少しだけ、川上のことを書かせてほしい
シンデレラファイトシーズン3 Final、最終戦南4局8本場。
優勝ポジションは親番の鴨舞プロ、リードは大きくノーテン流局で勝ちなので、既に手は組んでいない。事実上の最終局。
12巡目、川上にテンパイが入った。三色のみ、ダマなら2600。
12379m5579p1789s ツモ8p ドラ1p
川上の条件は、ツモなら倍満、直撃なら3600、脇からは三倍満。ツモでの条件クリアは手牌構成上、この段階では不可能である。
川上は、リーチをかけた。まず、鴨舞プロからは出ないだろう。それでも、万が一がある。暗槓が入ってドラが増えるかもしれない。手詰まり放銃も、なんなら切り間違えもあるかもしれない。全ては希望的観測だが、それにすがるしかない状況だった。
リーチの一発目、みあプロが8mをツモ切った。もちろん、アガれない。そしてもう、直撃もできない。この時点で川上の勝ちは消えた。
16巡目、川上がゆっくりとツモる。鮮やかに彩られた右手に、8mがあった。少しだけ間があった後、川上はそれを河へと置いた。
18巡目、ハイテイ手番。川上の右手に、再び8m。リーチツモハイテイ三色、5翻。裏3の可能性がない以上、やはり逆転は不可能である。8mは酒寄プロにも1枚流れており、リーチ時には全部山に残っていた。
アガっても切っても、結果は同じだ。それが8mでなければ、ただ河に並べてしまいだ。でも、そこには8mがあった。
「麻雀に試されているな」
そんなことを思った。それでもお前は麻雀を好きなのか、と。お前が向き合っているのは、こんなに残酷な、えげつない一面があるゲームなんだぜ。
川上はアガらず、8mを切った。鴨舞プロが手牌を伏せ、川上がカン8m待ちテンパイを開示し、試合は終わった。3代目シンデレラに輝いたのは、数々の逆境を跳ね返し続けた、鴨が葱を背負ったユニークな麻雀プロだった。
川上には道中の選択次第で5pが9mになっていたルートもあり、それであればリーチジュンチャン三色、偶発役頼みではあるが、ツモ条件を満たす可能性があった。
1237999m789p789s
ただ、そうなったとしても、裏ドラは2pで逆転には至っていなかったようだ。ツモってもアガらず、まわるかどうか分からないハイテイに懸ける、みたいなプレーができれば勝っていたが、3割裏ドラが乗る手牌構成でそれをやるのは、それこそ神の領域の話である。
ジュンチャン三色に仕上げて裏1条件の裏ドラをめくり、乗らずに敗れる。最後の最後にドラマのクライマックスが訪れる、ある意味で理想的な結末だ。そこにたどり着けなかったのはミスかもしれないし、川上は自ら勝機を逸した、とも言える。
でも、もし完璧な手順を踏めていたとしたら、ハイテイの8mアガらずのシーンはなかった。そして、あの8mツモ切りをファンに見せたことこそ、川上の財産になるのかもしれない。僕はそう思うのだ。
きっと、麻雀の実力にはまだまだ至らないところもあるのだろう。それでも彼女には、勝負に懸ける高潔な姿勢、麻雀に対する真摯な思いがある。最後の8mツモ切りを、解説の綱川プロは「美しい」と表現した。同感だし、そう思った人も多かったはずだ。それは、「今の」川上だからこそ生まれた場面だった。
川上については、3年ほど前に少し書いたことがある。
出会ったときに「川上玲」と名乗っていた雀荘バイトの女子大生は、後に麻雀プロとなり、「川上レイ」と名を変え、すごい勢いで知名度と人気を高めていった。目には見えないが、きっと雀力も比例するように上がっているのだろう。
今年に入り、彼女は夕刊フジ杯麻雀女王のタイトルを獲った。そして、惜しくも及ばなかったものの、シンデレラファイトで2冠まであと一歩まで迫った。
彼女の今年の活躍は、決してフロックではない。きっとまた何かのタイトルを獲るだろうし、さらに名前を売るはずだ。もしかしたらその先に、今日の麻雀界における最高の舞台もあるかもしれない。
僕は幸いにして、麻雀界で仕事をさせてもらっている。当時、「いつか仕事をさせていただく日が来ることを願っている」と書いたけど、どうやらそれは、そう遠くない未来のようだ。
お気づきかもしれないが、このnoteでは、川上だけ「プロ」の敬称を省略している。プロ入り前から知っている身として、彼女は僕の中で、他の麻雀プロとは少し違った立ち位置にいる。そんな彼女を仕事として取材できるようになれば本当に素晴らしいことだと思う。もちろん、そのためには僕も僕の立場で頑張らないといけないのだが。
川上の対局に、僕は心を動かされた。そして「川上レイプロ」と仕事ができる日が、改めて、本当に楽しみになった。
お互い「プロ」として、また会おう。