「ロケコミュ」に至るまで ~ 30年前、鮮魚売り場にて ~
執筆時期: 2013.01.13
先日「科学実演集団 ロケットコミュニケーションズ」というユニットを始めた。個性的な企画者や実演者を集め、科学をイベント、ワークショップとして世に発信していくことを目的としている。
「科学実演集団」なんてコトバが頭にのっているのは、実は「演劇集団」という響きに憧れたから。
自ら名乗るのもかっこ悪いが、今後このブログでは略称を「ロケコミュ」としたい。
一番最初となるブログ記事は、なぜ私がロケコミュをつくることとなったかについて。
自己紹介がてら私の過去の話をさせていただきたい。
この話は30年前の「鮮魚売り場」から始まる。
「今から私がこの魚を食べます」と青年は叫んだ。青年は一尾のサンマをつつんだラップをべりべりと指で剥がす。
これは5、6歳の頃、実際に近所のスーパーで見た光景。青年は鮮魚売り場担当の店員。大学生のバイトだと思う。
閉店間際、青年は売れ残った魚を売ろうと売り場で声を上げていた。
彼はここで実演販売をしていたわけではない。店側が言い渡したタスクは「いらっしゃいませ」「今晩のおかずに、お魚いかがですか?」などと威勢良く言い、その購買意欲を高めるくらいだろう。
しかし、閉店時間は迫る。
眼前を人々がただ通り過ぎるのを見て、いてもたってもいられなくなったのだろうか。
そして冒頭のような行動にでた。
てらてらとした身をつまみ出し、そのまま生のサンマにかぶりつく青年。
しばらくむぐむぐ咀嚼すると「…うむ、うまい」と一言。さわやかな笑みが浮かんでいた。
その奇妙な行動は、閉店間際の鮮魚売り場で主婦や子どもなど何人かの足を止めた。
私は母親とその光景を目を円くし眺めていた。しかし、青年が「お魚どうでしょう?」を連呼し始めると、皆苦笑いしながらその場を立ち去り始めた。
私もまた母親に手を引かれてしまったが、ただ私の心にはあの青年の姿が残り続けた。
私は"あの魚が欲しかった"。
なぜ私が30年近く前の出来事を、いまだ鮮明に覚えているのか。
あの時、私は何を思ったのかを考えた。
青年は舞い上がった気分と、サービス精神から生魚にかぶりついてみせたのだろう。
その後、きっと店長から怒られたに違いない。
鮮魚売り場で店員がすべきことは、シナリオとして決まっているものだ。
そこから外れたことをやったのだから、怒られて当然ではある。
だけど私には、30年という長期間に渡って記憶に残るあの青年の「実演」に魅力を感じた。
販売員として成功した実演かどうかは分からない。
しかし、空気が変わる瞬間がその「実演」にあったことは確かだ。
幼いながらも、私はその瞬間を感じた。
青年の売る魚を欲しいと感じたのは、私も空気を変えてみたくなったから。
真似をして"鮮魚売り場で生魚にかぶりついくようなこと"がしてみたくなったのだ。
用意されたシナリオ(想定)を飛び越えたものの「空気を変える」魅力。
その感動は何十年も見た側の心に残る。
それを実現するため、私は思春期に様々なことを試した。
そして大人になり、結局は科学館の「科学コミュニケーター」になっていた。
私は多くの科学に関するイベント、実演を行ってきた。
そんな中で、難しいイメージを持たれがちな「科学」の前を多くの子どもたち、大人たちが素通りしていくのを見た。
私は「実演」で「科学」を変えられないかと考えている。
つまり、あの青年のように指先でつまみ上げ、目の前で「科学」にかぶりついて見せるのだ。
人の想像力が未来をつくる。シナリオを崩すところから未来がはじまる。
まだまだ科学は面白くなる。科学を取り巻く空気は変化する。
もっと多くの人々に科学実演を見て欲しい。そんなわけでロケコミュに至った。
30年後、皆さまの心に私たちの姿が残っていますように。