ころがるえんぴつ/某コピーライターの独立とかの話_06
第6話/2007年4月下旬-六角形の内角の和を求めよ。
立場、職業、精神ともに、全てが曖昧なまま、僕は頭をかきむしっていた。先日、無責任に発現した「刃」を振りかざした結果、その謎のキレ味を評価され、例のソフト会社のサイトのサイトマップとワイヤーフレーム、全ページのコピーを受注することになっていた。お金がないのだからそれは引き受ける。うん。志なんてそこにはない。僕はコピーライターを辞めたんだ。そこはブレてない……はずだ。
しかし、その流れで、「フリーメールでやりとりするのかっこ悪いからドメイン取れ」と、K氏に命じられてしまった。ドメイン……つまりはネーミングである。そうなると、意外にきちんと考え初めてしまう自分がいた。そして常に、「お前、そんなもの考えて、この先どうする気だ?独立でもする気か?やめとけやめとけ」とささやくアイツもいた。
「textとextremeでtextremeなんでどうだろうか…いや、かっこつけすぎだな。K氏に馬鹿にされる気がする。もっと日本語由来で、安定感のある感じがいいよなあ」
はて、自分は一体、「何の名前」を考えているのだろうか。正直、そのとき、どんな心境だったのかは良く覚えていない。正直、少し楽しかったような気もする。ただ、机の上にバイクや自転車の整備に使う六角レンチの束が転がっているのが目に入ったことだけは良く覚えている。
「六角形か……書く仕事……鉛筆も六角形……rokkaku?いや、字面が悪いな……Rockと組み合わせたらどうだろうか……まあ、俺、Rockな感じが全然ないけどな……Rockakuで、ロッカク……か。そういえば昔、桃太郎伝説っていうゲームに“鹿角”と書いて“ろっかく”という攻撃魔法みたいなものがあったなあ。強そうでいいかもしれない」
バカみたいな話だけど、これが現在、僕が社長を務める会社の名前が誕生した瞬間だった。
「rockaku.jpでいくよ」と、K氏に告げ、ドメイン取得の手続きを済ませ、悪戦苦闘の末、メールアドレスを設定した。不思議なもので、それだけでちょっと何者かになれたような感覚が生まれた。もちろん、そんなものは幻想なのだが、そのときの僕には十分だった。
そして翌日の夕方、K氏は麻布邸の茶の間で、ちょっと神妙な面持ちで以下のような話をはじめた。
「仕事の手が足りない。デザインもテキストもコーディングも一人でやってきたけどもう限界だし、編集やディレクションができる人間がほしい」
その言葉に、それでも少しきょとんとした顔で、ほんの少し逃げの姿勢を見せてしまう情けない僕に、K氏は最後のだめ押しを告げた。
「まあ、簡単に言うと、仕事を手伝えってことだ」
もうわかっていたのだ。こうなることは。そして、K氏から直接その言葉を言わせた己を恥じた。
「ほ ん と う に す み ま せ ん で し た」
全音平仮名で謝罪した。K氏は「わかればよろしい」的な笑みを浮かべて頷いた。
そこからは早かった。何しろ住所は同じである。K氏はあっという間に名刺とロゴをデザインし、プリントアウトして持ってきた。
「はい、じゃあ、がんばって」
ぽかんとしていた私に名刺の見本を突きつけ、もう一言加えた。
「僕を頼るなよ」と。
このとき抱いた感情を言葉にすることは難しい。K氏の言葉は最大限の叱咤激励でもあり、同時に責任逃れのようでもあったが、兎にも角にも返す言葉がなかった。ここに、現・株式会社Rockakuの前身である通称「Rockaku事務所」がなし崩しに誕生した。誕生してしまったのである。
もう少しだけつづく
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