変わらない少女[#2000字のドラマ]
「ニシダ〜、仲間としてしか見れないってさ。」
電話越しに伝わるジョリの声は予想通り悲しげだった。口調は結果を分かっていたかのようだったが。ニシダは言葉を選んで言った。
「サイは勿体ないことしたな。ジョリほど一途に好きでいてくれる男は多分いねえのにな。でもジョリには、もっといい人がいる。」
「サイ」というのは同じダンス部に所属する少女のことだ。ジョリが振られるのはこれで2度目。ジョリは1度降られてからも諦めきれず、タイミングを伺った上での2度目の告白だった。ニシダからすれば、何でサイはジョリを選ばないのか不思議でしょうがなかった。ジョリはいいやつだし、モテる要素がたくさんある。ニシダは「俺が女子だったらジョリと付き合いたいもん。」と言って電話を切った。
その夜ニシダはサイを飲みに誘った。
ビールを飲みながら「ぷはっ」と喜ぶサイは女子大生というより、さながら中年サラリーマンのようだった。この女のどこに惚れる要素があるんだ?とニシダは思った。
「何でまたジョリを振ったん?一旦付き合ってみんと何も分からんし、仲間だとか何だとか置いといて、付き合ってみなよ。その上で合わなかったら振ればいい。」とニシダは言った。
「ニシダはホンマに私のこと分かってない。」とサイは呆れたように言い、更に捲し立てた。
「ジョリはダンス部に所属している時点で私の中で最初から恋愛対象に絶対ならない。ジョリとは何でも気を遣わず馬鹿みたいに話しあえる関係が私にとっての最高なの。その関係は一度でも付き合ったら違うものになる。周りも絶対に気を遣い出すし。仮に付き合って別れたら、私はもう同じ感じでジョリと接することできん。そんな簡単じゃない。」
「恋愛と部活はそれぞれ別物だから切り替えて接すればいいじゃん。」とニシダは言った。
するとサイは今度はゆっくりと言った。「私が今一番大切にしたいものはダンス。そこはブレない。ダンス場にいる人間と恋してたらダンスを楽しむができない。私はそんなに器用じゃない。私は踊っている時は余計なことを考えず、感じているものを全身で思い切り表現したいから。もし部内で恋に落ちた時は私の優先順位がブレてダンスを捨てた時。」
それを聞いて、確かにサイのこと分かってないなとニシダは思った。サイは少なくとも、自分のように恋愛とダンスを混同させて、両立して美味しいところに顔出して、楽しくやりくりする、ということができるタイプではない。自分とはダンスに対する姿勢や格が違う、サイは生粋のダンサーなんだと思った。純粋にそれだけ大事にできるものがあるサイのことを尊敬した。
飲み終わった二人は夜の大学構内を訪れていた。日付が間も無く変わろうかという時間帯、流石に他に人はいなかった。シーンとした空間はいつも見ている光景とは異なる世界だった。広い駐輪場スペースに到着するなり、サイはコンクリートの上に仰向けに寝そべってはしゃいだ。「見て。めっちゃ星きれい。」その姿は先程の尊敬できるダンサーではなく、一人の純粋な心を持った少女そのものだった。
「確かに。こんなに星見えるんやな〜、4年間ここに毎日来てるのに気づかなかった。どんだけ視野狭まってたんやろ、俺。」ニシダもサイの隣に寝そべった。頭に刺さる砂利など、どうでもよくなる位綺麗な星空だった。
「私さ、こんな感じが大好きでさ。頭がスーっと開放されて柔らかくなっていくの。できればダンスも屋外で、それも大自然の中で踊りたいんよ。こんな星空バックにして踊れたらそれだけで泣けると思う。自分がありのままの人間やってる!って感じで踊れると思う。」
ニシダは同意した。「いつもダンス場とか舞台の上とか、箱の中だけで煮詰まりながら踊っているけどさ。本当はもっとこういうところで踊った方が、本能的に自由なアイデアで踊り狂えるよな。」
「でしょ?もっと新鮮な空気と地球を感じられるところってどこなんだろ?私はそこでいつかニシダ達と踊りたい!」サイが尋ねた。
「ウユニ塩湖。」とニシダが返した。「どこの国かもどうやって行くのかも知らんけど、世界中で俺が知ってる中で、一番の非日常が味わえる大自然。」
サイはスマホでウユニ塩湖を調べると、「すごい!行きたい!ねー絶対ここで踊りたい一緒行こうや!」と目を輝かせて言った。
「今は金もないし。部活や就活で時間も取れないし。いつか、お互いにその想い強く持ってたら、行こうぜ。ジョリも連れて。」気付くと、ニシダは少女の夢に巻き込まれていた。
「口だけじゃあかんで〜!約束や!」二人は朝焼けまで、ずっと空を眺めて語り続けた。
ーーー5年が過ぎた。
三人は踊っていた。
360度何もない、ただ鏡張りとなった雲と空の中心で。 とても幻想的なこの、ウユニ塩湖のどこかで。
誰から声をかける訳でなく、ただただ、三人は笑顔でダンスのセッションをしていた。高所の為、息苦しくなりながらも、少しのインターバルを挟んではまたすぐに踊っていた。この日をずっと待ちわびていた。
ジョリはニシダに言った。「今更思ったんだけど、サイのダンス見てると、感動する。それに一緒にダンスしてると本当に気持ちいい。サイのダンスには周囲を惹きつける何かがあるんだろうな。」 ニシダが「お。また惚れた?」と尋ねると、即座に首を横に振った。続けて、ジョリは爽やかに言った。
「俺、サイとの恋愛は上手くいかなかったけど、ここに来て、幸せそうなサイを見てると、上手く行かなくてよかったって思う。やっぱりサイとは一緒にデートするんじゃなくて、一緒に踊っている方がずっと楽しいわ。気づくの遅かったけど。」
ニシダはニコッとしながら、今も踊っているサイを見て呟いた。
「俺たち大人になったってことで。だけどあいつはずっとあのまま。」
最後に付け加えた。「いい意味でな。」
終わり