フィデューシャリー・デューティー
[要旨]
金融庁は金融機関に対して、フィデューシャリー・デューティー(顧客本位)の営業活動を実践するよう求めています。しかし、金融機関側も、顧客本位の営業活動を行なおうとしても、低金利政策により、適切な利益を得ることが困難になっていることから、より根本的な改善が求められています。
[本文]
前回、鳥羽田継之さんが、ご著書、「なぜ信用金庫は生き残るのか」の中で、信用金庫は営業エリアが限られていることから、融資している会社の業績が悪化しても、直ちに返済を求めることはしにくい傾向があるものの、業績が悪化した会社の経営支援にはスキルの高い人材が必要であり、すべての会社に対して支援を続けることも難しいとうことを説明しました。今回は、同書に書かれていた、フィデューシャリー・デューティーついて触れたいと思います。近年、金融庁は、金融機関に対して、フィデューシャリー・デューティーに基づく営業活動の実践を求めています。
フィデューシャリー・デューティーとは、もともと、「信託契約等に基づく受託者が負うべき義務を指すものとして用いられてきたが、欧米等でも近時ではより広く、他者の信認に応えるべく一定の任務を遂行する者が負うべき幅広い様々な役割・責任の総称として用いる動きが広がっている」そうです。ひとことで言えば、「顧客本位」ということです。とはいえ、顧客本位は、特別に意識することではなく、日本の古い商慣行にも、「近江商人の三方よし」にもあるように、当然に実践されるべきものでしょう。
これについては、鳥羽田さんもご指摘しておられるように、最近の金融機関が、それから外れる活動を行っている面が見られることから、改めて、フィデューシャリー・デューティーという概念を持ち出してきたのだと思います。私は、当然ですが、フィデューシャリー・デューティーに基づいた営業活動を実践しなければならないと思います。ただ、それは金融庁が金融機関に注意喚起しなければ理解されないことではないとも思っています。すなわち、もっと奥深いところに原因があると思います。具体的には、低金利時代にあって、金融機関の収益環境は厳しくなっていることにあるのだと思います。
とはいえ、単に、「低金利」が問題なのではなく、政府系金融機関の低利融資によって、民間金融機関の貸出金利が適正な水準を維持できなくなっていることが、本当の問題だと思います。融資金利は、主に、調達コスト、事務コスト、信用コスト(貸倒に備えるコスト)で決まります。このうち、現在は、調達コストは、ほぼ0%なので、事務コストに1%、信用コストに1%と考えれば、2%程度が妥当と言えます。現在の金利水準から見れば、2%は高いと感じる経営者の方もいると思いますが、かつての時代から考えれば、2%は決して高くはないし、金融機関側から見ても、決して利益が得られる金利ではありません。
その一方で、経営環境が厳しい中にあっては、中小企業を支援するには、低利融資を行うことは妥当です。ただ、現在は、低利融資は、多くの中小企業に十分に行きわたっていると思われるので、民間金融機関が適正な金利で融資できる状況にならなければ、金融庁が、いくらフィデューシャリー・デューティーを叫んでも、掛け声倒れになる可能性が高いと感じます。もちろん、金融機関には引き続き自身の事業改善のための努力は求められますが、あまりにも厳しい環境が続けば、却って、中小企業への資金供給機能に支障が出ると、私は考えています。
2022/5/25 No.1988