世界観レンタル
昔はよく本やCDの貸し借りをしたもんでござんす。
「へー、こんな本があるんすかい」
持ち主と本の間にギャップを感じたりして何かと面白いもんでござんす。借りたものがその人と結びついて、好きな世界が広がっていくのは、何とも風流じゃあござんせんかい。貸し借り自体が、1つの物語であったんですなあ。ところで、あっしの貸した『オシムの言葉』は読んでもらいましたかい? って、んなことはどうでもいいんだい。まあ、どんな形であれ貸したもんは返すってのが人の道理ってもんでござんす。よーっ!
チャカチャンチャンチャン♪
「まあまあだったなあ」
むらさんがCDを返しながらそう、言ったんですな。
むらさんというのは、チャーハンを作るのが上手な男で、客から注文がある度に華麗な鍋さばきでチャーハンをお作りになる。
「できたでー」
そうしてできたチャーハンをあっしは何度も客の元へ届けたもんでござんす。時々、残ったチャーハンや唐揚げなんかをくれたりしたもんだから、あっしも多少の義理を感じておりまして。
チャカチャンチャンチャン♪
むらさんという男は大変働き者で、一度にたくさんの注文が通った時でも、額に汗をかきながら鍋を振ってチャーハンを作ったもんよ。しかし客足が途絶えた時なんかは、一転して爆睡する。働き者なのは昼も夜も同じで、寝る暇といったら、ほんの少しの合間くらいってなもんだい。
チャカチャンチャンチャン♪
「貸しましょうか」
お疲れの人には音楽が必要だって、あっしがCDを貸してあげたんでござんす。まあ、音楽ってのはいつでも聴ける。なんなら寝ながらでも聴けるってもんだい。よーっ!
チャカチャンチャンチャン♪
「まあまあだったなあ」
貸し借りのいいとこは、面と向かって感想が聞けるとこでござんす。その言葉によって、相手のことがより深くわかるんでござんす。
「これというのがなかった」
むらさんというのは不器用な男でござんす。しかし、あっしにとっては無難なうそよりも正直な感想の方が100倍もよーござんす。
むらさんは「これ」がなかったと言いながら笑ってやがる。
チャカチャンチャンチャン♪
「これ」はいかに
チャカチャンチャンチャン♪
そんなにメリハリのある音楽じゃあござんせん。
しかし、あれだい。
どこを聴いてもいいんだい、揺れんだい、沁みんだい。
「それ」が好きっちゅうもんじゃございませんかい。よーっ!
チャカチャンチャンチャン♪
ドラマなんかを見ておりますと恋人を家につれてきたはいいが、どうも親父のお気に召さねえってな場面がよく出てまいりまして。
「お前こんな男のどこに惚れたんだい」
それが好きっちゅうもんじゃございませんかい。よーっ!
チャカチャンチャンチャン♪
あえて言うなら世界観とでも言うんでござんしょうか。好きだの感情だのというものは、とかくとらえにくいものでございます。
チャカチャンチャンチャン♪
あっしはこれでわかったんでござんす。
むらさんという男はどうもいけすかねえ野郎だい。
感覚が合わねえ。全く噛み合わねえったらありゃしねえ。
む、むらさん……。
驚いたねえ。むらさんじゃあござんせんか。
らくごなんぞを嗜まれるんで?
やっぱり見る目があるねー。よーっ!
チャカチャンチャンチャン♪