亡き父の思い出〜不味いカレーの巻〜
私の母親は、父よりも数年先にあっちの世界に旅立った。
それからの父は、私の『二世帯住宅に建て替えて一緒に住もうか』との提案を完全拒否して、独り暮らしを謳歌していた。
とは言っても、身の回りのことはほとんど何も出来ない父だったので、苦労したようだ。
そんなある日、私が小学生の2号くんを連れて様子を見に行った。
おー、よく来たな!
ちょうど良かった。
カレー作ったんだ。
食ってけ。
正直、驚いた。
カレーの作り方を知ってたんだ。
カレーなんて誰でも作れるでしょってのが世間一般的な考えだろうけど、それすらも怪しいのが私の父親なのだ。
早速、鍋を除いてみる。
そこには、確かにカレーっぽいけど、目一杯甘口か?いや、それ以上?ってくらい鮮やかな黄色のルーが。
市販のカレーで、こんな色のものは見たことがない。それくらい鮮やかだった。想像以上だ。
私と2号くんは、お互い目で語った。
おい、これ、食えると思うか?
い、いや、出来ることなら食いたくない
だがせっかく父が作ってくれたカレーだし、いらねーって言うのも気が引けた。
じ、じゃ、少しだけでいいよ。
あんまり腹減ってないし。
私と2号くんは、勇気を振り絞って食すことに決めた。あの時の2人は勇者だった。
目の前の得体の知れない敵に、果敢に立ち向かうのだから。
一口目・・・ん?
二口目・・・あっ!
三口目・・・う゛っ!
四口目・・・もうどうにでもなれ!
とにかく食うんだ。考えるな。味わうな。
食後のコーヒーのことだけを考えろ。
負けるな!
無言で食い続ける。
どうだ?うまいか?
そんなことを言われたような気もするが、その時の2人には答える余裕などなかった。
下手に答えると、父を傷付けてしまいそうで。
衝撃的な時間が終わった頃、勇者2人は力尽きていた。限界が近い。
それでも、残された力を振り絞って
ごちそうさま。父さん、カレー作れるようになったんだね。やるなー。
などと言ってみた。お世辞にも美味しいとは言えなかった😅
おかわりあるぞ
丁重にお断りして、実家を後にした。
あれはないよね〜😄
2号くんは、いまだに思い出して言っている。
後でわかったことだが、私の住む街のソウルフードとまで言われているカレー屋さん、そこのカレーがベースだったらしい。
そのカレー屋さんは、鍋を持参すればルーだけ売ってくれるという、面白いシステムがあるのだ。
そのソウルフードをどうやったらあそこまで味変できるのだろう。牛乳を入れたとは聞いたが、それだけではないはず。
父の調理の腕前は、ある意味 神なのかもしれない。役には立たないが。
父飯の伝説は、味噌汁編も存在する。
その話は、またいつか。
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