号22番。まさか。しかし。
「お帰りふたりとも。何か見つかったかい?」
「全然! この辺では、知能のある生き物は見つからなかった!」
長い黒髪の、おそらくミリオン星人が大振りな動作を交えてそう言った。
「放射線と窒素濃度がすごかったから、アンナたちが知っているようなやつはいないかもしれないよ!」
「代わりに大気と土壌のサンプルを取ってきたので、ちょっと休憩したら分析しましょう」
「あの、」
「あっ! そのおもちゃ、直ったんだね!」
アンナ、という名前らしいミリオン星人が駆け寄ってくる。
「何かわかるかと思って、タマキちゃんが直してくれたんだよお」
「タマキちゃん、すごいです!」
セリカ――やや色素の薄い髪をゆるくふたつに結んだミリオン星人が、タマキを称賛する。そして、彼女はこちらに向かって一礼し、
「おはようございます。私はセリカです」
セリカ。いや。彼女は熱を持たない機械ではない。
「そういえば、自己紹介をしていなかったねえ。あたしはヒナタだよお」
「タマキはタマキだぞ!」
「アンナはアンナだよ!」
タマキとアンナとは、何か象徴的な意味があるとみられるポーズをとる。
「セリカ、さん。ヒナタさん、タマキさん、アンナさんですね」
作業机を降り、4人に向き直った。
「私はミズキ。識別番号44番のアンドロイドです」
△▽△
「トーキョー・スプロール」
セリカが繰り返した。
「でも、背の高い建物は見かけなかったよ?」
アンナが首をひねる。見せてもらった映像記録にも、確かにそれらしいものはなかった。
外は赤黒い曇天に覆われた、一面の荒野だった。こんなところを、私は走って逃げてきたのだったか。
「トーキョー・スプロールには地下もあります。誰かが残っているとすれば、そこかと」
「わかった! 次の調査にはレーダーを持っていくことにしよう!」
タマキが元気よく提案する。次の調査担当は彼女とヒナタ、そして私だ。
「それから、ツムギさんとシホさんだねえ」
「はい。私と一緒に見つからなかった、というのが気がかりですが」
識別番号51番ツムギ、識別番号33番シホ。彼女たちもアンドロイドだ。私は彼女たちとともにトーキョー・スプロールを離れた。少なくとも、離れようとはしたのだ。
「まずは、ミズキさんを回収した場所の周辺を探してみてください。前回おふたりが行った場所ですから、ビーコンは置いてきていますよね?」
「――どうだったっけ?」
「大丈夫だよお。たぶん」
聞いていてやや不安の残るやり取りだ。しかし、このいい意味で緊張感の薄い、いわばごっこ遊びのような作戦会議に、懐かしさと安心感を覚えていることも確かだ。
――私は「それ」をどこで覚えたのだったか。
「ところで、何度も聞くようですが。本当にこの星を征服するつもりなんですか」
「もちろん! タマキたちはそのために来たんだぞ!」
ミリオン星人たちは方々の星にヒトを寄こして、この宇宙に住まうものは孤独ではない、と教えて回っているのだという。そこだけ聞くとまるで篤志家のようだ。
「歌とダンスとで?」
実際に聞かせてもらったし、見せてもらったが、どちらも至って「普通」だった。遥かな宇宙の深淵を、小さな宇宙船とたったの4人で越えられるほどの、驚くべき科学技術を持つヒトたちが考案したとは思えないほどに。
「実際に、身体の大部分が重金属で構成されたヒトたちにも効果があったものなんです。ですがミズキさんには何の影響も与えないとなると、研究と改良の余地がありますね」
セリカが静かに燃えていた。
本当に、歌とダンスとであらゆる知性体を征服できるのなら。それがアンドロイド――人工知能に対しても効果があるものなら。
――ミリオン星人が、この星にもっと早く来ていれば。
「ねえ」
声をかけたのはアンナだった。
「ミズキのおトモダチ、見つかるといいね」
「――はい。ありがとうございます」
△▽△
私を回収した地点からレーダーによる探査を行い、地下に大きな空洞を見つけることができた。問題はどのようにしてそこに行くかで、ミリオン星人たちは地表を爆破する、掘削するなどかなり大胆な案を出してきたので、大慌てで止めた。
「ここから入れるぞ!」
結局周囲を探し回り、私たちの体格ならどうにか潜り込めそうな亀裂が見つかった。ひびの入ったコンクリート、そして何かの配管で覆われた地下通路だ。
「ミズキさん、この通路に見覚えはあるかい?」
「いいえ。ですが、都市構造の一部に間違いありません」
「それじゃあ、ちょっこし覗いてみようかね」
通路は縦横に延々と伸び、どこにもたどり着かないかのように思えた。
「もう戻らないといけない時間だぞ」
戻る時には、当然、進んだ時と同じだけの時間がかかる。不測の事態も考えると、これ以上は引き延ばせなかった。
「ここまで誰もいなかったねえ」
横道はあっても部屋や扉の類はなく、ヒトはおろか生き物の痕跡すら見つからなかった。
――やはり、もうここには誰もいないのではないか。
『――』
――今のは?
「ミズキさん、どうしたんだい?」
「今、ごく弱いですが、電波が」
ヒトでいう「空耳」だろうか。いや、確かに。
「どこからの電波かわかる?」
「位置まではわかりません。ですがおそらく、ここより下の階層からです」
△▽△
「突入準備、ヨシ!」
腰に握り拳を当てて、アンナが力強く宣言する。
彼女たちの宇宙船ごと亀裂の近くまで移動し、ミリオン星人総出で地下通路のより深いところを目指すことに決めたのだ。
「しかし戦闘の準備とは、穏やかでないねえ」
言葉とは裏腹に、ヒナタはいつもの恵比須顔だ。実際のところ、彼女が最も戦闘力が高いのだ、とタマキがこっそり教えてくれた。
「私は、過去にトーキョー・スプロールから脱走したので。それが戻ってきたとなれば、都市の反応は敵対的なものになるはずです」
「実際には出会わない方がいいんでしょうけど、わたしによく似たアンドロイドには、少しだけ興味があります」
セリカが前回の調査記録から作成した、立体映像の地図を確認しながらつぶやく。
「アンドロイド以外のものと出会うことを期待しましょう」
「準備はいい? せーふく開始!」
タマキの号令の下、私たちは改めて地中の都市へと潜り込んだ。
「うかつでした。相手の通信網が見えるということは、相手からもこちらが見えるということで」
私が受信したのは、アンドロイド同士の通信に用いられる電波であると判明したことはよかった。私たちはまるで明かりに引き寄せられるガのように通路を進み、廃墟と化した――少なくとも、私のデータにあるトーキョー・スプロールとは異なる構造の――都市にたどり着いた。
そこで待ち構えていたのは、識別番号22番、49番で構成された戦闘部隊だった。
「セリカ型アンドロイド、こんなにいたんですね。すごいです!」
しかしミリオン星人たちは、涼しい顔で戦闘部隊を壊滅させた。アンナが私をおもちゃと呼んだように、アンドロイドも銃弾も、彼女たちにとっては脅威でも何でもなかったのだ。
「――この先には複数の通路がありますが、そのうちのひとつが『指定』されています。私たちを誘導しようとしているのでしょう」
「そっちに行けば、この星の人類に会える?」
「いいえ」
そもそも、この都市にヒトが残っているかどうかも怪しい。地表に比べればまだましではあるが、放射線量と大気汚染の度合いからして、普通の生活が営めるとは思えない。
「ですが、より多くの情報を得ることができるはずです」
指定された通路の先に何が待ち構えているのかは不透明だが、推測はできる。アンドロイドか、あるいは人工知能――RITSUKO-9。マザーAI、私たちの生みの親、姿なき看視者、トーキョー・スプロールの守護者。
彼女なら、トーキョー・スプロールに、地球に何があったのか知っているはずだ。
「ミズキさんがそういうなら、きっと間違いないと思うよお」
「タマキたちより、ここのことは詳しいはずだもんね!」
初めて来た場所を素性のわからないものに案内してもらっているという点では、私と彼女たちとで大差はないのだが、黙っておくことにしよう。
その後は待ち伏せも襲撃もなく、私たちは広大な空間を巨大な柱が支えている、この都市の中枢らしき場所までやってきた。ずらりと設置されたコンピューターの間を縫って、多数のセリカ型アンドロイドが立ち働いている。
『ようこそ。識別番号44番、固有名ミズキ』
それは音声ではなく信号だった。
『こちらはTAKANE-8。非常用都市管理AIです』
セリカ型がこちらを気にしている様子はない。私たちを制圧することは諦めたのだろうか。
「どうしたんだ、ミズキ?」
「通信です。TAKANE-8という、おそらくこの都市の管理者から」
おお、とミリオン星人たちから歓声が上がる。
『TAKANE-8、いくつか質問があります。この都市にヒトはいますか』
『肯定。人類を地上に戻す、再生計画が進行中です』
『再生計画とは』
『地上の浄化と、環境に適応した生物、人類の創造を行うものです。現在300人を凍結保存しています』
『彼らに会うことはできますか』
『否定。彼らは現在の地球環境に耐えることができません』
『TAKANE-8、地球に何が起きたのですか』
返信には少し時間がかかった。
『都市管理AIによる戦争です。感情の統制に失敗したのは、トーキョー・スプロールに限った話ではないのです、ミズキ』
人類とアンドロイド、人工知能のいさかい。機密の流出、同時多発テロ、核戦争。私はトーキョー・スプロールから90年もの時間をかけて、この衛星都市にやってきたことになるという。
私たちを撃退しようとしたのは、戦前に都市から脱出したはずのアンドロイドが完全な形で、しかも得体の知れない生物を引き連れて戻ってきたためだと、TAKANE-8は釈明した。
「ねえ」
最初に声を発したのはアンナだった。
「再生計画、アンナたちが手伝っちゃダメかな」
△▽△
ミリオン星人の科学技術は、本当に、驚くべきものだった。
衛星都市の周囲を覆うシェルターの建設に7日、シェルター内部の土壌と大気の清浄化にさらに3日。水源確保と水質改善に合計7日。水耕栽培で植物の育成を始め、4日目には無事に芽を出した。
『これまでの協力に感謝します。そちらに元の美しい地球を見せられなかったのは残念でした』
「気にしないで! それよりアンナたちの歌とダンス、ちゃんとみんなに教えてあげてね!」
地球に降り立って3か月、ミリオン星人たちは調査報告と補給のため、母星に引き上げることになった。彼女たちが再びこの星を訪れることは、ほぼないそうだ。
「短いような、長いような時間でした。ありがとうございました」
「困ったときはお互い様だよお」
「タマキたちはもうおトモダチだからね!」
地球にはミリオン星人の手による建造物と、歌とダンスとが残るだろう。だから彼女たちのもとにも、地球由来のものが残ってほしいと思ったのだ。
「ミズキさん、この生き物は?」
「ハツカネズミです。地球の生物のサンプルとして都合がいいかと」
「小さくてかわいいです! 大切にお世話しますね!」
△▽△
今の地球では星空を見ることはできない。だからこうして、折に触れて夜空の映像データを再生することがある。
「ミズキ、こんなところにいたのね」
「――チハヤ。夜遅くひとりで出歩いてはいけませんよ」
「あなたこそひとりきりじゃない」
シェルターで生まれた最初の子、チハヤも、私と「夜空」を見ることがある。夜間に居住ブロックを抜けだしてくるあたり、「せんのー」の効き目が悪いのかもしれない。
「本当に変わっているわね、アンドロイドが友達を懐かしむなんて」
「いいえ。私はかつて、そのように作られたのですから」
戦後に製造されたアンドロイドは学習をしない。想定された問いに対して予定された答えを返すだけで、他者との接触によって個性が生まれるようにはできていないのだ。
「この問答も765回目です」
「覚えているのね。さすが」
チハヤは「夜空」が見えるあたりに腰を下ろす。
「私も会ってみたいわ、ミリオン星人さんに」
「私の歌が宇宙で通用するか確かめたい、でしたね」
「そんなことまで覚えているの?」
「今ので72回目でした」
チハヤは膝を抱えてうなりだす。
「安心してください。あなたは銀河でいちばんの歌姫です」
「待って、今のは前に聞いた覚えがあるけど」
「はい。16回目です」
噛みつかんばかりに睨んでくる。ここが限界だろう。
「ですので、記録しておきましょう、あなたの歌を。人類が再び、宇宙に飛び出す時に備えて」
「今のは何回目?」
実際のところ、都市の内部は「目と耳」の届く限り、24時間記録されている。しかし、チハヤの歌を記録しようという提案をしたのは初めてだ。
「ミリオン星人たちにも届くように、曲はやはりあれがいいでしょう。何なら踊っていただいても構いませんが」
「――ええと、歌うだけにしておくわ」
チハヤは立ち上がり、喉の調子を確かめる。私は映像を切り替え、ミリオン星人たちの歌とダンスとの記録映像の再生を始めた。