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生涯学び、そして、点と点がつながる

リコーさんによる日本のGRファンイベント「GR meet」、そして、ドイツ在住の人氣フォトグラファー、リンタローとのリコー・ヨーロッパのYouTubeチャンネルでのライヴストリームが終わった(そのようすはこちらに)。

正確な言葉遣いをしようとすると私は、日本語でも英語でも、脳内で言葉を探してたどたどしくなる。これは実は楽器演奏でもいっしょ。

以前は、あまり決め事はつくらず、格子(言葉ならメモ書き、音楽ならコード)だけ決めてあとは本番で即興というのがやりやすいという話を、多くのスピーチや演奏家の達人たちから聞いて、自分もそうしようとしていたんだけど、どうもそれだと満足のいく話、満足のいく演奏にならないことが多かった。

そこで、人前で何か音を発しようとするときは、何を話すか、何を弾くか、まずは書いて、ある程度覚えてしまって、そのうえで本番は即興することにした。すると、そっちのほうが向いているし、オーディエンスも聞きやすいんだということが、最近学んだこと。言い換えれば、私はどちらかといえば書き言葉の方が流暢。音楽も演奏より作曲のほうが流暢。

それにきづいた背景には、近年人前でまとまった話をする機会が増えたことがある。ライヴのMCや講座で教えるときにはきづかなかったこと。

ほんと、こんなことに氣付くのに何十年かかっているんだよという話だ。しかし、学びは生涯つづく。

体調がわるい日などは、ああ今日も学びかめんどくせえなとなるが、そうでなければ日々学べることは楽しい。

学びというとインプットと思う方も多いと思うが、アウトプット、しかも誰かにたいして責任あるアウトプットをするときの学びは大きい。

ところで、いまアルバムの制作まっただなかだ。録音がだいたい終わった現在も、やることが山積みだ。こういう音にしたいんだけどいまひとつうまくいかない、実現するにはどうしたらいいか、みたいなことを、試行錯誤しながら、ときにはネットをリサーチしながらつづけている。ここでも学びの連続。

上記の言葉の喩えで言えば、レコーディングはどちらかといえば書き言葉に近い。細部を直すことはもちろん、場合によってはある箇所をごっそり削除したり、あるいはまったく別なパートを加えたり。

この作業は、私がずっと写真雑誌の記事の執筆などでやってきた作業に近いのかもと思う。

どんな小さな仕事でも大きな仕事でも同じで、一度ばーっと書き、その後何度も何度も見直して、細かな修正を繰り返していく。上記のように、てにをはを直すことはもちろん、場合によってはある箇所をごっそり削除したり、あるいはまったく別なまとまった文章を加えたりする。一度時間を空けると修正箇所が見つかることが多いので、「寝かせる」ことも必ずやる。

いろいろなジャンルで仕事してきて、近年、点と点がどんどんつながっているのがおもしろい。

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