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長崎次郎書店、長崎書店と保岡勝也④もう1つの保岡作品「塔屋」の謎


塔屋

 安西園恵「保岡勝也の経歴と作品について」の中で「保岡勝也の作品」が表にまとめられている。その中に以下のように書かれている。

竣工年月           作品名称       所在地
大正13年   長崎次郎書店正面  熊本県熊本市 
 昭和5年    長崎次郎書店塔屋  熊本県熊本市 

安西園恵.「保岡勝也の経歴と作品について」.日本建築学会大会学術講演梗概集(北陸).1992,p.1098.

 大正13年の「長崎次郎書店正面」は現在の建物のことを表していると思われる。ここで注目したいのは昭和5年「長崎次郎書店塔屋」である。建物とは別に昭和に入ってから塔屋が造られたという事実があるのだろうか。ここではそのことについて考察してみたいと思う。

長崎次郎株式会社に残る詳細図

 長崎次郎株式会社には、現在のファサードのために大正時代に書かれた4種類の図面の内、1種類が保存されている。その写しを見せていただいた。それは1から4まで数字が振られた4枚の図面から成っていた。4枚の内の2枚目が以下の「詳細図」である。

右端に「2 熊本長崎骨董店模様替設計圖」
さらにその左側に「詳細図 縮尺二十分ノ一」と書かれている

 この詳細図は現在のファサードの元になった図面とは違うが、デザインは現在の建物に通じるものがある。店名を縦に記してある部分の上部の断面図と平面図が図面の左側に描かれており、「塔屋断面」「塔屋小屋平面」と表現されている。この建物において、保岡勝也はこの部分を「塔屋」と呼んでいるのである。

長崎次郎書店外観

 以下の写真が現在の長崎次郎書店の外観だが、これは大正時代に描かれた4種類の図面の内の1種類のデザインの通りである。

長崎次郎書店(2023年5月31日撮影)

 昭和に入ってからこの建物にさらに塔屋が加えられたという事実は、残念ながら今のところ確認できていない。その代わりに思い浮かぶ一つの仮説がある。「昭和5年竣工 長崎次郎書店塔屋」とは、実は「長崎次郎書店支店(現 長崎書店)塔屋」の可能性はないだろうか。

長崎書店外観

 以下が熊本市中央区上通町にある現在の長崎書店の外観である。

長崎書店(2024年7月3日撮影)

 左斜め上に塔屋があることが分かる。これについては長崎書店のブログに詳しい。

当店は明治22年創業以来、幾度か建物の建て替えを行っています。
この灯屋が出来たのは昭和初期の建て替えの際に、建物の最上部に据え付けられたものです。(原文ママ)

長崎書店の「ながしょブログ」,「灯屋について」.2008,11.22.

塔屋の竣工年の謎

 仮に長崎書店の塔屋のことだったとして、さらに調べていくと竣工年についての謎が浮かんできた。冒頭の「保岡勝也の経歴と作品について」の中で塔屋の竣工は昭和5年とされているが、過去の書籍で、長崎書店の塔屋については昭和6年に造られたと書かれている物があったのである。以下、長崎書店と、長崎書店を経営していた長崎茂平に関する記述である。

同店の二階屋根上に約二・五メートル高さの塔がとり付けてあったのも、同氏が発案、東京の有名な設計家にいらいして昭和六年造られたもの、銅板製で五高生たちに人気があった。(原文ママ)

「熊本年鑑 第21巻 昭和43年」.熊本年鑑社,1968,p.120.

 長崎書店に取り付けてあった塔屋は長崎茂平が発案、設計家に依頼して昭和6年に造られたと書かれている。また、竣工年は書かれていないが、以下の記述も確認できた。

建物は東京大の教授で一流建築家の設計。現在もそっくりそのまま残っており、塔はシンボル。

読売新聞熊本支局「五高人脈」.昭和出版,1983,p.117.

 どちらにも保岡勝也の名前は書かれていないが、東京の有名建築家、東京の一流建築家が長崎書店の塔屋を設計したことは間違いなさそうである。
 これ以前の大正3年に長崎書店が保岡勝也の設計で改築していたことは、以前、以下の文章などを引用して述べた。

大正三年安岡工學士の設計に係る理想的書籍店に改築し今日に至ってゐる。(原文ママ)

木村俊作.「熊本県案内」.熊本市三大事業記念国産共進会熊本県協産会,1925,p.42.

 大正14年(1925年)に書かれたこの記事には外観写真が添えてあるが、この時は塔屋はない。
 しかしその後、昭和10年(1935年)に出版された「くまもと」(新興熊本大博覧会協賛会)に掲載されている外観写真には塔屋が写っている。
 これらのことから現在長崎書店にある塔屋は、昭和5年か昭和6年に保岡勝也の設計で造られた可能性があるのではないかと想像している。

現在の長崎書店の塔屋の姿

 塔屋は、その後建て替えられた現在の長崎書店ビルの屋上にも残してあり、往年の姿は店舗1階において写真で見ることができる。

現在の長崎書店屋上の塔屋
長崎書店1階に飾られている往年の塔屋の姿

  

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