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ファイブ・デイズ、ファイブ・クエスツ

「申し訳ないが、お断りさせてもらうよ」
「お断りって、本気で言っているんですか?」
「正直なところ、私にはまだキミたち自身が誘拐犯でないという疑いを捨てきれない」
 エルフの日系人、サクヤは大仰に肩をすくめる。
「10年以上も前に母と私とを捨てた父が、実はメガの重役で、遺言状で私に財産とポストとを全て譲って。今日キミたちが、私を次の役員会議まで軟禁するためにやってきた。話ができすぎていると思わないかい?」
「確かに」
「メイ!」
 黙って俯いていたオークのストリート・サムライ、メイが顔を上げる。
「けれど逆に、遺言状がうちらのでっち上げだとすれば、身寄りのないあんたを誘拐するメリットがない」
「自分で言うのもなんだけれど、若い女性のエルフをさらうメリットは、見つからない方が難しいと思うね」
「そういう手合いなら、わざわざ説得なんかしない」
 サクヤは小さく唸った。
「一理ある」
「だったら!」
「いいや、それでもだ」
 サクヤは立ち上がり、背を向ける。
「ランナーにとってどうかは知らないが、私のような苦学生にとって、一週間は無駄にできない時間なんだ」
 本当に申し訳ないが、と彼女は重ねた。

◆◆◆

 サクヤ・シラセ。エルフ。日系人。ハイスクールに通う傍ら、恵まれた容姿を活かしモデルとして活動している。
 母子家庭だったが先月母親が病死、そして先週、父親の遺言状が彼女のもとへと届いた。依頼人ジョンソンの目的は、彼女を週明けの役員会議に出席させ、父親のポストに就かせること。
「それにしてもしっかりした子だよねー! うちだったら喜んでついていったのに」
 説得に失敗した翌日の正午過ぎ。バンの窓からサクヤが通うハイスクールを眺めながら、ソイバーガーを咀嚼する。期日までサクヤを軟禁するという最も楽な方法を蹴られたので、次善の策として、彼女の行動を可能な限り監視、必要があれば護衛することにした。
「アサヒちゃん、まだ戻ってこないね」
「あいつのことだから、時間を忘れてるんじゃない」
 車で待ってるだけなんてつまんないっす! とうるさかったので、不審者がうろついていないかハイスクールの周囲を見回って来い、と放り出したのだ。以降何の音沙汰もないのだが、それもいつものことではある。
「探しに行った方がいいカンジ? お昼冷めちゃうしさ」
「放っておきなさいよ、母親じゃないんだから」
「フユコちゃん、お母さんになったんすか?」
 バンのドアを引き開けて、アサヒが顔を出した。
「冗談じゃない。まだ身を固めるつもりはないわよ」
「おかえりアサヒちゃん、お昼にしよっか」
 と、メイがソイバーガーの包みをアサヒに投げ渡す。
「それで、不審者は見つかった?」
 そう尋ねると、包み紙と格闘していたアサヒはきょとんとした。
「あんた、この3時間あまり何してきたのよ」
 アサヒは生返事をしながらいよいよソイバーガーにかぶりつき、
「忘れてたっす」
「食べるかしゃべるかどっちかにしなさい」
 どっちがお母さんだかわかんないじゃん、と運転席でメイが笑った。
「とにかく、アサヒちゃんの興味を引くようなものはなかった、ってことはわかったんだからさ」
「フユたちは仕事で来てるんだから。それは忘れないでよ」
 わかったっす! と口をもぐもぐさせながら、アサヒは威勢のいい返事をした。

◆◆◆

 申し出を断った2日後に、件のランナーと再び顔を合わせることになってしまった。以前はふたりだったが、今夜はひとり増えている。
「フユたちは向こうでお話してきますから。少しの間、サンラビットちゃんとここで待っていてください」
 ギャングたちを瞬く間に鎮圧したランナー、フユがにこやかに言った。その向こうに、哀れな襲撃者の首根っこをつかんだメイが無言で立っているため、断れる状況ではない。
 そうして私は10代前半とみられる少女と、事務所からやや離れた路地で待機することになった。
「キミのような子が、夜遅くまでストリートにいるのは感心しないね」
「でも、これがあたしの仕事っす」
 黙って待つのも間が持たないので、サンラビットの話を聞くことにした。つまり、彼女のチームメイトやこれまでの仕事について。
 私がこの子くらいの年齢の時、モデルとして働こうとしたときはどうだっただろうか、と振り返る。母やクラスメイトたちは応援してくれたし、事務所も私たち親子の境遇を受け入れてくれた。しかし、都市のシャドウ走りラン、銃弾をばらまきカタナを振るう、この子たちのような仕事だったなら。
 これもあのふたりの思惑なのかもしれない。それでも、私はサンラビットと彼女たちランナーの境遇に、やや同情的になっていた。
 野太い男の悲鳴が聞こえてから、ややあってふたりが戻ってきた。
「サクヤさんを狙ったのは確かだけれど、事務所の身代金が目的だったって言っていました。顔と名前とが売れると大変ですね」
「それなら今夜のことは、キミたちにとっては骨折り損ということになるのかな」
「うちらが受けた依頼は、あんたを期日まで守ることだから。これも仕事のうち」
「そういうことだったら、このままレストランまで護衛をお願いしてもいいかな。キミたちはもうディナーを済ませたのかい?」
「まだっす!」
 勢いよく手を上げた手を挙げたサンラビットを、フユが叱責し、メイがなだめる。姉妹のような、家族のような関係が出来ているようだ。
「いいや、私は構わないよ。夜を誰かと過ごすのは久し振りなんだ」

◆◆◆

 うちのフィクサーがあの有名チーム、アンティーカとのコネがあるとは思わなかった。彼女たちのバックアップが必要になるような、大掛かりな仕事ランになるとは、依頼を受けた当初は思っていなかったのだが。
「メガの内部抗争、っていうところまでは予想通り。でも、相手方がヒューマニス・ポリクラブとの関連がある?」
 サクヤの父親は敵対派閥によって、事故に偽装して殺害された。父親自身の思惑はこの際関係がないが、遺言状によってサクヤの身が危うくなったことは間違いない。依頼人ジョンソンは最初からこのことを知っていたのだろうか。
「シラセは社員のメタヒューマン比率の向上を上申したことがあるみたいだね。それで、敵対派閥に目をつけられたと」
 コムリンクの向こうでアンティーカのデッカー、ミツミはそう語った。
「家族に累が及ぶなんて」
「それが社会性ってやつだよ。メガの重役なんて、蜘蛛の巣にかかった蝶みたいなものだから」
 今この瞬間に、サクヤの住む部屋が襲撃されていないとも限らないのだ。やはりあの時、彼女の反対を押し切ってでも、セーフハウスに軟禁しておくべきだったのでは。
「まあ、ちょっと落ち着きたまえ。これは将来の重役の信用を得る、千載一遇の機会だよ」
 ここでサクヤの機嫌を損ねれば、未来永劫そのコネを失う。彼女が重役になったあと、もしかしたら私的なボディーガードとして雇われる機会があるかもしれない。先輩ランナーの含蓄のある言葉だった。
「あの時ああしておけば、みたいなこと、やっぱりあるんですか」
「そりゃもう」
 特にうちのメンバーは曲者ぞろいだから、と愚痴っぽくミツミは言った。
「それはそれとして、今後相手方からの襲撃が少なくとも1回はあると思うけれど。いつだと思う?」
 今日の日中、ハイスクールでは何事もなかった。あとは明日の撮影、週末の休日。そして、
「役員会議当日」
「そう、そこにリソースの大半を割くのは間違いない」
 最悪は企業セキュリティが出張ってくる場合だが、相手方にもそこまでの予算はないだろう。エルフの少女ひとりを排除するには、鉛玉1発で事足りるからだ。
「だから、最低でもランナー、最高でもランナー」
「当日どう動くか、チームで相談しないとだね。先輩から言えるのはここまでだー」
「ありがとう、参考になります」
「それじゃあ、あとは当日に。健闘を祈る!」
 ミツミのアイコンが明滅して、消えた。

◆◆◆

 ハイスクールに爆破予告があった――アサヒが予告が出る前に爆発物を発見し、事なきを得た――以外は、何事もなく2日が過ぎ、期日になった。
 作戦としてはこうだ。メイの伝手で雇ったスマグラー数名を囮として、相手のランナーチームを撹乱。いざという時にはメイとアサヒとで襲撃者を迎え撃つ。
「手を挙げてくれたのはうれしいけれど、マジで無理しないでよ!」
 囮のバンがめいめいに、サクヤの居住地近くから発進していく。
「サクヤさんはこっち。フユはメイほど運転うまくはないけれど、今回だけは我慢してね」
「私にも何か、手伝えることはないかな」
「なるべく姿勢を低くして、外から見えないようにすること。車酔いには気をつけてくださいね」
 サクヤは大仰に肩をすくめる。

「やっほー、ストレイライトのみんな。いいニュースと悪いニュースを持ってきたよ」
 コムリンクからミツミの明るい声が響いた。
「今、みんなが相手をしているチームのメンバーが割れたよ。サムライとメイジ、そしてスマグラー」
 左後方で、機関砲の弾幕を受けたセダンが爆散した。
「悪いニュースは、そいつらがヘリを使ってるってことだね」
 装甲車とのカーチェイスくらいは覚悟していたが、ヘリコプターを飛ばすとは思わなかった。ビル街の細い路地にバンを滑り込ませたまではよかったが、それで諦めるような相手ではないだろう。それに、こちらには時間制限もあるのだ。
「打って出るしかないわね。悪いけれど、ここで降りてください」
「ヘリを撃つなんて初めてっす!」
 嬉々としてバンから飛び出していくアサヒを見て、サクヤが唖然としている。
「ええと、つまり、これからフユが囮になってヘリの気を引きます。その間に、サンラビットちゃんとメイちゃんとで、彼を撃ち落としてもらう」
「危ないから、うちかサンラビットちゃんと一緒にいた方がいいよー」
「いや、しかし」
「早くするっす! サムライとメイジとが来るかもしれないっすよ!」
 サクヤはこちらを何度も振り返りながら、バンを降りた。こちらもむざむざやられるつもりはないが、あいにく得物はカタナ1本しかないのだ。
 ミツミが射撃向きの位置座標と、そこへヘリを誘導するための経路とを送ってくれた。この借りはいずれ必ず返す。

◆◆◆

 足を踏み入れたこともない高級レストランに、フユたちは招かれた。
「久し振りだね。息災のようで何よりだ」
 モデルとしての経験が活きているのだろう、サクヤはスーツ姿でも様になっていた。こちらの着慣れていないドレスと、付け焼刃のテーブルマナーがみすぼらしく思える。
「お招きいただきありがとうございます。ですが、単に食事をしようというのではないのでしょう?」
「もちろん。しかし、仕事の話はあとで構わないだろう。そちらのお嬢さんは、料理を待ち切れないようだから」
 落ち着かない様子でいるアサヒを見て、サクヤは微笑んだ。

「例の、役員のことだ。父を亡き者にし、私を排除しようとした」
 その彼が、機密情報を持って競合他社へ移ろうとしていることがわかったという。その抽出の妨害、および機密の保護にあたって、フユたちを雇いたい、というのがサクヤの依頼だった。
「申し出は嬉しいですけれど、なぜ」
「そちらのフィクサーからも推薦をもらっている。成長株だとね」
 余計なことまで吹き込んではいないだろうか、と一瞬不安になる。
「断ってくれても構わない、別のランナーを探すだけさ」
「人と情報と、どっちを優先して守ればいいっすか」
「いい質問だ。私たちが避けたいのは機密の流出であり――」
 抽出の妨害に失敗しそうであれば、彼を撃つこともやむなし。なお、脳から記憶を吸い出す技術もあるため――
「すっかりメガの重役らしくなりましたね。血筋ですか」
「ストリートでの暮らしの方が、よほど長いよ」
 どこかの役員のおかげさ、と続ける。やはりこの件は彼女なりの復讐なのだろう。
「フユは、受けてもいいと思う」
「賛成っす!」
「ええー、うち、あんまり湿っぽいのは苦手なんだけれど」
「2対1、なら決まりね。ではシラセ・サクヤさん」
 ――今後ともごひいきに。



◆◆◆

元ネタ
・アイドルマスターシャイニーカラーズ
・シャドウラン 5th Edition
・シャドウランシナリオ「今後ともご贔屓に!」https://yaruok.blog.fc2.com/blog-entry-10754.html

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