ハワイ紀行(5)
ホーナウナウのコキィー
せっかくハワイ諸島にいるのだから、オアフ島以外の島にも旅してみたかった。
だが、コロナ禍のときは、オアフ島から出られなかった。島と島のあいだの移動は可能だったが、手続きが煩瑣(はんさ)すぎた。
他島へ行くときと帰るときに、いちいち所定の検査場へおもむき、値段の高いPCR検査をおこなって、コロナ「陰性」を証明しなければならなかった。
だから、オアフ島にいるあいだは他島への旅はあきらめた。いったん日本に帰国して、コロナがようやく収まってきたのを見計らって、改めてどこかハワイの島をめざすことにした。
日本からの直行便が出ていたハワイ島に行くことにした。
ハワイ島はハワイ諸島の中でいちばん大きく、愛称で「ビッグ・アイランド」と呼ばれる。と同時に、一番若い島でもあり、いまでもときどきキラウエアやマウナロアなど、火山が爆発を繰りかえす。
車で海岸沿いの道路を走っていると、そこまで流れてきた、まだ新しい真っ黒な溶岩の帯が見える。
島の西のコナと東のヒロに、それぞれ大きな国際空港があり、ベースキャンプをどちらかに置くか、悩むところである。
コナのほうには、大型のリゾートホテルが立ち並び、海水浴やサーフィン、ゴルフなどを目的にした観光客でにぎわう。
コナといえば、コーヒーが有名だ。コナ・コーヒーは、ブルーマウンテンやキリマンジャロと並んで世界の三大コーヒーのひとつである。
ハワイ島のコーヒーについては、一八二〇年代にキリスト教の宣教師がコーヒーの木を持ち込んだといわれる。二〇世紀になってからは、サトウキビ畑での年季奉公があけた日本人移民がコナに農地を得て、小さなコーヒー農園を始めたりした。
現在、州道一八〇号線に沿って、海抜五百メートル前後の傾斜地でコーヒー栽培がおこなわれている。
そこは十六キロにおよぶ「コーヒーベルト」で、UCCやドトールといった日本企業が観光農園を経営しているほか、三百軒近くのコーヒー農園があるらしい。
僕がコナ側の宿に選んだのは、エアBアンドB(ネット予約の民泊)の一軒家だった。
コナ空港から四十五キロほど南下したホーナウナウという地区の小さなコーヒー農園の中にあった。
僕がそこを選んだのは、別にコーヒーに興味があったからではなく、民泊の紹介文に「コナのホテル街の喧騒を逃れて、大自然を満喫できる」と、あったからだ。
すでに泊まったことがある人たちの評価にも、「ラナイから見える夕日が綺麗だ」とか「夜、コキィーが鳴いてうるさいかもしれないが、ネイチャー・ラヴァ―にはサイコー」とか、こちらが興味を抱きそうなコメントが載っていた。
ハワイの家やマンションに「ラナイ」と呼ばれるベランダがついているのは普通のことだが、ここのラナイは日本風にいえば十畳くらいのスペースがあり、そこに大きな丸いテーブルや椅子、ソファやコーヒーテーブルが置いてあった。
ラナイの床はコンクリート造りだが、まわりには虫除けのネットが張りめぐらされていて、蚊の入り込むすき間はない。電灯もついているし涼しいので、ここで朝晩の食事をすることにした。
利用者のコメントにあったコキィーというのは、夜行性の小さなカエルで、原産地はプエルト・リコだという。
貨物船で運ばれてきた植物か何かに紛れ込んで、カリブ海から遠くハワイ島までやってきたらしい。
家の裏手には雑草が生い茂っており、夕暮れどきになると、一匹、また一匹と鳴きはじめる。日本のカエルのようにケロケロではなく、コキィー、コキィーと鳴く。
どうも鳴くのはオスだけのようだ。ライバルに負けないように、交尾するメスを引きつけるために鳴くらしい。負けたオスはその縄張りから出ていき、移動先でまた別のライバルと歌声コンテストで争わねばならない。
カエルにとっても生存競争だから手抜きができない。だから、夜の帷(とばり)が降りるうちに大合唱になる。
外が真っ暗になってから、一度懐中電灯を持って、その姿を見てみようと雑草の中をさがしまわったが、光を当てると黙ってしまい、一匹も見つけられなかった。
かれらはプエルト・リコで三千年以上も生息してきたというし、一年に五回も卵を産むほどの繁殖力を有している。いま、ハワイの在来種を保護する団体が「侵略的外来種」としてコキィーの駆除に乗りだしているという。
ホーナウナウのアジール
ホーナウナウをベースキャンプに選んだのは、さっきも触れたようにあくまで宿の環境であったが、あとになってから、僕は自分が知らないうちにこの土地に呼ばれたのではないか、もっというならば、この土地が僕を呼んだのではないか、と思うようになった。
その理由のひとつが、ハワイ語で「プウホヌア」と呼ばれる存在であった。
プウホヌアとは一種のアジールである。アジールとは、ドイツ語で「駆け込み寺」「救済所」を意味する。
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