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Billie Holiday - Lester Young


Musical Planet 本日(6月15日)のスペシャル・ゲストです。
投げ銭方式で、全文公開しています(写真1枚)



ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)
レスター・ヤング(Lester Young)

 陶:音座マリカ
 文:泉井小太郎


A Sailboat In The Moonlight

 静かな湾に一艘の小舟が浮かんでいる。
 一九三七年六月一五日の夜。中には二人の男女。空には上弦の月。
 この日に演奏された、ビリー・ホリデイ・オーケストラの<A Sailboat in the Moonlight>は、美しい恋愛小品である。
 トランペットがイントロで月のありかを示して、女(ビリー・ホリデイ)が切々と歌い出す。つややかな声、のびやかなリズム、甘えも媚びもなく、ただ月光に照らされて、あるがままの心情を吐露していく。男(レスター・ヤング)のテナー・サックスは、それをやさしく包み、かろやかに絡んでは、二人の関係を縫い取っていく。
 海面の漣をピアノがきらきらと映し出し、揺れる月影。トランペットが再び空の月と漂う雲を追い、一陣の微風のようなサックスが吹いてくる。そしてまた歌い出す女。小舟の淡く遠い影。
 ジャズの描き出したもっとも美しい風景の一つがここにある。
 ビリー・ホリデイとレスター・ヤングのデュオ・パートは、音楽上の愛の交換だと絶賛されてきたものである。深い信頼と愛で結ばれていた二人は、この時ともに二十代、しなやかな感性と肉体の絶頂期であった。その後のボロボロな行方を知るものにとって、六月の月夜の小舟の一景は、永遠の追憶であり、慰安である。
 一九七九年六月一五日の夜。レコードを取り出して、小舟をそっと浮かべるようにターン・テーブルに乗っけてみた。この一曲のみ聴いてみたい。月齢は二〇・一。よほど遅くならないと月は昇らないだろう。ひとたび漕ぎ出せば、星明りにたゆたうばかり。われらもまた闇夜の小舟に乗って、ひたすら月の出を待ってみる。



詩 月夜の小舟

耳に
小舟を
浮かべて
一艘の
「性」の
行方を
漕ぐ。

もう
四十年も前の
古びた一枚の
寝床を
そっと
湾に浮かべるのだ。

 ※

耳が
内から濡れて
空に
月齢二〇・一

月夜の
小舟の中で
いかにも
男と女
のように
音楽が化けている。


   ♪


A Sailboat In The Moonlight

ビリー・ホリデイと彼女の楽団
ビリー・ホリデイ (vo)
バック・クレイトン (tp)
エドモンド・ホール (cl)
レスター・ヤング (ts)
ジミー・シャーマン (p)
フレディ・グリーン (g)
ウォルター・ペイジ (b)
ジョー・ジョーンズ (ds)

1937年6月15日 ニューヨーク録音



   ♪

ビリー・ホリデイとレスター・ヤングは一緒に暮らした時期があって、恋人であったという説もあれば、仲の良い友達か兄妹のようで、二人の間に通ったのは深い信頼と共感だという説もあります。
そのどちらも支持すると言えば変に聞こえますが、ほんとうにそのどちらで
あってもいいのです。そんなことを超えて、二人は他に探し様もない稀有な
関係を垣間見せてくれたのです。
この詩は「月夜の小舟」に乗った1937年6月15日の二人を偲んだものです。その一夜のミュージカル・ロマンスを追慕しながら、あやしい道行を、漂流をする自分たちの姿を不可視レイヤーで重ねたような作品です。

泉井の詩は1979年6月15日の作。
音座の陶像は1986〜1987年。
冒頭の文章は2001年6月15日。

2001年6月15日に発行したポエムレット(ttz)をnoteで復刻しました。
小冊子ではあとがきになっていた文をnoteの仕様上初めにもってきました。
2014年は録音から77年。今夜の月齢は18。
月が昇ったらこの月夜のミュージカル・ロマンスを聴いてみましょう。

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