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3時9分、ある男の話。

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

雨が降っていた。何年も変わらない雨だった。
叩きつけるような、一滴一滴が重く、固い音を散らすような雨でした。

「それで?」

私は雨が好きです。雨の音が大好きです。けれど人によっては嫌いと言う人も居るようです。
例えば指の裏で数回、机をノックする。親指の腹でボールペンの後ろをノックする。
こんな無意味な行動でも他人からすると騒音らしいと、この前聞きました。

「この前?」

いつ聞いた話か、一昨日だったような。去年だったような。記憶と時間感覚のバランスは非常に危ういものですから。そこに曖昧さが生まれるのは仕方のない事です。そして、それは体も同じ事だと思います。意思と動きのバランスは、その時々の状況や咄嗟の判断に委ねられている所が多いのですから。
タバコを吸っても?はい、わかりました。

「つまり今、貴方がやっているその動きもバランスを崩した結果ですか?」

貧乏ゆすりも確かに。そうですね、無意識の無意味な行動ですね。しかし別にやりたくてやってる訳ではなくて、何となく体が動くだけですから。だからそんな、人を犯罪者みたいな目で見るのはよして欲しい。

「体が無意識に動くという経験は、過去にも何度かありましたか?」

無意識かどうかを判断できないから、無意識という言葉があります。意識的な行動は、意識する事で解決できますが。そうじゃないから、そうはいかないのです。癖とか、良い例なのではないでしょうか。
いえ、ふざけている訳ではないですよ。そうですね、端的に申しますと覚えていません。どうも遠回りな受け答えをしてしまうのが私の癖、でして。相手をイラつかせてしまうことがありますが、ご容赦ください。

「分かりました。では、当時の状況について教えてください」

そうですね。夜遅い時間、深夜の3時頃だった気がします。人通りの少ない道で、赤い標識が印象的でした。空き缶やタバコの吸い殻が落ちていて大変歩きにくかったですね。傘をさしていたので、余計に。

「こちらの男性に見覚えはありますか?」

特徴の無い顔ですね。
あぁすみません、見覚えは全くありません。
ただ、雨が降っていたことは確かです。

「聴取は以上です」