解析力学で微視的弾性論
以下の論文の内容について。メインは[1]の論文
[0] Virial Theorem Generalized (1974)
[1] An exact quantum statistical formulation of the elastic constants of a solid (1984)
[2] Revisiting quantum notions of stress (2010)
背景
古典力学的な微視的応力の式は、1950年にIrving & Kirkwoodの論文The statistical mechanical theory of transport processes, IV. The Equations of Hydrodynamicsで始めて書かれたらしい。この論文では、微視的応力というより運動量流束としての側面が強調されている
論文の目的は、Abstractにある通り、流体力学の方程式を古典統計力学的に出そうというもので、質量、運動量、エネルギーの輸送の微視的記述を与えた。粘性を考慮しない流体の場合、巨視的なエネルギー輸送と巨視的な運動量輸送は、それぞれベルヌーイとオイラーの名前がクレジットされて教科書に載っている
ボルツマン方程式から流体方程式を出す試みは20世紀初頭からあったが、ボルツマン方程式は、粒子間相互作用が弱いと仮定して、一体粒子の分布関数の時間発展を書いてる。なので、輸送されるエネルギーは運動エネルギーだけ。Irving & Kirkwoodの論文は、ポテンシャルエネルギーも考慮したエネルギー輸送の式を書いてる
運動量流束は、Green-Kubo公式で粘性係数を計算するのに(分子動力学などで)使われる。1960年のHelfandの論文には、既に明示的に書いてある
力は運動量の時間微分なので、単位時間にある面を出入りする運動量は応力を表す。最近は、応力としての側面を強調する時、ビリアル応力という名前も使われる。"virial"という単語は、1870年の論文でクラウジウスが使った造語だそうだ
クラウジウスがVirialと呼んだ量は、ビリアル応力でなく、形式的には、ビリアル応力から運動エネルギー由来の項を除いたものに等しく、Irving & Kirkwoodの運動量流束とは違っている。"ビリアル応力"という呼称は、簡単に検索した限り、1980年代後半には出現していたことが確認できる。加えて、クラウジウスの主張(通称ビリアル定理)では、ビリアル応力の統計平均のトレースは0になる
分子動力学で圧力を決めるのに、ビリアル応力を使うのは一般的だろう。1982年の論文Formulas for determining local properties in molecular‐dynamics simulations: Shock wavesには、この式が含まれている。ビリアルという単語は出てこず、Irving & Kirkwoodと概ね同じことが書いてある
ビリアル応力は(多分)粘性応力を含んでいない。NVE(粒子数、体積、エネルギー)一定条件で、分子動力学計算をして、ビリアル応力を計算できる。もし、粘性応力があれば、エネルギー散逸が生じるが、エネルギーが一定でなくなることになる
以上は、大体、古典(統計)力学の話なので、量子力学だと、どうなるのかという疑問が自然に生じる。それを考察している論文が、[0]〜[2]の論文。[0]と[1]の著者は同じ。応力のトレース(つまり圧力)に限れば、同じ結果は、1950年のOn the quantum mechanics of fluidsにもある(論文中の式43)
計算法の考え方は概ね同じで、[1]は弾性係数の式も導いているが、結果が間違ってるように思う
[0]~[2]の論文で使われてる考え方は、解析力学(ハミルトン力学)でも使うことができる。結果は別に変わらないが、解析力学の方が背景にある数学的構造は分かりやすいかもしれない。(高次の弾性係数のような)更に複雑な計算をする時の見通しも、いいかもしれない
また、論文[1]のタイトルに固体と入っているが、(微小変形の場合は)流体でも同じ結果になるように思われる
巨視的弾性論の歪み
有限変形理論では、複数種類の歪みがあって、共役な応力も異なってくる。以下の計算には必要ないけど、論文[1]を読むには、違いを把握しておく必要がある
熱力学的には、応力は歪みに対する"共役量"と考えられる。これは、圧力と体積の関係の拡張
正確には、歪み自体は無次元量で、示量変数ではないので、歪みに対応するのは、体積変化$${dV}$$そのものではなく、体積変化率$${dV/V}$$で、その共役量は、応力と体積の積でエネルギーの次元を持つ量になる
改めて、(普通の弾性論で習うコーシー歪みのことは一旦忘れて)歪みの定義を抽象的に考える。巨視的な物体の(可逆な)変形で、物体$${S \subset \mathbf{R}^3}$$が$${S' \subset \mathbf{R}^3}$$になった時、可逆な1:1写像$${X : S \to S'}$$がある
微小領域で変形$${X}$$を線形近似してやると、元々小さい立方体だった領域が、何か平行六面体になっているだろう。局所的には、変形は線形写像で近似でき、具体的には各点のヤコビ行列で掛ける。$${X}$$は、可逆なので、各点$${x \in \Omega}$$でのヤコビ行列$${D_{x}(X) \in GL(3,\mathbf{R})}$$となる
最も単純なのは、一様な線形変換$${X(x) = A x}$$,$${A \in GL(3,\mathbf{R})}$$の場合で、そうすると、当然、$${D_{x}(X) = A}$$は可逆な定数行列。しかし、よく考えると、回転や鏡映変換では、物体は変形したとは言えないので、各点で$${GL(3,\mathbf{R})/O(3)}$$の元を決めれば、それが剛体変形の自由度を除いた"歪み"(strain)の定式化と考えられる
数学的には、歪みとは$${GL(3,\mathbf{R})/O(3)}$$に値を取る場というのが一つの答えになる。但し、$${GL(3,\mathbf{R})/O(3)}$$は、商を取ってるので、このままでは具体的計算で使いづらい
$${GL(3,\mathbf{R})/O(3)}$$の代表元を得る(多分標準的な)方法は、極分解で、正定値対称行列となる。そうして(単位行列を引いて)得られる歪みテンソルを、論文[1]では、Lagrangian finite-strain tensorと呼んでいる。共役な応力テンソルはsymmetric Lagrangian finite-stress tensorと呼ばれている。一般には、Green歪みと呼ばれることもある
体積変化率は(線形代数で学習する通り)行列式で与えられ、鏡映変換は負の行列式を持つが、$${GL(3,\mathbf{R})/O(3)}$$で考えれば、正の行列式を持つ代表元が取れるので、負の体積が出てくることに心を砕く必要はない
極分解とかいう小賢しいことをせず、有限変位をそのまま歪みのように考えて、対応する応力を考えた(つまり、歪みとは$${GL(3,\mathbf{R})}$$の元ですという立場)のが、論文[1]のPiola-Kirchhoff stress tensorで、この応力テンソルは対称でなくなる。一般には、第一Piola-Kirchhoff応力テンソルと呼ばれる
変形が非常に小さい場合、無限小近似$${A \approx I + g}$$、$${g \in \mathfrak{gl}(3,\mathbf{R})}$$を考える。この場合、$${g}$$は、単に3x3行列。ここでも回転成分を除く必要があるが、$${\mathfrak{o}(3)}$$は $${\mathfrak{gl}(3,\mathbf{R})}$$の中で反対称行列の全体をなすので、残る自由度は、対称行列となる。対称成分を取り出すには、転置したものと足して2で割ればよく、極分解の無限小版でもある。これが微小歪み。微小歪みと共役な応力テンソルを、論文[1]では、symmetric Cauchy stress tensorと呼んでいる
微小歪みに対しては、Lagrange応力とCauchy応力は同じ
歪みの概念自体は、応力など力学的な話と関係なく定義できて、純粋に幾何学的。ついでに、微分幾何学のG-構造の枠組みでは、接束の構造群$${GL(n,\mathbf{R})}$$の$${O(n)}$$への簡約を特徴づけるのがリーマン計量となる
この定式化は、歪みテンソルとリーマン計量に似た所がある理由を説明する。一方で、微小歪みは微小変位によって決まるが、リーマン計量では線形近似しても、微小変位に相当する量は一般に存在しない。自由度の数だけ見ても、この違いは大きい
微小変形の弾性論は、線形偏微分方程式の計算になるので、特に19世紀の数学者たちが様々な問題を解いた。有限変形理論がいつからあるのかは曖昧だ(ラグランジェ、グリーン、キルヒホッフなどは18〜19世紀の数学者だし)が、一つの理論体系として提示したのは、1951年のFinite Deformation of An Elastic Solidという小冊子かもしれない
微視的弾性論
応力の計算については、[0]と[1]と[2]で同じ結果を得ていて、ビリアル応力と対応しているので、問題はないと思う
形式的には、ハミルトニアンに線形変換を施して、エネルギーがどう変化するか調べている。理解できなくはないが、真面目に考えると、ちょっと変わった計算だと思う。どの論文も、微小変形に対する微視的弾性論の話なので、以下でも、基本的に微小変形を扱う
まず、論文[2]の方法を概略する。一粒子のハミルトニアン$${H = \dfrac{1}{2m} \mathbf{p}^2 + V(\mathbf{q})}$$を考える。論文[1]と[2]も共に、有限領域に粒子を閉じこめるためのwall potentialを設定しているが、特に計算に影響しないので、無視する。ポテンシャル$${V}$$に含まれてると思ってもいい。
位置座標に無限小線形変換$${ \mathbf{q} \mapsto \mathbf{q} + g \mathbf{q} }$$を施す。$${g \in \mathfrak{gl}(3,\mathbf{R})}$$で、単に3x3行列。
勝手な波動関数$${\psi(\mathbf{q})}$$に無限小線形変換を施して、$${\psi_{g}(\mathbf{q}) = \mathrm{det}(1+g)^{-1/2} \psi((1+g)^{-1} \mathbf{q})}$$を考えて、元のハミルトニアンで、エネルギー期待値を計算する。
$${ \langle \psi_{g} | H | \psi_{g} \rangle \approx \langle \psi | H | \psi \rangle - \sum_{a,b} g_{ab} \langle \psi | \tau_{ab} | \psi \rangle + \cdots}$$
となる演算子$${ \tau_{ab} }$$が決定できる。簡単に計算できて
$${ \tau_{ab} = - \dfrac{1}{m} p_{a} p_{b} + q_{b} \dfrac{\partial V}{\partial q_{a}} }$$
となる。これがビリアル応力(演算子)。単位は、エネルギーと同じなので、体積で割らないと、このままでは応力にはならない。
ビリアル応力は、ポテンシャルによっては、添字の入れ替えに関して対称とは限らない。
既に書いたように、微小歪みは対称行列だけど、無限小線型変換$${g}$$は、対称行列じゃないので、それを反映して、$${ \tau_{ab} }$$も無条件で対称じゃない。つまり、ビリアル応力は、コーシー応力じゃなく、第一Piola-Kirchhoff応力に対応するものだからと考えられる。
$${g}$$として対称行列に限定すれば、$${ \tau_{ab} }$$も対称になる。ここで得たビリアル応力は、微小変形に対する応答なので、対称な応力を得るには、単に添字を入れ替えて足して2で割ればいい。論文[2]は非対称のまま計算を進めてるので、計算が煩雑になりがち。
解析力学で同様の計算を考える。一般に、($${n}$$次元の)一般線形群$${GL(n,\mathbf{R})}$$は、($${2n}$$次元)シンプレクティック群$${Sp(2n,\mathbf{R})}$$に
$${ A \mapsto \left( \begin{matrix} A & 0 \\ 0 & (A^{T})^{-1} \end{matrix} \right) }$$
によって埋め込むことができる。無限小変換で考えれば
$${ g \mapsto \left( \begin{matrix} g & 0 \\ 0 & -g^{T} \end{matrix} \right) }$$
行列単位$${g = E_{ab} \in \mathfrak{gl}(n,\mathbf{R})}$$の作用を、相空間上の関数に拡張した時、
$${ E_{ab} \mapsto q_{a} \dfrac{\partial}{\partial q_{b}} - p_{b} \dfrac{\partial}{\partial p_{a}} }$$
によって、関数が、どういう変化を受けるか計算できる。
さっきの一粒子ハミルトニアン$${H = \dfrac{1}{2m} \mathbf{p}^2 + V(\mathbf{q})}$$を相空間上の関数と見て、$${ q_{a} \dfrac{\partial}{\partial q_{b}} - p_{b} \dfrac{\partial}{\partial p_{a}} }$$を作用させると簡単に
$${ -\dfrac{1}{m} p_{a} p_{b} + q_{a} \dfrac{\partial V}{\partial q_{b}} }$$
を得る。これは、既に上で得た式の解析力学版。これで、検算が楽になった。Irving & Kirkwoodの方法とも違っている
対称な応力にするべく、以下の添字について対称化した作用素を定義しておく。
$${ D_{ab} = \dfrac{1}{2} \left( q_{b} \dfrac{\partial}{\partial q_{a}} - p_{a} \dfrac{\partial}{\partial p_{b}} + q_{a} \dfrac{\partial}{\partial q_{b}} - p_{b} \dfrac{\partial}{\partial p_{a}} \right) }$$
そして、系の体積$${\Omega}$$を外部パラメータとして導入して
$${ T_{ab} = \dfrac{1}{\Omega} D_{ab}(H) }$$
を対称ビリアル応力とでも呼んでおこう。エネルギーを体積で割ってるので圧力の次元を持つ量となる
実際のところ、角運動量$${L_{ab}=q_{a}p_{b} - q_{b} p_{a}}$$と相空間上の関数$${f}$$に対して、ポアソン括弧を計算すると
$${\{ f , L_{ab} \} = (q_{a} \dfrac{\partial f}{\partial q_{b}} - p_{b} \dfrac{\partial f}{\partial p_{a}}) - (q_{b} \dfrac{\partial f}{\partial q_{a}} - p_{a} \dfrac{\partial f}{\partial p_{b}}) }$$
で反対称成分が出る。
つまり、角運動量保存則が成立していれば、ビリアル応力は特に対称化しなくても最初から添字の入れ替えで対称。外部から一様な重力や磁場がかかっているという(物理ではよくある)設定では、反対称成分も0にはならない。というような話は、論文[0]にも載っていて、一様定磁場のかかってる系での圧力を計算してある。
コーシー応力テンソルの対称性を議論する古典的な証明は"body moment"(日本語訳は分からない)がないという条件でのみ有効だが、その微視的バージョンとも解釈できる。
別の理由で非対称な応力が出る例として、ネマティック液晶などがあるそうだが、よく知らない。構成分子が細長いために、分子間相互作用が回転対称でないのだろう。
次に、応力を微小歪みで微分したものというのが、弾性係数の定義だった。というわけで、$${D_{cd}(T_{ab})}$$を考えれば・・・と思うのだが、その前に、よく考えると、応力とか弾性係数は熱統計力学的な量。なので、単なるハミルトニアンの変化ではなく、自由エネルギーの変化を見る必要がある。
以下、相空間での積分を$${tr(A)}$$と書いて、$${ \langle A \rangle = \dfrac{1}{Z} tr(A e^{-H/k_{B}T})}$$,$${Z = tr(e^{-H/k_{B}T})}$$と書くことにする。$${k_{B},T}$$はボルツマン定数と温度。量子統計力学じゃないから、trではないが、積分を書くのがめんどくさい。
ハミルトニアンが、相空間の座標と独立な変数$${s}$$に依存してる場合、分配関数$${Z}$$や、その他の統計力学的諸量も$${s}$$に依存する。正準変換によって、測度は影響を受けないので、今は測度の変化は考慮しなくていい。測度が変化するなら、その分も計算に入れてやる必要があっただろう。
パラメータ$${s}$$に依存するヘルムホルツの自由エネルギー$${F(s) = -k_{B} T \mathrm{ln}(Z(s))}$$を$${s}$$で微分すると、
$${\dfrac{\partial F}{\partial s} = -k_{B} T \dfrac{1}{Z} \dfrac{\partial Z}{\partial s} = \langle \dfrac{\partial H}{\partial s} \rangle }$$
一径数変換群による$${H(s) = \exp(s D_{ab}) H}$$を考えて、$${s}$$の一次の項まで取ると、$${H(s) = H + s D_{ab}(H) + \cdots = H + s \Omega T_{ab} + \cdots }$$
ここで得られた$${ \langle \dfrac{\partial H}{\partial s} \rangle = \Omega \langle T_{ab} \rangle }$$は、歪みに対して共役な量なので、エネルギーの次元を持つ
圧力に関して言うなら、どの熱統計力学の教科書にも書いてある通り、圧力$${P}$$は
$${P = -\left( \dfrac{\partial F}{\partial \Omega} \right)T = k_{B} T \dfrac{\partial}{\partial \Omega} \ln(Z) }$$
と体積の微分で決まるが、今は体積の代わりに体積変化率で微分した量を計算してる
応力を得るには、$${ \langle \dfrac{\partial H}{\partial s} \rangle = \Omega \langle T_{ab} \rangle }$$を体積で割るだけでいい。つまり、$${\epsilon_{ab}}$$を対称歪みテンソルとすれば、以下の熱力学関係式が成立する
$${ dF = (\Omega \langle T_{ab} \rangle ) \cdot d\epsilon_{ab} = \langle T_{ab} \rangle \cdot d( \Omega \epsilon_{ab}) }$$
結局のところ、対称ビリアル応力の統計平均が、巨視的な応力だということになる
論文[2]の議論を解析力学に焼き直したら、こうなると思う
改めて、$${\langle T_{ab} \rangle}$$が巨視的な応力だと分かったので、同様に、微小変形に対して、巨視的応力がどのように変化するか考える。微小変形によって、分配関数、ハミルトニアン、体積などが全部変化するので、全部考慮してやる必要がある
これ以後は、$${\tau_{ab}=\tau_{ba}}$$が成立しているとしてしまおう。既に書いたとおり、角運動量保存則が成立していれば、これは成り立つ
$${\dfrac{E_{cd} + E_{dc}}{2}}$$方向の微小変形に対して、変形パラメータ$${s}$$の一次の項まで書くと
$${ T_{ab}(s) = \dfrac{1}{\Omega(s)} \left(\tau_{ab} + s D_{cd}(\tau_{ab}) \right) + \cdots}$$
$${ H(s) = H + s D_{cd}(H) + \cdots = H + s \cdot \tau_{cd} + \cdots}$$
で、計算する量は
$${ \dfrac{\partial}{\partial s} \langle T_{ab}(s) \rangle }$$
に於いて、$${s=0}$$とした量。さっきと同様に、分配関数もパラメータ$${s}$$に依存することを忘れないように計算してやる必要があり、多少間違えやすい
線形変換の体積変化率は行列式で計算でき、無限小線形変換ではトレースに等しいことに注意。つまり
$${ \dfrac{\Omega'(0)}{\Omega} = \delta_{cd}}$$
他は普通の計算で
$${K_{abcd} = \dfrac{1}{\Omega} \left( \dfrac{1}{k_{B}T} \langle \tau_{ab} \rangle \langle \tau_{cd} \rangle + \langle D_{cd}(\tau_{ab}) \rangle - \delta_{cd} \langle \tau_{ab} \rangle - \dfrac{1}{k_{B}T} \langle \tau_{ab} \tau_{cd} \rangle \right) }$$
が統計的な弾性係数。カノニカル分布で考えてるから断熱的弾性係数ではなく等温的弾性係数だろう
あんまり教科書で見た記憶のない式だが、これで合ってるはず
同様の計算を繰り返していけば、高次の弾性係数に対しても、統計力学的な計算式を与えることができるはず。どう考えても面倒くさいので、いつか必要になったら、やることにする
試算:理想気体
体積を$${\Omega}$$とすると、質量$${m}$$の粒子一個あたりの応力$${\tau_{ab}}$$は
$${\tau_{ab} = \Omega \cdot T_{ab} = -\dfrac{1}{m} p_{a} p_{b}}$$
Maxwell-Boltzmann分布を仮定して、統計平均を取る
$${ \Omega \langle T_{ab} \rangle = -\delta_{ab} k_{B} T}$$
粒子数を$${N}$$とすれば、巨視的応力$${P_{ab} = \langle T_{ab} \rangle}$$は
$${P_{ab} = -\dfrac{\delta_{ab}}{\Omega} N k_{B} T}$$
圧力$${P}$$は
$${P = -\dfrac{1}{3} \displaystyle \sum_{a=1}^{3} P_{aa} = \dfrac{1}{\Omega} N k_{B} T}$$
となる。古典的な気体分子運動論で、「壁に及ぼす圧力が〜」みたいな話から直感的に導いているのと、数学的には同じ計算
(等温)弾性係数の計算。各粒子について
$${ \Omega \cdot D_{cd}(T_{ab}) = \dfrac{1}{2m} \left( \delta_{ac} p_{b}p_{d} + \delta_{ad} p_{b} p_{c} + \delta_{bc} p_{a}p_{d} + \delta_{bd} p_{a}p_{c} \right) }$$
で、Maxwell-Boltzmann分布を仮定して、統計平均を取ると
$${ \Omega \cdot \langle D_{cd}(T_{ab}) \rangle = k_{B} T (\delta_{ac} \delta_{bd} + \delta_{ad} \delta_{bc}) }$$
また
$${ \dfrac{1}{k_{B}T} \langle T_{ab} T_{cd} \rangle = \dfrac{1}{m^2k_{B}T} \langle p_{a}p_{b}p_{c}p_{d} \rangle = k_{B} T ( \delta_{ab}\delta_{cd} + \delta_{ac}\delta_{bd} + \delta_{ad}\delta_{bc}) }$$
などから、最終的に残るのは
$${K_{abcd} = -\delta_{cd} \langle T_{ab} \rangle = \dfrac{k_{B} T}{\Omega} \delta_{ab} \delta_{cd} }$$
なので、剛性率は0で、体積弾性率のみとなる。これは等温的な弾性率なので、断熱的な弾性率を得るには、比熱比を掛ける必要がある。
全粒子に対して足してやれば、等温体積弾性率は圧力に等しい。改めて計算すると何だか不思議なことだが、単位は、どちらもPa(あるいは、$${\mathrm{J/m^3}}$$)
相互作用のある場合は、分子動力学などで数値計算するしかないと思うけど、いつか気が向いたらやる。理想気体でいけるなら、液体でもいけるだろうと思うが果たして・・・?
雑談:統計力学と体積
熱力学の教えによると、圧力$${P}$$は内部エネルギー$${U}$$を体積$${V}$$で微分して得られる
$${P = -\left( \dfrac{\partial U}{\partial V} \right)_{T} }$$
一方、統計力学では、内部エネルギー$${U}$$はハミルトニアン$${H}$$の統計平均で
$${U = \langle H \rangle }$$
だと書いてある
しかし、普通、ハミルトニアンの式自体に、あからさまに体積$${V}$$に依存する項が入っているわけじゃないので、統計力学になると、ハミルトニアンに突然体積依存性が出現するかのようで、不自然さを感じる
この点を少し詰めてみる。以下では、量子統計力学で考える
個々の粒子が有界領域$${D \subset \mathbf{R}^3}$$にいるなら、量子力学的には波動関数は$${L^2(D^{N})}$$とかに住んでいる($${N}$$は粒子数)。正確には、ボソンの統計性によって、$${L^2(D)}$$の対称テンソル積空間に制限しないといけないが、ボソンの統計性のことは一旦考えない
境界条件は適当に課すとして、ハミルトニアンの固有値は、領域$${D}$$に依存する。ハミルトニアンの固有値を$${\mu_{0} \lt \mu_{1} \lt \cdots}$$とすると、これも領域$${D}$$に依存するし、分配関数
$${Z = \displaystyle \sum_{n} \exp(-\mu_{n} / k_B T) }$$
も領域$${D}$$に依存する
こう書いてみると領域$${D}$$の形状は影響してこないのか気になる。自由粒子(つまり、ハミルトニアンがラプラシアン)の場合、十分大きい固有値に対しては、ワイルの漸近法則があるから、少なくとも、十分高温では、形状依存性は無視できる、と言えるのかもしれない
大雑把には、エネルギー$${\mu}$$以下のエネルギー固有値の漸近的個数$${N(\mu)}$$を使って
$${ Z \approx \displaystyle \int e^{-\mu/k_B T} \dfrac{dN}{d\mu} d\mu }$$
と近似できるだろう。領域$${D}$$を動く自由粒子の場合、ワイルの法則から
$${N(\mu) \sim \left( \dfrac{2m \mu}{\hbar^2} \right)^{3N/2} (2 \pi)^{-3N} \omega_{3N} \mathrm{vol}(D)^N}$$
但し、$${\hbar,m,\omega_d}$$はプランク定数、粒子の質量、$${d}$$次元単位球の体積。積分を計算して
$${\omega_{3N} = \dfrac{\pi^{3N/2}}{\Gamma(3N/2+1)}}$$
を使うと、雑な推算ではあるが、
$${Z \sim \left( \dfrac{mk_{B} T}{\hbar^2} \right)^{3N/2} (2 \pi)^{-3N/2} \mathrm{vol}(D)^N }$$
を得る。ボソンの統計性を考慮するためには、(SackurとTetrode以来知られている通り)単純に$${N!}$$で割ればいい。どっちにしろ、分配関数は領域$${D}$$の体積にのみ依存するという形になる
また、Wikipediaには、ワイルの予想として、$${N(\mu)}$$の次の項が書いてある(原論文には書いてない気がするが?)が、これを信じると、
$${\dfrac{ \mathrm{vol}(D^N) }{ L^{3N}} \gg \dfrac{\mathrm{vol}\left(\partial(D^N) \right) }{ L^{3N-1} } }$$
$${ L = \displaystyle \sqrt{\dfrac{\hbar^2}{m k_{B} T} } }$$
であれば第二項は無視できる。ここで$${L}$$は長さの次元を持つが、例えば$${T=300 \mathrm{K}}$$として、質量$${m}$$を窒素分子一個の質量(28g/アボガドロ数)とすると、0.05Å程度になる
$${N=1}$$の時は
$${\dfrac{ \mathrm{vol}(D) }{ \mathrm{vol}(\partial D) } \gg L }$$
という条件で、左辺は領域$${D}$$の表面形状が複雑であれば、いくらでも小さくなりうるが、0.05Åとかボーア半径よりちっせえので、1Kを下回るような低温であっても、一般的に第二項の影響を心配するには及ばないことになる
ともあれ、ハミルトニアンには明示的に含まれていなかった体積依存性の由来は明らかになる
自由粒子じゃない場合もワイルの法則は拡張されてるとWikipediaには書いてあるが、要するに、この漸近法則は、量子統計力学の計算を古典統計力学の計算に直接的に還元するための数学的基盤を与えていると理解できる
昔、ワイルのこの定理を読んだ時は正直ツマラナイ結果だと思って読み飛ばしたけど、浅はかだったかもしれない。勿論、ワイルの証明を読んでも、そういう意味に気付くことは不可能だろうが
以上の話は数学的には完結しているが、物理的には、領域の体積と物質の体積は区別されるべきでないかという疑問が残る
古典的描像で素朴に考えるなら、全ての粒子が領域の一部に局在する確率は0じゃない。例えば、粒子が偶然に立方体領域の上半分に局在したら、物体の体積は半分になるのでは?
もうちょっと精密には、体積には揺らぎが存在し、揺らぎの二乗平均は等温圧縮率に比例する(ランダウ・リフシッツ『統計物理』第二版の式114.7)
ビリアル応力は時間毎に決まる瞬時圧力を与え、熱力学的圧力と同定されるのは、瞬時圧力の時間平均というのと同様に、領域の体積は固定だが、物質の体積にも瞬時体積と呼ぶべきものがあって、時間平均を取ると熱力学的体積=領域体積に一致するという形であるべきだという気がする
ところで、本題の計算によると、領域$${D}$$自体の変形を考える代わりに、数学的には、$${D^{N} \times GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R})}$$でモノゴトを考えても結果は同じというトリックは有効らしい
体積変化だけが問題なら、$${GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R})}$$の部分群であるスケール変換群$${GL_{+}(1,\mathbf{R})}$$(集合としては正実数が掛け算に関して作る群で、単位元は1)だけを考えればいい。しかし、一般的な設定で問題を考えておいて特殊化する方が見通しはいいだろう
$${ GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}) }$$の元は人間が勝手に決めただけで、それ自体が時間発展するわけじゃない。瞬時体積というものが作れるなら、$${ GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}) }$$の元を時間発展させる自然な方法が存在するのかもしれない
もし、古典力学的ハミルトニアンを$${T^{*}(D^{N} \times GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}))}$$上の関数に拡張する自然な方法があれば、$${ GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}) }$$の元の時間発展を定めることができて、シミュレーションで体積の揺らぎを計算できるだろうし、理論的にも都合が良い
$${ GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}) }$$の元をハミルトニアンに作用させることで、$${ T^{*}(D^N) \times GL(\mathrm{dim}(D) , \mathbf{R}) }$$上の関数は得られるが、これだけでは、$${ GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}) }$$の元の時間発展は決まらないのでハミルトニアンとしては使えない
実用的には、$${ GL(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}) }$$のような曲がった空間は使いにくいので、単位元周りの接空間$${\mathfrak{gl}(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R})}$$で考えて、$${T^{*}(D^{N} \times \mathfrak{gl}(\mathrm{dim}(D),\mathbf{R}))}$$上の拡大ハミルトニアンがあれば十分かもしれないけど、どっちにしろ、これが正解と言える自然な方法があるのかは分からない
そもそも、こんなのは、偶々上手く言った数学的トリックで、そんなものはないかもしれない