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【エンドピンが割れた!】

正式な名称を知らないのですが、クラシックギター用のエンドピンです。6個セットで千円程度でした。中華サイトで購入しました。使い始めた当初は特に問題はありませんでした。弦の装着が楽ですし、音も良かった。3回目の弦の交換で、6個中2個が真っ二つに割れました。割れの原因とその対応策について解説します。

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【ハイライト】
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チップを弦端に装着してペグを回し始めたら、いきなりチップの割れが発生しました。破壊力学の観点で、割れの性状からその原因を調べました。低音弦の巻き弦の金属のせいで、チップの表面に跡(つまり小さな傷)ができます。数回使っているうちに、小さな傷が線状に繋がって、巻き弦で締付けられた際に、表面の傷がチップ内部に進展して、割れたものです。

原因は素材の強度不足といえます。使われている素材の強度が、必要な強度の1/2~1/3しかありません。つまり、何度か使っていますと、いずれ表面の傷が繋がって、いきなり割れるように作られているということになります。

割れの原因から考えますと、チップの表面に巻き弦の跡ができなければ、使っていても割れることはありません。つまり、チップの表面に巻き弦の跡が出来ますので、弦の交換時に、小さなヤスリでチップの表面を研磨して傷をなくせば、使っていても割れることはありません。しかし、慣れない人には研磨作業は大変です。現実的な対応としては、弦の交換時に高音弦で使ったものと低音弦で使ったものを入れ替えると割れる頻度を減らせます。あるいは、安価なものなので、あらかじめ数セット購入しておき、割れたら新品のチップに交換することでしょう。


以下は詳細な解説です。

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【割れの状態と、割れが発生するしくみ】
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いずれも低音弦の5弦、6弦です。割れ方が2個とも同じなので、原因は2つとも同じです。『破壊力学』ではこのような割れ方のことを『脆性破壊』(ぜいせいはかい)といいます。3枚目の写真の破断面を見ますと、面がつるつるです。瞬間的に「パリン」と割れたことがわかります。

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1枚目、2枚目の写真で、弦が通ったところをよく見ますと、低音弦の巻き線の跡がはっきり見えます。巻き線の跡は、いわゆる「傷」です。この弦の跡は、いわば、チップの表面に故意にカッターで切り込みをいれたのと同じ意味です。これにより、素材の硬さが足りなかったことがわかります。初回は問題なかったのですが、2回目でさらに傷が増えて、表面の傷が繋がったと思われます。チップに定規を当てて、カッターを使って表面に真っ直ぐで深い傷を入れたのと同じ意味です。

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上述のように、割れの面はつるつるで綺麗です。通常硬いガラスが割れますと、細かな破片ができますが、このチップの場合は、綺麗に2分割されたものの、割れた際に細かな破片は一切発生していません。割れか1枚の面で、瞬間的にバサッと綺麗に割れたことがわかります。この破壊の様態から、割れの原因を特定できます。

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錠剤を2つに割るピルカッターがあります。表面に真っ直ぐな傷を入れて、瞬間的に2分割します。チップの割れ方も、凡そピルカッターと同じメカニズムです。3回目の弦の交換のときに、弦を締め付ける圧力により素材が「平面ひずみ状態」になっており、さらに、弦に張力を加えた際に発生した衝撃荷重で、表面の傷が一揆に断面全体に進展したことがわかります。

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【脚注】平面ひずみ状態とは、たとえば「恵方巻き」のような円形の棒状のものについて、周りから均等に押された状態のことです。深い地中で大きな圧力を受ける「トンネル」がその典型です。この場合、なかの応力状態がどこを切っても、金太郎飴のように同じになります。物質はこのような一軸圧縮状態になりますと、実は特殊な性質が発生します。ものの長手方向には非常に強くなりますが、ものの長軸に直角方向につきましては、いとも簡単にスパッと割れてしまいます。火成岩などの、とっても硬くて割れないものを、綺麗な破断面で2つに割る際などにこの性質が使われます。チップのなかの穴を弦が通りますが、その弦で周りからぎゅっと締め付けられた素材の状態が、まさに平面ひずみ状態です。わずかな力で真っ二つに割れます。割れ目が綺麗な1枚の平面になることで、その応力状態がどうなっていたのかを推定できます。【脚注おわり】

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【どうして割れが発生したのか?】
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原因は素材の強度不足です。比較的硬い素材を採用したものの、おそらく2~3倍ほど素材の強度が足りなかった。割れの状態から判断しますと、強度不足は数10%レベルではありません。しかしながら、必要強度を有する硬い素材を使いましても、(チップが非常に小さいものなので)、その価格差は1個あたり1円もしません。つまり1個あたりわずか1円を追加すればまともな製品になったはずです。ところが、そのほんのわずかな価格差ですが、製造メーカは原料代を渋ったことがわかります。

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製造メーカはプロなので、割れることは当然わかっています。弦の張力をもとに、非常に簡単な計算式で計算できますし、簡単な実験でもすぐに数値化できます。つまり、割れることは解っていたけど、そのまま強度不足の製品を作って販売した。あるいは、耐久性があるものですと1回売れるとなかなか次は売れません。利益にならない。それで、適当な時期にわざと割れるような仕掛けになっており、利用者側の買い換えを促進するためかも知れません。いずれにしましても、非常に残念ですが、製造メーカの質がどのくらいなのかを如実に示しているといえるでしょう。

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また、強度不足の素材を使う場合は、脆性破壊を防止するために、通常は非常にわずかな量ですが高強度の繊維素材を混入します。ひび割れしやすいコンクリートの中に、鉄筋や繊維素材を混ぜるのと同じ仕組みです。このチップですと、どんなに高性能な繊維素材を使いましても、その価格差は1個あたり0.1円もしないはずです。破断面の状態から見ますと、繊維質は混入されていません。つまり、製品は見栄えは良いのですが、実際はクラシックギターのエンドチップとしての性能を満たしていません。

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あるいは、現状のチップの厚さが5mmほどですが、この厚さを10mmくらいに厚くしますと、割れません。メーカの対応策としては一番簡単な方法でしょう。ただし、ブリッジの端部に、弦固定用のチップが1cmほどはみ出しますので、かなり目立つかも知れません。原材料費が2倍掛かりますが、ちゃんと使える、良質な製品になるはずです。どうしてそのような対応をしないのか?単に技術力が無いだけのか、儲け主義のせいなのか、本当の原因はわかりません。

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【このチップで長く使うための方法】
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耳で聞いただけですが、エンドチップを使うと響きが違うように感じます。おそらく弦をブリッジの穴に巻き付けるよりは、良い音になる。このエンドチップですと、1~2回ならば問題なく使えます。そのあとは割れるかも知れない。割れの端緒は表面の傷でして、そこに弦を巻き上げる際に発生する衝撃荷重が作用し、さらに、チップの穴と表面の境界が直角になっていたことが影響しています。傷が無ければ割れないし、巻き弦の引っかかりで発生する衝撃荷重が小さければ良い。さらに穴のまわりが滑らかな曲線ならば滅多なことでは割れません。

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割れたのは5、6弦だけなので、低音弦用に使ったものは、次の交換時には高音弦でつかうとか、12弦、34弦、56弦と2個ずつ3パーティションでローテーションすれば長く使えるかもしれません。あるいは、交換時に穴の周りの傷を丸いヤスリで丁寧に研磨すれば、割れないと思われます。毎回小さな丸いヤスリで丁寧に磨いて、仕上げにサンドペーパーで水研ぎするのが簡単で良い方法と思われます。あるいは、穴の周りが直角になっていますので、そこを小型のドリルビットで円錐形にカットすればよいでしょう。

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チップの穴の周りやその表面に傷(巻き線の跡)がなければ、おそらく割れることはありません。また、チップに弦をセットする際に、一旦巻き付けた後で、弦をしっかり引っ張って緩みを無くしておくほうがよいはずです。緩みがあると、弦を巻き上げる際に、弦の引っかかりの緩みがずれる際に、大きな衝撃荷重が発生します。また、弦を巻き上げる最初の時点ではペグをゆっくりまわす。

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他製品に比べますと安価なので、割れたら買い換えることを前提にして、使うということでしょうね。ただし、脆性破壊による破壊現象は、予兆なしにいきなり発生します。なので、すでに数回使っており、傷が入っているものの場合ですと、演奏中に5、6弦で大きな音を出した瞬間にいきなり割れる可能性があります。

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追記です。
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別のギターで、同製品の白色のものを使っています。白色の方ではこのような割れはいまのところ発生していません。細かいところを確認したわけではありませんが、チップの表面に弦の跡も無いようです。もしかしたら、黒色のものだけが、素材の質が悪いのかもしれません。また中国製の場合、本物と贋物の見分けがつきませんので、もしかしたら正規製品だけはまともに機能する可能性があります。

いずれにしましても、低音弦を張ってみて、チップに傷が付かなければ、そのまま使っても割れることはありません。傷がつくものは強度不足です。そのうち割れます。チップに傷が付くものをご使用の場合は、上述のような対応が必要です。

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