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現場で流す汗と涙にこそ手応えがある

実体抜きでの改善案はキケン

経営体制をどうするとか…どういう思考が大切かとか…そういう事の前に、お店や会社の運営では、価値づくりの舞台裏に、どういう「人」がどういう「想い」を持っているのかを抜きにで形に酔うのは、とても危険。

関係当事者が全体像と未来像を、どう向き合うようになるのか環境を整える重要性を痛感。

未来に向けて、どこにいる誰にどういう幸せを築きたいのかという「立てた旗」に共感するからこそ、事業運営に関わる身として、少し離れた距離の立ち位置だからこそ、社内の課題が見えることがある。

社内の誰の気持ちに寄り添わないと、気持ちの歯車がかみ合わない。段取りを間違えないための対話だ。


頭の良さより場数

何気ないルーティン業務でも「できてあたりまえ」ではマズい。
例えば、月次仕訳でピタッと帳簿が合った時の安堵感は、帳簿を毎月つけている人間しか解り得ない。

誰の働きが事業運営にどう活きているのかの社内風景の切り取り方、心の寄り添いを運営中枢部が間違えると、絶対に気持ちは噛み合わない。

頭が良いコンサル的な人が、現場の動き、各持ち場の年齢と経験を含めたライフステージを知らずに、いろんなアプローチで考え方だけを投げるのは止めてくれないかな。

過去数々の失敗の全てを糧にしてきた「場数」から見出せるリアリティに水を差さないでもらいたい。

必要なのは、評論ではなく汗だ。

ボクらの関わりは、クライアント事業者が立てた旗に対して、ボクらもどうしたいのかという「主体性」を必ず持つ事だ。
それが価値共創の最低限の土台でもあり、共に立案したとおりに行かない失敗も、必ず次への「糧」につなげる。

今の状況を輪切りにして改善案だけを出す評論家になるつもりはない。


心強い味方となる可能性

確かに、状況判断をするために、言語化や図解などで見える化をしてもらえる「脳」は、ボクらの運営でも大変に助かる。
そうした意味で、一緒のチームとなって歩む体制ができたのなら、いくらでも関わって欲しい。

でもその先の決断と現場は「心」で歩んでいる。
それをご理解の上での助言なら大歓迎。

いろんな思考整理や、学問の組み合わせや、整えは確かに興味深い。それを楽しくやる姿勢は、ボクも好きなので結構なことだ。

でも、それ自体を魅力的に悩み多き事業者にアプローチされるのは、弱っている人を惑わせるだけになりかねない。

申し訳ないが、ボクらは理論ではなく実体の中で生きている。
それについては、先日このコラムにアウトプットしていたところだ。↓

チームは、カラダだけが運営の歯車になることほど不幸なことはない。
心が噛み合ってこそチームなんだ。
どこが噛み合っていないかを探るだけでも、毎月対話を重ね、何十カ月かかることもある。

本質的な改善方法と段取りを間違えぬよう、慎重に歩む舞台裏があるという事を認識してもらえると嬉しい。

Backstage,Inc.
事業文化デザイナー
河合 義徳

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