木にぶら下がり夢を見る 第二話「甥っ子」
世間はお正月か。窓から晴れ着を着た人たちが見える。ハレかケかで言ったら、ぼくは間違いなく、ケの方だ。いろんな人から煙たがられる。
15分(たぶんそれくらい)前から、下の階が賑やかだ。親戚が来ているんだろう。
...ご馳走、並んでるんだろうな。でも降りちゃダメだ。こんなだらしない格好で臭う体では。
泣けてきた。世間から爪弾きにされて、いないことにされて、たぶんいても空気のように扱われて。
ぼくが生きる意味ってなんだろう?苦痛に耐える人生から他の人が学べることって何?そもそも人生は苦痛に満ちているべきなのだろうか?
毎年おんなじこと、考えてる気がする。日記でも書いていれば振り返れたんだろうけど、ノートとペンを買いに行く事すら勇気が要る。
今年も親族を黙ってやり過ごすような気がして布団に丸まっていたら、階段を登る音が聞こえてギョッとした。
「守、降りて来なさい!」
ああ、お姉ちゃんの声だ。きっとお姉ちゃんも上がって来て叱られる。
震えるぼくを横目に足音は近づいてくる。音が止んで、守くんの声がした。
「おじさん、いるんでしょ?みんなと一緒にお話しよ!」
無邪気さに満ち溢れた感じが余計に怖い。お姉ちゃん早くこの子を下の階に下ろして。
「...」
「一緒にごはん食べよう!」
「......」
「ドア開けるよー。あれ、開かないや」
必死にガチャガチャしてるけど、ぼくは会いたくない。ああ、さっさと行ってくれ。
「守!ここに入っちゃダメ!」
お姉ちゃんが叫んで、守くんが痛いとつぶやく。
「お母さん、おじさんといっしょにごはん、食べたくない?」
「食べたくない!いいから早く降りる!」
......お姉ちゃんは、ぼくと一緒に、ご飯を食べたくない、か。きょうだいは他人の始まりと言うけれど、こうしてほぼ直接言われると、悲しさと悔しさが一緒に込み上がってきた。両頬を涙が伝う。
昔は家族みんなで食卓を囲んでいたなあ。お姉ちゃんも、時々ぼくを叱ることはあったけれども、基本的にはお互いに笑い合って過ごしていた。
今は、そんなことももう無い。
初詣に最後に行ったのはいつだっけ。そうだ、中学1年のときだ。
学校の成績が上がりますように。
彼女ができますように。
家族がこれからも仲良くいられますように。
......すべて叶わなかった。きっとたくさん願い事をし過ぎたからだ。
神様ごめんなさい。この部屋から出て暮らす勇気をください。そうしたら働くし勉強するし、お姉ちゃんとまた仲良くなる努力もします。お願いします。
神社まで行ってお願いしないとダメ、だろうな。
今年もこの部屋で、両親がドアの前に差し出したおせち料理の残りを静かに食べるはず。
また泣けてきた。だけど、今年は少し違った。
「おじさん、またね!」
守くんは、ぼくのことを疎ましく思ってはいないみたいだ。
知らないうちに言葉を覚えた守くん。
ぼくは小声で、たぶん守くんには聞こえないくらい小声で、つぶやいた。
「うん、また会おうね」
第三話につづく