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20年前のこの出来事以来、人物スナップを撮れなくなった
写真を志したばかりのころ、まっさきに興味を持ったのが人物スナップだった。主にストリート。木村伊兵衛、カルティエ=ブレッソン、牛腸茂雄、ドアノー、森山大道、上田義彦と、貪るように写真を見て、感化された。
被写体だけでなく、フィルム感度が ASA 10とも25ともいわれていた時代の木村伊兵衛さんのカラーや、上田義彦さんのコントラストの低いモノクロのトーンにも憧れた。
ライカM6とリコーGR21を持ってはじめて行った海外、ラオスでは、人物スナップばかりした。次に行った香港でもそうだった。
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東京でも、ストリートで人物ばかり撮った。通りを歩く人の、無意識に見せる表情、おもしろい瞬間を写そうと、ライカやGRを片手に毎日撮影した。
ところが、あることを境に人物にレンズを向けられなくなった。それが20年前の今日(10/23)にあった中越地震だった。
実家が震源近くだった。震度7だという。電話が通じない、ニュースでは悲惨な状況が報道される。ネガティヴな妄想ばかりが膨らむなか、ようやく連絡がつき、無事が確認されたころ、東京から不足してそうな物資を車に積み、遠回りの海沿いルートで実家に行った。ライカもいっしょに持っていった。そこに暮らす家族をドキュメントしようと思った。
到着すると、住み慣れた家のあちらこちらにヒビが入り、崩れていた。家族は無事だったが、数日間の恐怖体験のせいだろう、身体が80%くらいに縮んで見えた。地震前にあれほど若々しいオーラを放っていた祖父も、すっかり弱っていた。
するとどうだろう。私は彼らにレンズを向けることができなかったのである。彼らの写真を撮ることは、少なくとも私がやるべきことではないと思った。かろうじて2、3枚は撮った。が、なにか彼らの触れてほしくない部分を暴力的に奪っているような感触を得て、やめた。
代わりに、彼らの周囲を撮った。極度の揺れで曲がった鏡、崩れ落ちた落書のある壁。文字通り祈るような心持ちでライカのシャッターを押した。
東京に帰り、現像し、暗室でプリントし、それを友人に見せた。すると、これまでの君の写真とちがっている。人物は写っていないけれど彼らがそこにいるのがわかる。地震による磁場の歪みも写っている。すごくいいね。と彼は言った。
それ以来しばらく、私はストリートで人物を撮ることへの関心がすっかりなくなってしまった。見ず知らずの人の触れてほしくない部分に触れるようで。
人物を撮る際の自分のなかの基準というかモラルも変わった。それは、「その人が見てよろこぶと思える写真、美しいと思ってもらえそうな写真」を撮るということだ。
しばらく人物スナップがゼロの時期がつづいたが、時が経ち、人物スナップの仕事も入るようになり、現在では以前ほどではないにせよ、頻繁に撮っている。
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私のインスタグラムなどを見れば、ほとんど人物が写っていないのがわかるだろう。私に著作権があるのだがアップすることになんとなく躊躇があったりすることも理由のひとつだ。
それでも、人物を撮ることは大好きだ。きちんと正面から向き合って撮る写真、その人の美を引き出す写真を撮りたいと思っている。
そういえば先日、人物撮影の仕事の話があったが、SNSにほとんどポートレートを載せていないせいで信頼されなかったのか、その後連絡がない(笑)。