ついでに訛り(方言)について

確かに国際的に使える英語を身につけるという意味では、通用しにくい英語を身につけてしまうのはもったいないことだけれど、そういう便宜的な意味で国際的に通るアメリカン英語やブリティッシュ英語(これでも大雑把すぎ)を身に着けようとするのはいいのだけど、広くは通らないけどある地域で濃く使われている英語が方言だとか、正しくないとか下に見るという意識の流れになってはもったいないと思っています。

極端に言えば自分が一番親しみを持っている話し方がその言語におけるスタンダードで、スタンダードは人の数だけあると思えばいいとさえ思います。

それでもって、人が一生を生きていくなかで経過してきた生活圏で獲得した言語や話し方やその地域の方言や言葉を自分の身体に残しながら淘汰させていく。そうすることで出来上がっていく自分だけの言語構造はとっても豊かなものだと思うのです。

日本人的イントネーションも味わいだと堂々としていればいいし、ニュージーランドやオーストラリア、インドやシンガポール的な英語のアクセントがついても、それはそこで生活してきた証。個性ですね。

もちろん僕にも好き嫌いはとってもあって、日本人的アクセントにオエッとなることはよくあるし、シンガポールの英語に「ダサッ」って思うこともあれば、なんだか親しみやすいなあって思うこともあります。

なので通じやすさと個性としての味わいと好みは全部分けて捉えていたらいいだろうなと思います。

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