なか
なるほど、こうすればいいのか
中には梯子だけがありました。
私は歩くのさえ億劫で
使ったことはありませんが、
年に1度だけ輝いているようでした。
それでいえばかき氷が来ていました。
羨ましくもありましたが、
必要が無いのもある意味では幸せでした。
殆ど笑い物の様なものでした。
どうしてこちら側ではやってくれないのだろう
と思いました。
だからお前を笑っていました。
あの銀色をした水をもう飲むことはないと思います。とても美味しさとは程遠かったですが、45分生きるのにはそれくらいで足りました。
木のしっぽのせいで白い粉が舞いました。
彼はどんなに寂しかったろうと思います。
誰が救えたのだろうと思います。
転がり落ちた奴は落としました。
穴は四角くなりました。
そこに生きる名前を忘れました。
メダカの世話をしている人はいましたか?
腕を削って散らしていました。
雨のせいで靴と別れられませんでした。
謝る事が出来ませんでした。
眠りが頷きになりました。
白を育てました。
あなただけが好きでした。
なぜか君と喋っていました。
雨は止まないし、漢字は読めなくてただ座っていました。意味を理解しないことの意味が分かりませんでした。
橋の上で音を刻みました。どうやらとても下手だったらしいのですが、耳が悪くて聞こえませんでした。
どうにもダメでした。あまり生きる価値はなかったように思います。ただあなたが泣いてくれたので、それでもいいかと思いました。
君も泣きましたね。
その声、ありがとうございました。
私には意味がわかりませんでしたが。
お前が普通を嫌いなのが嫌いでした。
ふと、入れてくれたので、嬉しかったと思います。思い出さなければ思い出さなかったのに。
なぜか運んでくれました。
あなたはいつもそうでした。
きっと今もそうでしょう。
私の時は銀色でした。あと赤だったと思います。黄色は嫌で、緑も嫌でした。運が良かったと思います。白になってしまって、全く趣のない話だと母が言いました。
確かにそうだと思いました。
それで、ただ石と椅子の違いが分からなくなりました。そうやってふと入るということが、今思えば沢山あったように思います。
反対側を歩きました。
最後にそうと気づきました。
裾を掴んで本を読みました。
全て手放してしまいました。
ただ、その意地をよしとされた事が不思議でした。そういうものは全て遊びだったので、失くしても悲しくありません。
そもそも持っていなかったからです。
今も持っていないみたいです。
中学校の思い出
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