Crop予測市場レポート第2回:Google
こんにちはCropです。未来予測コンテストサービス「PredictionGeeks」を運営・開発しています。
今回のnoteではCrop予測市場レポートの第2弾として、Googleの社内予測市場について書きたいと思います。予測市場については↓のnoteを参照してください。
ポイント
1:社内予測市場は会社にとって重要な出来事を予測するために社内に設置された予測市場
2:正確な予測、金銭的・人的コストが低い、従業員の交流拡大などのメリット
3:どのように意思決定に用いるかがわからない、既得権益の反対など導入が難しいといった問題点も
社内予測市場とは何か?
社内予測市場とは文字通り会社内に設置された予測市場です。市場の参加者は社員や関係者に限定され、市場の作成・報酬の配布などは全て会社(の担当チーム)が行うことになります。日本ではあまりポピュラーではありませんが、海外では例えばGoogle、Ford、HP、Microsoftなどは社内に予測市場を設置していました。また社内予測市場のソフトウェアを専門で販売する会社も存在しています。
社内予測市場の主たる目的は会社にとって重要な出来事・数値に関する情報を集約することです。商品がどれくらい売れるか、ユーザー登録者数がどれくらい増えるか、どの政党が勝利するか、など会社の運営や方針を決めるうえで重要となる物事に関する予測を行います。
社内予測市場特有の問題
社内予測市場は通常の不特定多数の人が参加できる予測市場とは違い、いくつかの問題点があります。
トレーダーが少ない
参加者を社員に制限するため、どうしてもトレーダーが少なくなってしまいます。そのため取引を行いたくても取引相手が見つからない、価格の変動が少なく取引のモチベーションが低下する可能性があります。つまり何か情報を持っていてもそれを市場に反映させることができないこととなり、正確な予測ができないかもしれません。
参加者に多様性が無い
また参加者が社員に限定されることにより、トレーダーの多様性が失われてしまいます。予測市場の予測が正確であるためには参加者が持つ情報の多様性が必要です。社員に限定することにより、例えば若者が多い会社では若者的な情報や考えが強くマーケットに反映してしまいますし、男性が多い会社では男性が持ちがちな情報がバイアスを生み出す可能性があります。
社内予測市場にはこれらの問題を抱えながらも正確な予測を行うことができるのでしょうか?以下で見ていくGoogleの社内予測市場は、社内予測市場による予測は正確であることを示してくれました。ではそのGoogleの社内予測市場について詳しく見ていきましょう。
Googleの社内予測市場
Googleの社内予測市場は2005年、Googleの社員であったBo Cowgillらによってスタートしました。その設計には著名な経済学者でのちにGoogleのチーフエコノミストとなるHal Varianも関わっています。Googleが予測市場を設置したことやその予測が正確であったことなどから、これを契機に予測市場が広く知られるようになりました。
Googleが予測市場を始めたのにはGoogleのカルチャーが大きく影響しています。Googleは会社として「勤務時間の20%を自分の好きなプロジェクトに当てても良い」というルールを設けており、Cowgillらはこの「20%ルール」の下で予測市場を開発・運営していました。ちなみに「20%ルール」により他にはGmailやGoogle Newsなどのサービスが生み出されています。
Googleの予測市場の主な目的は先ほども述べたように、会社にとって重要な出来事に関する情報を集約することです。特にGoogleは"Objectives and Key Goals"と呼ばれる測定可能な社内の重要事項についての情報集約を目的としています。「どのくらいユーザー数が増えるか」や「どのくらいの売り上げが記録されるか」など実際にデータとして測定可能で、かつGoogleにとって重要な指標を予測します。
マーケットの種類
Googleの社内予測市場で作られていた市場の種類は大きく分けて以下のようになっています。
需要に関する予測:「Gmailのユーザー登録数はどれほど増えるか?」
Googleに関する予測:「モスクワオフィスは年内にオープンするか?」
IT産業に関する予測:「AppleがIntelベースのMacを発売するか?」
エンタメに関する予測:「NBAファイナルの優勝チームは?」
最初の3つはGoogleにとって非常に重要な予測であり、結果次第ではプロジェクトの方針などを変えることに繋がるかもしれません。最後のエンタメに関する予測はユーザーを集めるために設置されたようです。
Google予測市場の仕組み
Googleの予測市場はダブルオークション方式で取引を行います。取引を行う際、参加者たちは"Gooble"と呼ばれるサービス内通貨を用います。参加者には四半期に一度10,000Goobleが配布されます。ちなみにリアルマネー(ドル)で取引を行うことは法律上行うことができません。
Googleの予測市場は社員なら誰でもどの市場にも参加することができます。これは一見普通のことように思えますが、よくよく考えると画期的なことです。例えばプロジェクトAが期日までに完了するか、という予測市場を考えてみましょう。参加者に制限を設けないということは、この市場にプロジェクトAの関係者も参加して良いということを意味します。関係者はもちろんプロジェクトに関して詳しい情報を持っているので市場でかなり得ができるかもしれません。一見不公平のように見えますが、社内市場の目的は公平性ではなく情報の集約なので参加者の制限を無くしています。
報酬
市場がクローズし、結果が決定したのち1Goobleはそれぞれ1枚の「くじ」と交換されます。運営チームはランダムに6枚くじを選び、くじの当たったユーザーに$1000を報酬として与えます。
なぜくじというめんどくさい方法を用いているのでしょうか?例えばGooble獲得上位6人に$1000を配る方法を考えてみましょう。このとき自分が上位に入らないことが予想されるユーザーは、諦めて取引を行わなくなってしまったり、大穴狙いで自分の予想とは異なるような取引を行なう可能性があります。このような行動は情報を集約するという本来の目的を阻害してしまいます。一方でくじを用いることによって、そのような行動を防ぐことが期待できます。くじを持てば持つほど報酬がもらえる確率が高まるので、ユーザーにとっては取引を行わなかったり自らの予想に反する行動を取るよりも、自分の予想に従って少しでもGoobleを稼ごうとすることによって得することができます。つまり、くじを用いることによってユーザーが自分の予測通りに行動するよう仕向けているのです。
Googleは当初報酬として$1000を渡していましたが、あまりユーザーの参加を促すことができませんでした。年収数十万ドルもらっている人たちにとって$1000の報酬はどうやらあまり魅力的ではなかったようです。そこで運営チームは報酬としてTシャツも配ることにしました。その結果、ユーザーの参加が促されました。Googleでは金銭的な報酬よりもTシャツ報酬の方がうまく機能したようです。
予測の正確性
ではGoogleの社内予測市場は正確な予測ができていたのでしょうか。次のグラフを見てください。
グラフの横軸は市場の最終的な価格、つまり予測市場から得られた価格です。縦軸は実際に出来事が起こった確率です。オレンジの線は予測市場の確率と実際の確率が一致している点、つまり予測市場の予測が完璧なものである状態を表しています。紫色の線が実際のデータを表しています。このグラフから社内予測市場による予測は多少誤差があるものの、ある程度正確な予測ができていると言うことができます。
社内予測市場の副作用:社員間の交流
Googleでは正確な予測が得られただけでなく、社内に予測市場を設置することによって社員間の交流が活発になるという効果がありました。報酬を得るために様々な社員と意見を交換したりすることで、社員の人間関係が広がりました。予測市場が従業員同士の会話の場となったのです。
新たな発見:物理的距離の重要性
Googleは各社員のデスクの位置をGPSで把握していました。この位置情報データと予測市場の取引データを用いてデータを解析したところ、同じ場所(部屋)にいるトレーダーたちは同じ時間に同じような取引を行う傾向にあることがわかりました。さらにデスクの場所や周囲の従業員が変わると取引行動そのものが変わることも発見されました。これらのことは、人の考えはその人のバックボーンではなく近くにいる人たちに強く依存する、ということを示しています。これは組織マネジメントの話でよくある「ナレッジワーカーは一箇所に詰め込め」という法則を裏付けています。
Google社内予測市場の現在
Googleは現在おそらく社内予測市場を行っていません。Bo Cowgillなどもともとのチーム運営者がPhDを取りに行くなど、Googleを去ったのが理由となっています。社内予測市場が不要だと判断して行っていない訳ではありません。
まとめ
Googleの社内予測市場の仕組みについて見てきました。ここで社内予測市場の利点と問題点をまとめてみましょう。
社内予測市場の利点
精度の高い予測を得ることができる
先ほどのグラフで示したように予測市場の予測は多少の誤差があるもののある程度正確な予測になっています。これはGoogle以外の社内予測市場(例えばFord)でも同じように正確な予測ができることが確認されています。
市場調査や専門家へのヒアリング等、従来の手段に比べて、金銭的・人的コストが低い
社内予測市場は一度導入してしまえば低コストで予測を行うことができます。市場調査などを行う場合、金銭的人的に多大なコストが必要になります。一方予測市場では市場を作ってあとはトレーダーに取引を行ってもらうだけなので報酬の金銭的コスト以外はあまり必要としません。また金銭的報酬を出さず成績上位者の名前を発表するという報酬形式の企業も存在しており、その場合でも正確な予測ができることが確認されています。必ずしも金銭的な報酬は必要としません。
従業員間の交流が活性化するなどの副作用
これもまた先ほど述べたように、社内予測市場から社員間の交流が広がるという効果も期待できます。
社内予測市場の問題点
得られた予測をどう意思決定に用いれば良いのかについてまでは教えてくれない
予測市場による予測は正確なものではありますが、それをどう実際のビジネスの現場で用いるかは別問題です。例えば専門家の意見を参考にして会社の方針を決める場合、「〜〜さんがこう言っていたのでこれに違いない!だからこの方針で行こう!」というのは専門家の意見に依拠することで組織に納得感を生むことができます。また専門家であればどういった理由で結論が得られたかを説明してくれるかもしれません。しかし「予測市場がこう予測したのでこれに違いない!だからこの方針で行こう!」というので全員が納得することは現実的には難しいかもしれません。さらに予測市場の予測はどのような理由でその予測になったのかを説明することができないので、顧客に対する説明が必要とされる場面で用いるのは難しいかもしれません。
導入するのが難しい
予測市場を導入しそれを意思決定に用いることで今まで発言権のあった人たちはその権力を失ってしまいます。そのため予測市場の導入に反対するかもしれません。また市場を作成することによって、「そのトピックを経営陣が気にかけている」という情報を従業員に伝えることになってしまいます。つまり経営陣のセンシティブな情報を従業員に公開してしまうことになってしまい、経営陣としては予測市場をなかなか導入しにくいでしょう。
参照
・「普通の人たちを預言者に変える『予測市場』という新戦略」、ドナルド・トンプソン
・“Corporate Prediction Markets: Evidence from Google, Ford, and Firm X”, Cowgill and Zitzewitz, Review of Economic Studies, 2015
・“Using Prediction Markets to Track Information Flows: Evidence from Google”, Cowgill, Wolfers and Zitzewitz, 2009
・Google Official Blog ``Putting crowd wisdom to work”