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お料理の哲学

こんにちは、いとさんです。

日本で使われる調味料は、アルゼンチンでは手に入りにくい上に高価ですので、必然的に献立を変えるようになりました。当たり前にできると思っていた料理は、日本の数多くの調味料に助けられていたということにこちらに来てから気づきます。味噌や醤油、みりんなどの日本食に欠かせないスター選手達を使わずに、どれだけ自分の胃袋と舌を満たすことができるか。実家ではほとんど家事をしてこなかったので、あまり知恵がなく毎日試行錯誤しています。

アルゼンチンのスーパーに並んでいる調味料はざっくり言えば塩、砂糖、油、酢です。油はひまわり油がメジャーのようで、それ以外はオリーブオイルをよく見かけます。酢は種類が豊富ですけれど、米酢に出会ったことはありません。それ以外にはハーブ類をよく見かけますが、ハーブを使うお料理のレシピをほとんど知りませんので、私が使うのはオレガノとバジルくらいです。時々お醤油を見つけますけれど、成分表を見てみればそれが純正の醤油でないことに気づきます。醤油ではなく、「醤油ソース」として他のソースと一緒に並んでいるのです。

一番最初に思いついたのは、イタリア料理を真似てみることでした。大昔に買ったイタリア料理の本には、大体塩とオリーブオイルしか使われていなかったような記憶があったのです。この世の中は本当に便利ですから、ネットで色々調べてみると参考になる情報がたくさんありました。要は選ぶ具材や、具材の入れる順番、調理過程によって味に変化がもたらされるということで、それならばと幾つものサイトの同じような料理のレシピを比較して検討し、今自分ができそうな範囲でレシピを再構成して作ってみたのです。

鶏ガラスープの素も粉末出汁もない状況でスープを作り出す事が出来た時は感動しました。調理器具もフライパン、鍋、フライ返しくらいしか無いので不便だなと思いつつも結局のところそれで暮らしが十分成り立っているので、他の物を揃えたいと思わなくなっていきました。こうして私の料理はますます身軽になっていきます。料理とは、そこら辺にあるものを適当に取って味付けしてそれなりに見えるようにするというような、インスタントな感覚でしたけれど、料理とは化学であると言った人の気持ちが分かるようになりました。

少しずつスペイン語を理解し出して、スペイン語のレシピにもヒントを見つけようと辞書片手に読んでみますと、これが誠に大雑把な内容で調味料の分量は「ひとつまみ、好みの量、スプーン何杯分」と言うような書かれ方しかないのです。このスプーンも一体どのくらいの大きさのものを指しているのか、認識の差があれば出来上がりの差も大きくなってしまうと思います。

友人がチキンとオレンジジュースを使ったレシピを教えてくれた時も、「オレンジジュースはオレンジ2、3個分くらい」と言われました。元々丁寧に計ってお料理をする人ではなかったので、その感覚はすっと自分の中に入ってきますけれど、お料理番組などたくさんの人が見るようなところで紹介されているレシピも大雑把なのには驚きました。日本で紹介されているレシピのほとんどはグラムやリットルできっちり計られて、どんな人が作っても同じ味になるように配慮されています。こんなところにまで日本人の心遣いを感じることがあるとは、丁寧に生きてきた人々に感謝したくなります。

しかし、実際のところよく考えてみれば誰が作っても同じ味にはなりません。我が家の三姉妹は同じ母から生まれ、これまでずっと食卓を共にしてきましたけれど、それぞれが作る料理には味付けの癖があります。私の場合、奇抜で変わったものに興味を持ちますので母の味をあっさり無視します。二番目の妹が作る料理の味は控えめで大人しく、三番目はこれといって特徴がありません。彼女は腹が満たされれば良いといった人で、食べることに対してあまり執着がないのです。その三人が同じレシピで料理をするときっとそれぞれの個性が出てくる筈です。それがまた料理の面白いところかも知れません。

一方、母の料理は毎日味が違いました。体調や気分によってコロコロ変わるのです。特に歳を重ねれば尚更、体調は料理の味を大きく左右しました。早々に親元を離れていれば気が付かなかった母の変化を舌で感じて、親の老いを受け止めていかなければいけないことを実感したとともに、一人の女性として一体何を感じてきたのか、どうやって苦悩を乗り越えてきたのか、そんなことを想像するようになりました。そういうことは口で語るよりも、表情や手、その人から作り出されるものの方が多くを語る場合があります。

自分の手から生み出される料理は、残念ながらまだまだ奥行きが狭く感じます。しかし柔軟性を帯びてきたところについては満足しています。こうでなければならないという考え方は伝統や格式を保つことに必要ですから否定はしません。どちらかと言えば私はそういう風に考えてしまいがちなので、どうも視野が狭かったり融通が利かない面もあります。しかし、本当にそういう考え方が必要な時以外は、そっとしまっておくことも大切です。

いとさん

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