初めての東京(日本橋)
初めて上京した。
私の田舎では、日本橋は有名である。
「お江戸日本橋〜」
祖母が子守唄のようにして唄っていた。
東海道五十三次でも有名である。
小学校の授業で東海道を習ったからではない。
永谷園お茶漬けの付録(?)の東海道カードのせいである。
それを近所のお兄さんが、小学生の私たちに見せるのである。
私たちは大人の香りを感じ、酔っていた。
その結果、私の田舎では、東海道カード集めが流行った。
正確には、私のいる集落だけである。
他の集落では流行っていなかった。
休み時間に東海道カードを見せつけることで、優越感に浸っていた。
「大人に近づいた!」
東海道カードは、すぐに、小学校で爆発的なブームになった。
ある日、クラスの友達がヒーローになった。
「日本橋が当たった!」
一週間ぐらいは、このカードに目を奪われた。
私の田舎では、畦道の間に流れる小川(?)にかかっている橋は、枕木のような材木である。
コンクリートの橋は、国道でしか見たことなかった。
当然のように、「日本橋は木造である」と信じていた。
東京駅で日本橋へ行く道順を聞いた。
歩いた。
何処までも舗装道路とビルである。
自然物に囲まれた田舎とは違う。
目眩がするようだった。
「東京には空がない」
智恵子がそう言っていたと中学校の先生が言っていたことを思い出した。
日本橋が見当たらない!
勇気を奮い起こし、尋ねた。
「日本橋は何処ですか?」
「この先、すぐだよ」
「ありがとうございます」
歩いた。
高速道路の下を過ぎた。
歩いても歩いても日本橋はない。
再び勇気を出して尋ねた。
「日本橋は何処ですか?」
「行き過ぎているよ」
「?」
「高速道路、見えるかい?」
「はい」
「その下だよ」
「エッ」
「ありがとうございます」
と伝えた。
行ってみた。
「日本橋は木造ではない!」
衝撃を受けた。
田舎に戻っても「日本橋へ行った」とは言えなかった。
木造であることを信じていたことを知られたくなかった。
今も秘密にしている。