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『足文字は叫ぶ!』新田勲著 書評、「月刊とちぎVネットボランティア情報、2009年4月号VOL160 全国公的介護保障要求組 合発行 2000円

『足文字は叫ぶ!』新田勲著 書評、「月刊とちぎVネットボランティア情報、2009年4月号VOL160
『足文字は叫ぶ!』新田勲著 全国公的介護保障要求組
合発行 2000円

●評者 白崎一裕

「足文字」とは何だろうか?この本の著者新田勲さんは、「はじめに」の冒頭で次のように語っている。「私は全身性重度障害者の24時間の介護保障がないと社会のなかで自立生活をして生きていくことができない重度の障害者です。言語も介護者をそのあいだに入れないと会話すらできない人間です。ですので、会話については床に“足文字”を書いてその“足文字”を書きとってもらって、この本の文章については一切、私が書きました。」とある。
 
この「足文字」から書きつづられた戦後の障害者運動記録集ともいえる大作が本書だ。1968年に開設された府中療育センターの医療管理体制に抗議のハンガーストライキをするところから新田さんの長い闘いはスタートする。この「府中療育センター闘争」に評者は日本の障害者運動の原点のひとつと普遍的な問題意識をみる。センターは「障害者の生きた人間を生でモルモットにしていく施設」であり、障害者の「生活の場」ではなかったのである。1960年代後半から70年代にかけて豊かさを中心に
求めてきた近代という時代、また、日本では高度経済成長という時代に対する様々な異議申し立てが登場した時代でもあった。その主張は、豊かさの名のもとに、自分たちは奴隷化されてきたのではないか?本当の豊かさとは何か?ということに集約されるだろう。そして、新田さんたち障害者にとっては、その奴隷化が微温的なものではなくて、生の略奪化によるものとしてあらわれたに違いない。その時代への怒りの深さが運動をささえてきたと思う。
 その運動は、「施設」から出ていったときの「地域での暮らし」をささえる方法への模索へと深化するが、それが、全身性重度障害者のための介護保障制度の構築である。この試みの初期のことが当時の新聞記事となって本書に紹介されていて、そこには、障害のある人が地域で社会的自立をするためには、いつでも障害者の手足となって助ける介護人をプールしておけるような「介護人派遣センター(仮称)」の必要性と設立準備の趣旨のようなことが書かれている。この運動をめぐっての新田さ
んたちの主張は明確で、人間ひとりひとり(もちろん、重度障害者も)の人権を保障するための生活の保障や介護の保障をすることは国家の義務であり、一個の人間としての介護料も保障すべきなのは当然!ということだった。新田さんは、このことを「その当時としては、行政から介護に対する現金給付、しかも家族まで介護者として認めさせるに至ったことは、画期的といえます。」と書いている。
 
その後、1990年代後半から国の福祉政策は大きく変転をとげる。これは、大きくは、福祉国家の行き詰まり、社会主義国家の崩壊などから、市場原理主義を含む新自由主義の流れが強まった結果はじまった政策の路線転換ともいえるだろう。「社会福祉基礎構造改革」「支援費制度」「グランドデザイン案」「障害者自立支援法」というように矢継ぎ早に政策がうちだされてきた。この政策的意図としては、措置から契約など、いろいろお役所言葉が重ねられているが、市場原理の導入・当事者の自己
負担・総予算抑制・介護保険への一元的統合などにあることは間違いない。新田さんは、もちろん、そのことに鋭敏に反応していて、それらの意図に対しての反論をしている。「障害自立支援法」批判はもちろんのことだが、特に介護保険による一元化においては、質の全く違う高齢者と障害者をひとくくりにはできないと強く反対している。これには、評者もまったく同感だ。
 このような、政策に対する当事者からの対案としてうちだされているのが「パーソナルアシスタンス(個別的自立援助/・介助)ダイレクトペイメント(当事者への直接現金給付)」という考えだ。この考えは、新田さんたちの運動の現時点での到達点といってよいだろう。ひとりひとりの個別のニーズからの介護保障ということにその到達点は要約されると思う。ながらく、医療や施設や福祉制度に「合わせた」生き方を強いられてきた障害者が、こんどは、ひとりひとりの「命」に合わせた制度にしていく。そして、その「命」を保障する国家の責任と義務を明確化する。
新田さんの「足文字」はそれらを実現するために、さらに激しく、深く「書き」続けられていくだろう。(この本は、最初、自費出版として発行されたが、現代書館から再刊行の予定である。)

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