INVOKE!
疑うな。信じて、唱えろ。
「怪物は猟師小屋から姿を現し、こちらに向かって咆える」
燃え盛る猟師小屋から怪物がぬうと頭を出す。夜闇の中で、鹿と狼、そして人間をつぎはぎにしたようなそれは、相対する娘を見て咆哮する。
「わたしは怪物の頭に、銀の弾丸を撃ち込む」
娘は使い込まれた猟銃の引き金を引く。吐き出された銀の弾丸は、過たず怪物の眉間に吸い込まれた。
「銀の弾丸を受けた怪物は、絶命する」
怪物は金切り声を上げながら、雪上におびただしい血を流してもがき苦しむ。まさか、などとは思ってもいけない。もしかしたら本当にこいつは不死身なのかもしれないが、
「だけど、銀には無力」
そうだ。信じて、唱えろ。
「怪物は絶命する」
曇天に向かって伸ばされていた鉤爪のある手が、力なく落ちた。
翌朝、娘は最寄りの村へ向かって、ぬかるんだ街道を歩いている。
古い猟師小屋に住み着いた怪物は若き狩人によって退治された。夜の森の中から聞こえてくる、正体不明の咆哮におびえる必要はもはやない。
さらに何かもっともらしい理由があれば、怪物退治の陳情を出した人たちが納得して信じやすくなる。事実はともかく、怪物はもういないと信じてくれるのがいちばんだ。あの怪物は噂話から生じたのだろうが、それを率直に伝えてはいけない。
「怪物の正体は異端者だった」
彼らは教団による「奇跡の独占」に抗おうとする者たちだ。教団は5年ほど前に、奇跡、すなわち思念によって現実を捻じ曲げる行為を衆目にさらした異端者を、都市もろとも焼き払ったことがある。教団の威光が届くこの地であれば、奇跡や異端者について深入りしようともしないだろう。
「仕方のないことだわ、パパ」
都市を焼き払ったのが、この娘の父親である私だ。その責を負って処刑され、今は思念のみが娘の右肩の辺りに留まっている――娘はそのように信じているが、自身はこの娘の父親であるとは信じ切れていない。
【続く】
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