無収入寿命と純手元資金
[要旨]
リスク管理の観点から、売上がなくなっても事業を継続できる期間の、無収入寿命を意識しながら経営することは有用です。この無収入寿命は、現預金などから流動資産を差し引いた残りである純手元資金が、月額固定費の何か月分あるかで算出します。
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北海道特産の食品のインターネット販売などの事業を営んでいる、東証1部上場会社の、北の達人コーポレーションの社長の、木下勝寿さんの著書、「売上最小化、利益最大化の法則-利益率29%経営の秘密」を読みました。木下さんは、同書で、無収入寿命が大切と述べておられます。「無収入寿命=純手元資金÷月額固定費」この計算式で、売上がまったくなくなっても、事業活動を行うことができる月数がわかります。
そして、コロナ禍などで、事業活動ができなくなっても、「無収入寿命」の期間内に新しい事業の準備をして、開始できれば、会社は生き残ることができます。では、「純手元資金」とはどういうものかというと、次のように計算します。「純手元資金=総資産-固定資産-棚卸資産-流動負債」これは、木下さんは言及していませんが、総資産から固定資産を差し引いた残りは、流動資産です。
さらに、流動資産から棚卸資産を差し引いた残りは、当座資産です。(流動資産には、当座資産と棚卸資産のほかに、その他流動資産もありますが、割合としては少ないので、ここでは、理解を容易にするために、流動資産=当座資産+棚卸資産として、説明していきます)したがって、前述の算式は、次のように書き換えることができます。「純手元資金=当座資産-流動負債」ちなみに、当座資産とは、現金、預金、売掛金、受取手形などなので、これらの合計額から、買掛金、短期借入金、未払金などの流動負債を差し引いた残りが、純手元資金ということになります。
ただ、一般の会社では、当座資産は流動負債よりも少ないことが多いと思います。むしろ、固定費の数か月分も預金を持っていることは無駄であるし、それをやろうとしても、なかなかできないと考える経営者の方が多いでしょう。ちなみに、私は、この「純手元資金」を蓄える方法は、過去の利益の蓄積、すなわち内部留保をあてることが原則だと思っています。
しかし、内部留保を蓄積する方法では、なかなか、数か月分の固定費相当額を蓄えることは難しいのも現実です。そこで、木下さんは、長期借入金で預金を増やすべきと述べておられます。この木下さんの考え方は、すべての方が賛同するとは限らないと思いますが、私は、リスク管理の観点からは、妥当と思っています。だからといって、どんな会社も、長期借入金で、「純手許資金」を厚くしておけばよいとは、単純には言えないのですが、私は木下さんのような考え方を持つことは大切だと思います。
ちなみに、木下さんの会社の2021年2月28日の貸借対照表から計算すると、同社の純手元資金は、約7.6か月分ありました。純手元資金=(現金預金3,613百万円+売掛金584百万円-流動負債1,023百万円)÷(販売費及び一般管理費4992百万円÷12か月)≒7.6か月(当座資産は現金+預金、固定費は販売費及び一般管理費として計算しました)本題から外れますが、木下さんの会社は現在は長期借入金はなく、純手元資金はすべて内部留保でまかなっているという理想的な状態となっています。
話を戻して、木下さんの著書には、純手元資金が言及されている部分は、同書の本の一部に過ぎません。同書には、もっと多くの、経営者目線での財務指標の活用法が記載されています。財務分析の解説書の多くは、会計の専門家が書いているので、経営者の方が読むと、とっつきにくい面があると思います。でも、木下さんの本は、経営者としての立場から書かれているので、同じ立場の経営者の方が読むと、共感できる部分が多く、とても理解しやすいと思います。会計データを経営に活かしたいけれど、これまでなかなかピンとくる本が見つからなかったという方には、同書をお読みすることをお薦めします。