街の目覚め

 あれ?
 どうもホームの様子が違う。一駅手前で降りてしまった。次の電車はしばらく来ないようだ。仕方ない。ここから歩いて行くか。とりあえず地上に出れば……。出口の選択を間違えたのか、地上に出ても見慣れたものは何もなかった。道も建物も歩いている人にさえも違和感を感じる。
「本坊筋はどこですか」
「川を渡った向こうだよ」
 川だって?
 進路を決めかねて立ち止まっていると犬に足を噛まれる。飼い主が謝りながらリードを引っ張るが、その手は本気ではない。
 草の多い方に行けば犬が追ってくる。何もない方に行ってもやはり追ってくる。小走りを続けてなんとか犬を巻いた。
 信号はいつになっても変わらない。

(変わらない時はボタンを押してください)
 押しボタン式か?
 ボタンを押すと道に川が流れた。川の上に橋がかかる。匂いが戻ってきた。鰹出汁の匂い、チーズケーキの匂い。街が戻ってきた。
「トミー?」
 愛犬が駆けてきた。
 一緒に行くか。
 トミーと共に本坊筋を歩いて出勤だ。
「もう熱は下がったの?」
 店長がヘラヘラしながら訊いた。
 そうだ。セーブモードが働いていたのだった。
 
 先にレジで会計を済ませ後で受け取るシステムだった。コンビニ店員がボタンを押してもヘルプはやってこない。レジには次々に客が押し寄せている。コンビニ店員の体は迷っているようだった。
「急ぎませんから」
 僕はそう言ってレジが一段落するのを待った。数分してようやく間ができた。出てきたコンビニ店員に冷凍庫の鍵を開けてもらった。ちょうど340円の商品を選ばなければならない。カレーがほしかったがカレーは500円だった。僕が手にしたのは魚入りのうどんだ。「えーっ、サバですか?」

 横断歩道ではぐれた子犬が漂っていた。
「誰か、飼い主の人はいませんか」
「私です」
 女はすぐ先で電話中だった。慌てた様子もない。
 曲がり角の先に虹があるような予感がした。細い道だった。薄い虹が見えたが、工事車両が向かってくる。運転手はいない。車は壁の形をしていた。どちらに避けるべきか迷っていると壁車は横道に逸れた。建物と建物の間にはまってそのまま壁になった。
 マンションに帰るとエレベーターは2階に移動していた。5階まで行くと階段で下りて4階のエレベーターに乗らなければならない。10階まで行くともう階段しかなく、上がったり下がったりしながら、ようやく自分の部屋までたどり着く。どこの部屋もみんな壁が取っ払われている。リニューアルしたのだ。防犯カメラがあり安全だとしても、プライバシーはどこへ?
 荷物はそのままの形で置いてあった。こんなに筒抜けで上手く眠れるだろうか。広々として、誰もいないならいいけれど。

#働き方改革 #夢 #サバ #小説

#裏切りの街

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