身体だけが、覚えていた
別に、実家に帰ること自体は珍しいことではなかった。しかし、昼間に近所を歩いたのはかなり久しぶりだった。
小学生の頃使っていた通学路を、そうとは意識しないまま歩いていた時、コトは起きた。歩道をごく自然にまっすぐ歩いていたはずなのに、前へ進むべき右足が、いきなり右斜め方向に動きだしたのだ。
左足もそれを追従し、ついには歩道の段差ギリギリのところまで来ていた。なぜだか、両手が肩の高さまで上がり、頭を抑えようとしている。
「からだが勝手に」何かに警戒し、何かをさける体勢を取っている?…
違和感を全く感じない動作であるが故に、ジワジワと広がる遅効性の違和感。「ゆわんゆわん」という、痛みのない偏頭痛のような感覚が襲いかかってきた。自分のからだが、いったい何をはじめたのか…
その答えを見いだすには数秒の時間を要した。
「あああ」
声にならない奇声。つながった記憶の回路が、ノイズまみれの映像を映し出す。そこには昔から、よく吠える犬がつながれていたのだ。
自分は犬の吠える声が苦手な子供だった。犬がいる箇所では必ず耳をふさぎ、間合いを取っていた。
そのことを、からだだけが忘れていなかったのだ。このとき初めて、そこが通学路だったことや、自分が犬嫌いだったこと等を思い出すに至った。
続けざま「通学路」と「犬」を取り巻く、膨大で些細な記憶があふれ出す。次第に強まる「ゆわんゆわん」。
「ああああああ」
足下がふらつきかけたとき、不意に正気に戻してくれたのは、主をなくした空っぽの犬小屋と、地面に置き去りにされた首輪だった。
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