エネルギーから眺める現代経済
エネルギーが価値を生む
GDPは、一定期間に国内で生産された付加価値の合計のことと説明される。GDP自体は、20世紀に作られた指標であるけど、経済学では、古くから価値の源泉について議論があり、19世紀の半ばまで価値の源泉は労働であるという考えが一般的だった。アダム・スミスもマルクスも、労働が価値を生むという点は、共通していたようだ。
今では、価値を生み出すのは、人間だけでなく機械やコンピュータかもしれないので、エネルギーが価値を生み出すという方が適切に思える。多分、19世紀半ばまでは、人間の労働つまり人力が、主要な動力源だったので、労働が価値を生むというのは十分よい近似だった。細かく見れば、当時でも、船は人力のみで移動するとは限らないし、水車、風車、家畜があり、蒸気機関も18世紀から存在してはいたけれど、1850年の時点でも、ヨーロッパでさえ農業従事者は人口の半分を占めていたから、人力が主要な動力だったと言って間違いではないだろう。
現在、農業では、人間の労働力以外に、農業機械がエネルギーを消費し、化学肥料も化学プラントだとかで、エネルギーを投入して生産されている。陸上輸送では、車や電車を運転するのは人間だとしても、人間や牛馬が輸送していた頃よりは格段に輸送量が増えた。人工知能の類でも電力を必要とする。人間一人のエネルギー消費は、概ね、100(W)相当であるけど、オフィスに座って作業しているプログラマのPCは、平均的には数百(W)程度の電力を消費しているかもしれない。PC以外に、空調や照明が必要だし、冷房の効いた部屋で、サーバーが動いていることもあるかもしれない
現在、日本の労働人口が6500万人程度なので、一人一日消費カロリーを10(MJ/cap/d)とした場合、年間365日で、162.5(PJ)のエネルギーが人間によって消費される。365日休まず働く人は殆どいないし、毎日24時間働くこともできないので、実際、労働として投入されるエネルギーは、これより遥かに少ないことになる。一年は8760時間で、平均労働時間が1800時間なら、凡そ1/5程度で、32.5(PJ)が労働力として投入されるエネルギーということになる。
2017年度の日本に於ける最終エネルギー消費は、13.45(EJ)で、これは産業利用される以外に家庭で利用される分も含むものの、人間が労働によって消費するエネルギーの100倍以上のエネルギーが消費されて、経済的価値を生んでいる。
GDPが生産された価値の指標として十分良いものだとした場合、GDPに寄与する因子を、
(GDP) = (単位エネルギー当たりGDP生産)×(総エネルギー消費)
と分解するのがよさそうに思える。
一人あたりGDPという考え方は、結局、労働価値説を暗に仮定した発想だけど、一人あたりエネルギー消費は、平均的な国民が、手にする価値の量の目安にはなるだろう。つまり、
(GDP) = (単位エネルギー当たりGDP生産)×(一人あたりエネルギー消費)×(人口)
として、各因子を評価するのは意義がある。
生産された富は消費されなければならないが、仮に所得格差があっても、金持ちが、一人で大量消費することは、多くの場合できない。一人で10万人分の食料を食べるとか、自動車を一万台同時に操縦するなど、通常考えにくい。食料を買い占めて、焼き払うことはできるかもしれないけど、メリットがないので、気が狂ってない限りは心配いらないだろう。
金持ちが、何億もする美術品の売買を行っても、庶民の生活物資やサービスに打撃は与えない。個々人が貧しくなること以上に、物資やサービスの提供が、そもそも国内にないという状況の方が最悪であって、一人あたりエネルギー消費が維持されていれば、最低限の正活は維持される可能性が高い
単位エネルギー当たりGDP生産
同じエネルギーを投入しても、輸送量や農作物の収穫量が、どれくらい得られるかは技術力に依存する(農作物の収穫量は、天候のような偶発的要素の影響もあるけれど)。18世紀初頭のイギリスには、蒸気機関があったけれど、効率は著しく低かった。あるいは、陸上輸送を人や家畜が担っていた時代でも、道路を舗装するか否かは、輸送効率に影響しただろう
これは、工業化の度合いが同程度の国で比較しないと、工業化が進んでなくて、生産の多くを、人間の労働力に強く依存している国が、効率がいいということになってしまう。また、国ごとに、エネルギーの価格は異なり、それに応じて、産業構造も変わってくるので、例えば、電力価格が安い国では、生産に多くの電力を必要とする産業が発達することになるだろう
このような指標は存在していて、Googleのpublic data exporterで見ると、以下のようになっている。残念ながら、データは、2014年か2015年までしか存在しない
出典:エネルギー消費単位あたりGDP(石油換算kgあたりのPPPドル)
ここのエネルギー消費が、一次エネルギー消費を指すのか最終エネルギー消費を指すのか確認してないけど、傾向は同じ。単純に考えれば、1ジュールあたりGDPは、多い方が良いので、日本は、イギリス、ドイツに次いで高く、アメリカやロシアは低い。
アメリカが、ヨーロッパや日本より技術力が極端に低いなどとは考えにくいので、これは、エネルギー価格に強く影響されていると見るべきだろう。アメリカやロシアは、エネルギー資源が豊富であり、エネルギー価格が安いだろうということは、感覚的に正しいと思われる。イギリス、フランス、ドイツ、日本、韓国などは、原油輸入国で、原油の輸入価格はほぼ同一である
おそらくは、エネルギー消費単位あたりGDPを、エネルギー価格で割った量を比較するべきなのだと思う。このような量が計算できれば、無次元の量となり、為替レートや物価に依存しない指標となるだろう。原理的には、エネルギー価格を計算することはできるはずだけど、残念ながら、そのような指標が存在していないので、この計算は保留とする。
各国の総エネルギー消費の推移
総エネルギー消費のデータとして、Google public data exporterには、以下のデータがある。
出典:Energy use
中国とアメリカは、人口が多く、エネルギー価格が安いこともあって、この二国を含めると、ヨーロッパや日本の変化が見にくくなるので、敢えて外してある。2010年の日本のエネルギー消費は、499091.64*4.187e13/1.0e18≒20.90(EJ)となっており、これは一次エネルギー消費の値だろう。2010年度の日本の最終エネルギー消費は、14.7(EJ)だった。
データが2011年までしかないけれど、日本もヨーロッパも、かなり前にピークに達して、横ばいか減少傾向にある。CO2やNOx排出量を減らすよう言われて久しいし、2011年以降は、原子力発電に対する態度も再検討する必要が生じたので、当然といえば当然の流れではある。いずれにせよ、エネルギー消費を無限に増やし続けることはできないので、どこかで停止する必要があるだろう。
1人あたりのエネルギー消費量のデータは、以下通りとなる。
2000年以降は、日本と(ロシアを除く)欧米諸国で、1人あたりのエネルギー消費量が減少している。2010年の日本が、石油換算エネルギー消費3893.27(kg/cap)で、当時の人口を掛けると、3893.27*4.187e7*126995e3/1.0e18≒20.70(EJ)なので、上のデータと概ね合っている。
このグラフを見ると、平成不況だったはずの1990年代の日本で、1人あたりでもエネルギー消費量が増えており、エネルギーを消費していたということは、何かを生産していたはずで、生産量は増えていたはずなのだけど、不況だったというのは不思議である。この時期は、既に欧米のエネルギー消費の方が、停滞傾向にある。成長が鈍化したので、成長率が人々の期待以下だっただけかもしれないが、当時の人の期待成長率のようなデータはないので、真偽は分からない
1人あたりのエネルギー消費量の減少は、1980年代初頭にも見られて、この時は、オイルショックの影響から、製造業の効率化が図られたと言われている。また、現在の一般的な発表では、エネルギー消費の減少は、企業の節約努力で達せられたということになっていて、歓迎されている。
実際、エネルギー当たりGDPは増えているのだから、そう解釈するのは妥当にも思える。しかし、それが衰退の結果なのか、節約の結果なのか区別する指標としては十分でないように思われる。イギリスは、先進諸国の中では、最も効率化に成功している国なのかもしれないし、最も早く衰退している国なのかもしれない。
1人当たりのエネルギー消費量では、フランスと日本は1990年と同水準にあり、ドイツとアメリカは1970年前後と同水準にあるが、イギリスは1960年の水準を下回っている。
エネルギーの節約限界
現代の先進国の生活は、かなりの量のエネルギー消費に支えられている。従って、どこかで下げ止まらなければ、先進国の大多数が文明的と考える生活水準を維持できなくなる。
家庭利用のレベルでは
で書いたように、毎日、内風呂に入るというだけでも結構なエネルギー消費になる。これは、元々、水を熱するのに必要なエネルギーから算出したもので、物理的に決まる限界で、それは、そう遠くない水準にある。
個々の産業に於いても、どこまでエネルギーを節約できるか、見積もることができるかもしれない。そうすれば、イギリスが衰退してるのか発展してるのか、区別出来る可能性がある
高度経済成長を支えたものと、現在の経済成長の源泉
(GDP) = (単位エネルギー当たりGDP生産)×(一人あたりエネルギー消費)×(人口)
は、見方を変えれば、
(経済成長率)=(エネルギー生産比の改善率)+(一人あたりエネルギー消費増加率)+(人口増加率)
である。データが得やすい1970〜2000年の日本で見ると、
1970->2000年の累積経済成長率: 2.74倍
1970->2000年の総エネルギー消費増加率: 2.023倍
1970->2000年の人口増加率: 1.216倍(1.043億人:1.268億人)
なので、
1970->2000年の一人あたりエネルギー消費増加率: 2.023/1.216=1.664倍
1970->2000年のエネルギー生産比の改善率: 2.74/2.023 = 1.354倍
と計算できる。30年で、1.354倍というのは、年平均1%くらいずつ効率化してきたことを意味する。
計算結果から、人口増加率の寄与は一番小さいということが分かる。エネルギー消費の増加が一番大きな因子で、また、1960->2000年の総エネルギー消費の伸びは、6倍以上なので、1960年代に大きな成長があったことも納得できる。
現在の欧米の先進国や日本は、一人あたりエネルギー消費は、横ばいか減少傾向にあり、人口も、日本では減少している。従って、経済成長は、エネルギー生産比の改善という節約に頼りきった形で起こっていることになる。
エネルギー消費停滞の原因は、多分、複合的なものだろう。地球環境への配慮ということもあるかもしれないけど、欧米が、環境への配慮を強く主張し始めた1990年代よりも前に、欧米諸国のエネルギー消費は停滞し始めている。
高度経済成長期には、TV,冷蔵庫、洗濯機、エアコン、掃除機etc.のような家電が登場して普及したことが、エネルギー消費増大の大きな要因で、今は、家電は普及しきって総数は定常的な状態にあるということも関係あるかもしれない。経済学的には需要が足りないということになるのかもしれないけど、新規に売る物、買う物が減ったのだとしたら、どうしようもない
(エネルギー生産比の改善率)、(一人あたりエネルギー消費増加率)、(人口増加率)の因子は、現実的には互いに影響し合ってるかもしれないけど、理屈上は、人口減少しながらでさえ、高度経済成長することは不可能ではないだろう。
一応、エネルギー消費を増加させるべきかどうかは、別問題である。現在は、石油や石炭の燃焼が主な手段なので問題になってるけど、原理的には、それが唯一の手段というわけではない。
現在、地球で消費されているエネルギーは、石油や石炭、原子力etc.によるもの全部合わせても、太陽から地球に到達する光エネルギーの1/10000に過ぎないし、太陽から放出される光の大部分は、地球に到達することなく、遥か彼方の宇宙に消えて行っている。
無限にエネルギー消費量を増やすことはできなくても、あと数百年や数千年くらいは、高度経済成長を続けることはできるかもしれない。勿論、エネルギーを使って何をするかも重大な問題ではあるけれども
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