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成長速度から読み取る「深田恭子は概念だ」の話

中学生の頃の大晦日、深田恭子さんのグラビアを見ていたら年を越していました。

深田恭子さんについての不思議な推測を聞いてください。



変わらない可愛さ

ここで2001年の深田恭子さんの見てみよう

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可愛いですね。18歳くらいかな。

そして最近の深田恭子さんは

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可愛いですね。36歳です。
セクシーだし。

けど僕が話したいのはそこじゃないんですよ。



見た目だけじゃない成長速度

実は変化速度が遅いのは見た目だけじゃないんです。

タレント能力、特に演技力の向上が見られないのです。

テレビでのお喋りや立ち振る舞いが初めて認識した時から変化してない気がするのと、演技力の成長スピードが遅すぎると感じる。


メソッド演技法?

実はメソッド演技法を使っていて、配役がそういうキャラクターが多いだけなのかな?

メソッド演技法とは、担当する役柄について徹底的なリサーチを行い、劇中で役柄に生じる感情や状況については、自身の経験や役柄がおかれた状況を擬似的に追体験する事によって、演技プランを練っていく。
簡単に言えば演技ではなく「そのものになりきる」こと。

ロバート・デ・ニーロは役作りのため本当にタクシードライバーの仕事をしたり、シチリア島に数ヶ月住んだり、ユダ人家族にホームステイしたりと、演技ではない本物の心理感情を作り上げた。

深田恭子さんもそうなのか?
いや、だとしたらタレント力の変化速度の遅さはどうなる?
タレントも演技の一環なのか?
「メソッド演技による深田恭子」を完璧に作り上げているのか?

プロの役者は演技のために容姿を変える事が出来るが、深田恭子さんはそれを20年以上続けているのか?


特殊相対性理論

深田恭子さんが光に近い速度で動いているので、僕らよりも成長速度が遅いのか?

しかしそんな生活をしながら日本の芸能界で活動することは不可能に近い。
けど、そう考えざるを得ないほどの異様な存在なんだと思う。

いつまでも若い人は沢山いるが、今回のテーマは「いつまでも若い」ではなくて「全てにおいて成長が遅すぎる」ことなので、どうも表面じゃ見切れない理由があるはず。

おかしい。


深田恭子は概念

ドラマで6歳年上の小沢真珠さんと親子役になったのだが、それを小沢真珠さんが引き受けたのは、プロの役者としての姿勢が1番だと思うが、それ以外にも「深田恭子だし」という潜在的承認のような不可抗力があったかもしれない。

ここまでくると、もはや「深田恭子という概念」と呼んでも過言ではないかと。

理論物理学の思考からも外れている
進化生物学の思考からも外れている
存在として不明確な立ち位置
あれはみんなが「深田恭子だと共通認識できる何か」だというのが僕の考えです。


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可愛ければなんでもいいか。

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