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すべての過去を売った青年 後編

これまでのあらすじ:
弁護士を目指して司法試験に落ちまくっていた青年・努。ふらっと入ったリサイクルショップで「過去をすべて売って望む未来を買える」と言われ、記憶を失う。パートナー・光とともに過去を買い戻しに行くが、買い戻せば光の寿命が残り1ヶ月になると言われる。果たして二人が決める未来は…?
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棚からぼたもち

努も光もうろたえた。夢を叶えたければ、光の人生のほぼすべてを捧げろということだ。

「光さん、絶対にダメだ!二人の夢を叶えると言ったって、叶う前に光さんが死んでしまう。僕の記憶が戻っても、コレは受け入れられないよ」

「わたしが、犠牲になって、努の夢が叶うなら…」

「嫌だ!店員さん、僕の人生も売ります。二人分売れば、負担を減らせますよね?」

リサイクルショップの店員は、相変わらず澄ました顔で答える。

「かしこまりました。それでは査定いたします」

記憶を失くした努が、ありったけの想いを込めて光に語りかける。

「二人の夢なんだもの。切り捨てる寿命も、二人一緒にしよう」

「努……ごめんね、わたしの支えが足りないばっかりに、あなたを記憶喪失にまでしてしまった」

「できれば、二人一緒に死ぬとかがいいな」

「そんな遠い未来の話なんて…」

「案外、近い将来かもしれないよ」

「そうね。それでもいい。努が弁護士になる夢を叶えて、わたしも幸せに。…それでようやく、結婚もできるわけだから」

店員が二人の会話に割り込んだ。

「査定が終了いたしました。お二人の寿命を15年ずつ残して、お客さまのこれまでのご経験を買い戻せます」

努と光はしばらく見つめ合った。

努がつぶやく。

「15年......お互い、短い人生になるね」

光が返す。

「わたしは、それでいい。今まで大したケンカもせずに過ごせた日々が幸せだった。夢が叶って死ぬまで仲良く暮らす人生を、世界中に自慢してやるわ」

覚悟を決めた努が少し小さな声で、しかしはっきりと言った。

「わかりました。二人の寿命を売って、今までを買い戻します。僕の人生ってどんなものですか?」

店員はニコッと笑って、こう告げた。

「かしこまりました。では、お客さまの『あと3年の勉強の末、弁護士になる人生』を買い戻すということでよろしいですか?それから少しお釣りも発生します。ご承諾いただけたら、ここにサインを......」


1年半後。

「光さん、ただいま」

「おかえり努。司法修習の初日、どうだった?」

「うん。今日はカリキュラム説明でほぼ終わったよ。だけど司法試験ほどプレッシャーがかからない分、気が楽」

「そっか。さあ、夕飯を買いながら『支払い』に行きましょう」

努と光はいつもの電車に揺られ『リサイクルショップ・ダブルエース』に向かった。

「ねえ光さん。ぼ…俺、今日はブリとかが食べたい」

「お、出世魚だね。ていうか、無理して『俺』に直そうとしなくていいよ。わたし、『僕』で話す努もだんだん好きになってきたし」

出世という文言に、二人の心が躍る。電車の振動すら、ウキウキした心境を具現化したビートのようだ。

そして、件のリサイクルショップの入り口をくぐり、例の店員と相対した。

「いらっしゃいませ。今日も『人生の買い戻し』でよろしいですか?」

「はい。今回はこの額で、高校の修学旅行の想い出を6日分」

「かしこまりました。次回に買い戻す人生の内容を伺ってもよろしいでしょうか?正確な査定が必要ですので」

「はい。次回買い戻す人生は……」

二人はあの日、一度にすべての過去を買い戻さなかった。

あと3年の勉強で司法試験に合格して寿命を失うより、あと1年勉強して合格し、記憶喪失の努のままでいい。そう判断したのだった。

「だけどさ努。あの時はホント拍子抜けしたよね。売った人生を分割払いで、しかも現金買い取りで取り戻せるなんて」

「僕が『僕の人生ってどんなものですか?』って言ったら、店員さん口を滑らせてあんな説明するんだもん、何事も聞いてみるものだね!」

「そうそう、すぐに銀行からお金おろして、他の誰かに努の記憶取られないように、内金を支払ってキープして」

「おかげで僕たちの人生薔薇色どころか虹色!」

二人は夕食を頬張りながら笑い転げるのだった。

「でも光さん」

「なに?」

「なんで僕たちに、こんな幸運が転がり込んだんだろう?」

「それは……二人で仲良く、真面目に努力したから、じゃない?」

「それだけかな?」

「それ以上は考えても分からないわよ。世の中には理屈で説明のつかない事、いっぱいあるからね」


記憶喪失のままの努は、

「リサイクルショップで互いの命まで差し出そうとした僕たちに、神さまからのプレゼントがあったのかもしれないな。記憶喪失でも光さんのことが大好きな僕で良かった、ありがとう」

そう言おうとして、口にしたブリと一緒に飲み込んだ。


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六畳十益(ろくじょう とます)
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