永久磁石間に働く力の計算
永久磁石は小学校でも習うのに、永久磁石間に働く力を計算している電磁気学の教科書を見かけない。実験はクーロンの法則より余程簡単だろうし、不思議なことだ
強磁性体は、外部磁場に応答して磁化が変わるという厄介な性質があるが、ここでは、残留磁化が飽和していて、どのような磁場の中でも磁化が変化しない理想的な永久磁石の間に働く力を計算してみる
限りなく細い棒磁石
別に解析的に計算する必要はないが、検算のためにも、簡単に計算できる例を持っておきたい。そこで、棒磁石の半径が無視できるほど細くて、長さのみがあるというケースを考える
2つの棒磁石の長さを$${L}$$として、磁石の対称軸と磁石の向きが一致しているとする
棒磁石に沿って、点磁気双極子が分布していると考えて、磁気モーメントの線密度を$${m_a , m_b}$$とする。磁気モーメントの単位は$${\mathrm{A \cdot m^2}}$$なので、その線密度の単位は$${\mathrm{A \cdot m}}$$になる
一方の棒磁石は$${ z_{a} \leq z \leq z_{a} + L}$$にあり、もう一方は$${z_{b} \leq z \leq z_{b} + L}$$にあるとする
$${z_{1} \leq z \leq d_{1} + dz_{1}}$$にある磁気モーメント$${m_{a} dz_{1}}$$の磁気双極子と$${z_{1} \leq z \leq z_{2} + dz_{2}}$$にある磁気モーメント$${m_{b} dz_{2}}$$の磁気双極子の間に働く力を$${m_{a} m_{b} F(z_{1},z_{2})dz_{1}dz_{2} }$$とすると、磁石間に働く力は、これを積分して
$${F_{tot} = \displaystyle \int_{z_{a}}^{z_{a}+L} dz_{1} \int_{z_{b}}^{z_{b}+L} dz_{2} \left( m_{a} m_{b} F(z_{1} , z_{2}) \right) }$$
磁気双極子間に働く力は電磁気学の教科書にもよく書いてある
ここ数十年でも、以下のような論文で議論されている
(1) AN ANALYTIC SOLUTION FOR THE FORCE BETWEEN TWO MAGNETIC DIPOLES
(2) What is the force on a magnetic dipole?
(3) The force on a magnetic dipole
今の場合は、$${\mu_{0}}$$を真空中の透磁率として、単に
$${F(z_{1},z_{2}) = -\dfrac{3 \mu_{0}}{2\pi (z_{1} - z_{2})^4}}$$
なので、$${D=z_{a}-z_{b}}$$と置くと
$${ F_{tot} = \dfrac{\mu_{0} m_{a} m_{b}}{4\pi} \left( \dfrac{1}{D^2} + \dfrac{1}{(D+2L)^2} - \dfrac{2}{(D+L)^2} \right) }$$
で、$${D \gg L}$$の時は、磁気双極子間に働く力と同様に$${D^{-4}}$$のオーダーで減衰していく
この場合は意外と単純な式になった
ソレノイドコイルと棒磁石の等価性?
ソレノイドコイル(のある種の極限)と円柱状の棒磁石が等価だということは電磁気学の教科書には書いてある。磁化がある場合、磁化電流があると考えられるが、一様に磁化された物質内部では磁化電流が打ち消し合う
結果として表面にのみ束縛電流があるとして計算できる
直感的に理解できる話ではあるが、磁石の形状が複雑だったり、磁化が一様でない場合はどうなるのか分からないので、きちんと計算しよう
位置$${\vec{r}_{i}}$$に磁気モーメント$${\vec{m}_i}$$の磁気双極子が分布している時、ベクトルポテンシャルは
$${ \vec{A}(\vec{r}) = \dfrac{\mu_o}{4\pi} \displaystyle \sum_{i} \dfrac{ \vec{m}_{i} \times (\vec{r} - \vec{r}_{i})}{| \vec{r} - \vec{r}_{i}|^3 } = \dfrac{\mu_o}{4\pi} \displaystyle \sum_{i}\vec{m}_{i} \times \nabla_{r} \dfrac{-1}{ |\vec{r} - \vec{r}_{i}|} }$$
になるから、有界領域$${V}$$に密度$${\vec{M}(\vec{r})}$$で磁気双極子が分布している($${V}$$の外では$${\vec{M}(\vec{r})=0}$$で$${V}$$の内部で$${\vec{M}}$$は微分可能とする。$${V}$$の境界面でのみ$${\vec{M}}$$は不連続であってもよい)場合は
$${\vec{A}(\vec{r}) = \dfrac{\mu_0}{4\pi} \displaystyle \int_{V} \vec{M}(\vec{r}') \times \nabla_{r} \dfrac{-1}{ |\vec{r} - \vec{r}'|} d^3r' }$$
と考えるのが妥当だろう
そして
$${ \vec{M}(\vec{r}') \times \nabla_{r} \dfrac{-1}{ |\vec{r} - \vec{r}'|} = \vec{M}(\vec{r}') \times \nabla_{r'} \dfrac{1}{ |\vec{r} - \vec{r}'|} = \dfrac{\nabla_{r'} \times \vec{M}(\vec{r}')}{ |\vec{r} - \vec{r}'|} - \nabla_{r'} \times \left( \dfrac{\vec{M}(\vec{r}')}{|\vec{r} - \vec{r}'|} \right) }$$
だが、この最右辺の第二項から表面積分を出すことが出来る。Wikipediaには、divergence theoremの系として書いてあるが、この定理に名前らしきものは見当たらない。とりあえず
$${ \vec{A}(\vec{r}) = \dfrac{\mu_0}{4\pi} \displaystyle \int_{V} \dfrac{\nabla_{r'} \times \vec{M}(\vec{r}')}{ |\vec{r} - \vec{r}'|} d^3r' + \dfrac{\mu_0}{4\pi} \int_{\partial V} \dfrac{\vec{M}(\vec{r}') \times \vec{n}(\vec{r'})}{|\vec{r} - \vec{r}'|} d^2r' }$$
となる。$${\vec{n}}$$は表面の単位法線ベクトル
この式から磁化が一様なら第一項は0となって、第二項の表面積分だけが残る。また、境界面で$${\vec{M}}$$に不連続性がないなら、第二項は0となる
磁石が作る磁場はコイルが作る磁場と同じように計算できるとして、外部磁場$${\vec{B}}$$の中に置かれた磁石に働く力についても別途議論がいる
点磁気双極子の場合は磁気モーメントを$${\vec{m}}$$とすると
$${\vec{F} = \nabla( \vec{m} \cdot \vec{B} ) }$$
でいいことは様々な文献に書いてある。これを密度分布$${\vec{M}(\vec{r})}$$の場合に安直に拡張しようとすると
$${\vec{F} = \displaystyle \int_{V} \nabla( \vec{M} \cdot \vec{B}) d^3r}$$
が最初に思いつく。しかし
$${\vec{M}(\vec{r}) = \vec{m} \delta^3(\vec{r} - \vec{r}_{0})}$$
とする($${\vec{r}_{0}}$$は点双極子の位置)と
$${\nabla( \vec{M} \cdot \vec{B} ) = \nabla( \vec{m} \cdot \vec{B} )\delta^3(\vec{r}-\vec{r}_{0}) + (\vec{m} \cdot \vec{B}) \nabla \delta^3(\vec{r}-\vec{r}_{0}) }$$
なので第二項に余分な項が出てくる
点磁気双極子からどのように連続分布へ一般化するか明確な指針がないので方針転換して、既に見たバルクの磁化電流と表面磁化電流にローレンツ力が働くと考えれば
$${ \vec{F} = \displaystyle \int_{V} (\nabla \times \vec{M}) \times \vec{B} d^3r + \int_{\partial V} (\vec{M} \times \vec{n}) \times \vec{B} d^2r }$$
とするのは一貫性のある考え方のように思える。さっきと同様、$${\vec{M}}$$が$${V}$$の内部で一様なら第一項は消え、表面積分の第二項だけが残る
この式の導入は発見的方法に依っていて、正しいのかよく分からないけど、これ以上、どう正当化していいのか分からない。とりあえず、この式が正しいとして先に進むことにする
限りなく薄い円板形磁石の間に働く力
最初に厚みが無視できるほど薄い円筒形磁石の間に働く力を計算する。配置は、磁石中心が同軸上にあり、円板の法線は円板の中心軸と平行とする
円板の半径を$${R_{1}=R_{2}=R}$$で中心間距離を$${D}$$とする
この場合は、円板の縁にループ電流が流れていると思って、ループ電流間に働く力を計算すればいいだろう。ループ電流の大きさを$${I_{1} , I_{2}}$$とすると、磁気モーメントの大きさは
$${m_i = I_{i} (\pi R_i^2)}$$
で向きは円板の法線方向になる
ループ$${C_1}$$に流れる電流密度を$${\vec{j}_{1}}$$、ループ$${C_2}$$に流れる電流密度を$${\vec{j}_{2}}$$とすると、$${C_1}$$,$${C_2}$$上の点$${\vec{\ell}_{1}}$$、$${\vec{\ell}_{2}}$$に対して$${\vec{R} = \vec{\ell}_{1} - \vec{\ell}_{2}}$$と置くと
$${\vec{j}_1 \times (\vec{j}_{2} \times \vec{R}) = (\vec{j}_{1} \cdot \vec{R})\vec{j}_{2} - (\vec{j}_{1} \cdot \vec{j}_{2}) \vec{R} }$$
で軸対称性から力の向きは中心軸と平行なので、その成分だけ考えるなら
$${\vec{j}_{1} = I_{1} d \vec{\ell}_{1}}$$
$${\vec{j}_{2} = I_{2} d \vec{\ell}_{2}}$$
に注意して
$${ F_{z} = -\dfrac{\mu_{0}}{4 \pi} I_{1} I_{2} \displaystyle \oint_{C_1} \oint_{C_2} \dfrac{((\vec{\ell}_{1} - \vec{\ell}_{2}) \cdot \vec{n}_{z}}{|\vec{\ell}_{1} - \vec{\ell}_{2}|^{3/2}} d \vec{\ell}_{1} \cdot d \vec{\ell}_{2} }$$
$${ \vec{n}_{z} = (0,0,1)}$$
$${\vec{\ell}_{1} = (R_{1} \cos \theta_{1} , R_{1} \sin \theta_{1} , D)}$$
$${\vec{\ell}_{2} = (R_{2} \cos \theta_{2} , R_{2} \sin \theta_{2} , 0)}$$
が計算する量。
$${ F_{z} = -\dfrac{\mu_{0}}{4 \pi} I_{1} I_{2} \displaystyle \int_{0}^{2\pi} d\theta_{1} \int_{0}^{2\pi} d\theta_{2} \dfrac{D R_{1} R_{2} \cos(\theta_{1} - \theta_{2})}{ \left( R_1^2+R_2^2 - 2R_1 R_2\cos (\theta_{1} - \theta_{2}) + D^2 \right)^{3/2}} }$$
$${k^2 = \dfrac{4R_{1}R_{2}}{D^2 + (R_{1}+R_{2})^2}}$$とすると
$${ F_{z} = -\dfrac{\mu_{0}}{2} I_{1} I_{2} \displaystyle \int_{-\pi/2}^{\pi/2}du \dfrac{ -2D R_{1}R_{2} \cos 2u}{(R_{1}^2+R_{2}^2++D^2+2R_{1}R_{2} \cos (2u))^{3/2}} }$$
$${ F_{z} = \mu_{0} I_{1} I_{2} \displaystyle \int_{0}^{\pi/2}du \dfrac{ 2D R_{1}R_{2} (1-2\sin^2 u)}{(R_1^2+R_2^2+D^2+2R_1R_2 (1-2 \sin^2 u))^{3/2}} }$$
$${ = \mu_{0} I_{1} I_{2} k^3 \dfrac{2D}{8 \sqrt{R_1R_2}} \displaystyle \int_{0}^{\pi/2}du \dfrac{1-2 \sin^2 u}{ (1 - k^2 \sin^2 u)^{3/2} } }$$
あとは、Wolfram alphaに聞いたりして楕円積分の形で書ける
$${F_{z} = \mu_{0} I_{1} I_{2} k^3 \dfrac{D}{4 \sqrt{R_1 R_2}} \left( \dfrac{E(k^2/(k^2 - 1))}{\sqrt{1 - k^2}} - 2 \dfrac{(k^2 - 1) K(k^2) + E(k^2)}{k^2 (k^2 - 1)} \right) }$$
$${R_1=R_2=R}$$の時、$${S=\dfrac{D}{R}}$$と置くと
$${k^2 = \dfrac{4}{4 + S^2}}$$
なので、$${R_1,R_2,D}$$の長さ依存性が消えて、無次元量$${S}$$に集約される
一般の円筒形磁石と実測
厚みを無視できない円筒形磁石の場合は、円板形磁石が高さ方向に無限に積み上がったものと考えて計算すればいいだろう
解析的に計算できるか知らないが、楕円積分を更に積分するのは難しそうなので数値計算に頼るほうが早そう
計算とは別に実測値が欲しい。百均でボタン状ネオジム磁石を2つ購入した。磁束密度は200mTと書いてあり、サイズは直径23.0mm、高さ2.3mmだった
重さを測定する器具が家にないので正確な質量は不明だが、材質はネオジム磁石とあり、ネオジム磁石の密度は$${7.5 \mathrm{g/cm^3}}$$程度だそうなので(形状が円柱だと近似して)質量は7.17g程度だろう。これを支えるのに必要な力は0.07Nくらい
で紙束を挟んで、どの程度の厚みまで磁力で自重を支えられるか測定した結果、自重を支えられる距離が31.3mmだった
磁石の厚みに比べて磁石間距離が大きいので厚みを無視して円板磁石と思ってもよさそう
磁束密度200mTなので、磁化を一様するなら各点での磁化(磁気モーメント密度)は$${\dfrac{0.2}{\mu_{0}} (\mathrm{A / m})}$$となり、全体の磁気モーメントは$${ 0.152 \mathrm{A \cdot m^2} }$$程度だろう。円板磁石と近似する場合、$${I_{1}=I_{2} \approx 366 \mathrm{A} }$$で、$${\mu_{0} I_{1} I_{2} \approx 0.168 \mathrm{N}}$$
$${R=23/2 \mathrm{mm} , D= 31.3+2.3 \mathrm{mm}}$$として、円板磁石近似下で磁石間に働く力を前項で出した楕円積分を含む式で計算すると0.1Nと計算された。0.07Nよりはやや大きいが、オーダーとしては合ってる
30%のずれは、それなりに大きいが、原因は分からない。磁束密度200mTもないのか、そもそも磁化が一様という近似が適切でないのか、そもそも理想的な永久磁石なんてないのでってことなのか
距離に依存して磁力がどう変わるか測定すれば、もう少し細かい情報が出るだろうが、面倒なので、そこまでやる気が出ない
おまけ:磁力を測定した人々
磁石の性質を記述した古文献として、沈活の『夢渓筆談』(1190年頃)はよく挙げられる。以下のようにある
方家以磁石磨針鋒,則能指南,然常微偏東,不全南也,水浮多蕩搖。指爪及碗唇上皆可為之,運轉尤速,但堅滑易墜,不若縷懸為最善。其法取新纊中獨繭縷,以芥子許蠟,綴於針腰,無風處懸之,則針常指南。其中有磨而指北者。餘家指南、北者皆有之。磁石之指南,猶柏之指西,莫可原其理。
仮訳:方術家が磁石で針の先を擦ると、南を指すようになるが、必ず東に少しずれ、完全に南じゃない。水に浮かべると多くの場合揺れ動く。指の爪や椀の縁でもOKだが、速く動く反面、滑って落ちやすいので、糸で吊るのが最善。その方法は、新しい繭から取った糸を用い、芥子粒ほどの蝋を針の腰に付け、風のない場所に吊るしておくと、針は常に南を指す。中には擦ると北を指す物もある。我家にも南を指すのと北を指すのが共にある。磁石が南を指すのは、柏の木が西を指すようなものだが、その理由は不明
沈活は、別の箇所で、月が星々に引力を受けているようだ(重力に気付いてたわけではない)と述べ、それを陰陽の気で説明している。けど、磁石は、陰陽論で説明してない。陰陽論なら、(北半球では)寒冷な北が陰、温暖な南が陽だろう。或いは、江戸時代あたりに、そういう説明を考えた人がいてもよさそうだが、発見できてない
ヨーロッパではペトルス・ペレグリヌス(フランスの人だそうだ)による1269年の書簡が知られている。The letter of Petrus Peregrinus on the magnet, A.D. 1269に英訳があり、書簡なので、それほど分量があるわけでないが、羅針盤などの作り方がPART IIにある
Two Early Arabic Sources on the Magnetic Compassという論文に、1290年代から1300年頃に書かれた2つのアラビア語文献の翻訳が掲載されている
これらの文献は、いずれも定性的記述に留まっている
Early Measurements of Magnetic ForceとOn some early attempts to determine the variation of the magnetic force with distanceには、磁力と距離の関係を定量的に捉えようと試みた人が複数挙げられているが、その筆頭はロバート・フックらしい
フックは、重力と距離の関係も実験によって決めたいという意向を持っていた人で、フックの法則も、そのために発見されたのかもしれない。天秤や竿秤は、商人に広く使われていたが、それは同一地点で二物体の重さを比較するのにしか使えない。フックの法則は、重さではなく重力を測定することができる。同じ量の金に働く重力は、赤道と北極では微妙に違うが、金の価値自体に変化はないだろうから、商人にとっては、天秤や竿秤の方が適切な道具だっただろう
いずれにせよ、フックが、磁力と距離の関係に興味を持つのも自然なことだっただろう
他に、この問題に興味を持った人として、ニュートン、Francis Hauksbee(真空放電の発見者として知られる)、van Musschenbroek(ライデン瓶の発明者とされる)などの名前が挙げられている。いずれも、クーロンがクーロンの法則で知られる法則を発見するより以前の測定。但し、磁石間に働く力よりは、磁石と鉄片に働く力を測定したらしい
これらの測定は多分あんまり知られてないし、今後重要になるとも思えないので、何の役にも立たなかった基礎研究と言えるかもしれない