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カメラの話を徒然に(11)

フォクトレンダー(6・最終)・・・と言って良いものか

イカレックス Icarex というカメラ

このカメラ、フォクトレンダー社のカメラとはなかなか言いにくい。しかし、フォクトレンダーの記事としては最後にふさわしいかも知れない。

世界的な、というより日本のメーカーとの競争のため、流通合理化を目的として1965年にツァイスイコン・フォクトレンダー社という販売会社が発足したが、その合同ブランドのカメラとして、一眼レフのシリーズが66年に発表された(発売は翌年)。それがこのイカレックスで、イカというのは1909年に複数の光学会社が合併して出来た会社で、その後26年にカールツァイス財団の傘下のカメラ会社、ツァイス・イコンの設立時にその一部となった。そのイカが40年後に新生ブランドのカメラ名になったのだ。こうして見ると名前や経緯からツァイス・イコン社系統のカメラかと思えるし、実際カメラにある刻印はツァイス・イコンなのであるが、レンズ銘(やレンズ構成)やカメラの部品番号などはフォクトレンダーの系統をうかがわせるものがあり、製造の分担などで相当の割合がフォクトレンダー社で行われたのはないかと思われる。

カメラの刻印はツァイス・イコンである
レンズのブランドはカール・ツァイスのウルトロン、のようになっている

カメラは66年にスピゴットマウントのBMと言う系列が出て、その後、ユニバーサルマウントであるM42規格がTMという系列で出ている。これらはイカレックス35BM、35TMと称される。カメラの刻印はツァイス・イコンだが、レンズのプラスティックケースなどにはツァイスイコン・フォクトレンダー(ZIV)の名前が入っている。

カメラとしてはその頃の通常のスペックのもので、シャッター速度は1/2~1/1000秒(なぜか1秒がない)の横走り布幕フォーカルプレーン機で、ファインダーはプリズムとウェストレベルの2種類(相互に交換可能)が用意され、後に露出計内蔵の35CSやペンタプリズム固定の35Sといったモデルも出ている。私が持っているのは35TMで、これは69年に発表されたモデルだ。
ミラーはクイック(インスタント)リターン方式であるし、絞りは自動である。露出計の有無などはあるにしても、使い方としては70年代以降のよくある国産一眼レフと変わらないから、初見でも操作に迷うことはないだろう。小刻み巻き上げは出来ず、シャッターとミラーの作動音はかなり大きい。

Icarex用レンズ

レンズのブランドはカール・ツァイスとなり、レンズ銘は以下のようなラインナップになっていた。
 ディスタゴン Distagon 25mmF4
 スコパレクス Skoparex 35mmF3.4 *
 ウルトロン Ultron 50mmF1.8
 テッサー Tessar 50mmF2.8
 カラー・パンター Color-Pantar 50mmF2.8 (BMのみ)
 ディナレクス Dynarex 90mmF3.4 (BMのみ) *
 スーパー・ディナレクス Super-Dynarex 135mmF4 *
 スーパー・ディナレクス Super-Dynarex 200mmF4 (BMのみ) *
 テロマー Telomar 400mmF5 (BMのみ)
 フォクトレンダー・ズーマー Voigtländer Zoomar 36-82mmF2.8 (BMのみ) *
BMのみ、とあるのは、スピゴットマウントのみで供給されたもの。*印は、先行して世に出ていたベッサマティック用(レンズシャッター式一眼レフ、通称デッケルマウント。これについては後日。)のものを流用したとされるレンズである。ウルトロンとテロマーはベッサマティック用には出ていない(ゼプトン50mmF2と、スーパー・ディナレクス350mmF5.6だった)ので、新たに設計されたものだろう。
ディスタゴン、テッサー、パンターはツァイスのブランドだが、他はフォクトレンダーの名前を引き継ぐ形になっている。

Icarex35TMのレンズ

イカレックス35TMとその交換レンズ

私が持っているのはM42マウントのモデルだ。ユニバーサルマウントのレンズの方が種類が少ないというのは残念であるが、BMの3年後に出ているから、既にBMの販売状況から売れ筋は分かっていたということかも知れない。実際、いまの中古市場でも、90mmや400mmのBMレンズは現物を見たことがない。
M42レンズのメリットとしては、当たり前だが他のM42マウントのカメラで使うことができることだ。私は、コシナが製造したベッサフレックスに装着して使う方が圧倒的に多い。ファインダー(フォーカシングスクリーン)も明るくきれいだし、シャッター音もイカレックスに比べれば断然静かで作動時のショックも少ないからだ。

このシリーズのレンズを使うに当たっての留意事項などを挙げておこう。これはTM/BMとも共通である。
フィルター、レンズキャップはバヨネット式である。鏡胴の枠の内側にネジは切られていないので、汎用のアクセサリーは残念ながら使えない。一時期、台湾のアクセサリーメーカーが、このバヨネットと52mmネジを組み合わせたアダプターを作っていたが、今は流通していないようだ。また、フィルターの枠は樹脂製であまり耐久性がなく、割れたり摩耗しているケースも見られるので注意が必要だ。レンズ側は金属製なのであまり心配はしなくても良いが、落下跡などがあるとバヨネットがはまらないことがある。海外通販などでフィルターを買う時は、UVやスカイライトであることを確認しなければならない。プロクサー(拡大レンズ)が多く流通しているので。
一方で、フードは外ネジである。レンズ先端の外側にギザギザの部分があるが、これが外ネジの山だ。フードはネジ部が金属製で本体は薄いゴム製なので、50年以上経った今は腫物を触るような気分である。これは、外ネジの社外品かバヨネット→ネジのアダプターが欲しいが、なにぶんライカなどの超メジャー機種に比べるとこのシリーズの需要は少ないのだろう、社外品は期待薄である。純正品を見つけたら確保して大事に使うしかない。

以下に各レンズへのコメントと撮影例を上げておく。

●ディスタゴン Distagon 25mmF4
このレンズは非常に謎めいた存在である。25mmF4と言えば東側ツァイスのフレクトゴンが有名だし、西側ならコンタレックス用に63年に出たディスタゴン25mmF2.8が既にあった。それに対して、このレンズが出たのは72年とされている。72年はツァイスの民生カメラ撤退の年であり、作ったけどほとんど売れなかった、とかプロトタイプ程度の数で終わったというのは一定の説得力はあるのだが、そもそもF2.8がとっくに出来ていたわけで、わざわざ9年後にF4で企画する必要はなかったのではと思う。このデータベースサイトによると、20本しか作られなかったというがさすがに少なすぎかと思う。自分が既に1本持っている上に、中古カメラ市で数本は見かけたことがあるので、まさか全世界の4分の1が関東地方に集中しているということもあるまい。
F2.8があったのにF4は、と書いたが、それでもこのレンズ、良い点があって、大変小型であることである。この時代の超広角レンズは前玉が大きく、東のフレクトゴンはF4だが巨大である。それに比べると、このレンズは標準レンズより少し長い程度、フィルターも他のレンズと同じで50mmバヨネット式である(コンタレックスのF2.8だとこれが56mmになる)。見た感じ、広角レンズには見えないくらいのコンパクトさで、取り回しがよく、それでいて写りも良い。

鶴ヶ城/ Bessaflex ,Distagon 25mmF4/ F8 1/2,1/250 ,Fuji RDP III
山つつじ/ Bessaflex ,Distagon 25mmF4/ F8 1/2,1/125 ,Fuji RDP III

●スコパレクス Skoparex 35mmF3.4
デッケルマウントのレンズと同じ設計とされている。私が持っているレンズだと、デッケルの方が写りが良さそうに見えるが、これは単なる個体差だろう。広角レンズであるが、小さくまとまっているので使いやすい。樽型の歪曲収差があり、直線状の被写体ではそれが目立つ。

旅館/ Bessaflex ,Skoparex 35mmF3.4/ F3.4,1/30 ,Fuji CN
観音列車/ Bessaflex ,Skoparex 35mmF3.4/ F4,1/30 ,Fuji CN

●ウルトロン Ultron 50mmF1.8
デッケルマウントではこのクラスにはゼプトン50mmF2がラインナップされていたが、そのままイカレックスシリーズに流用せず、新設計となったレンズである。基本は距離計連動機のウルトロンの構成になっていて、被写体側に大きな凹レンズがあってフランジバックの長さへの対応と、収差補正がされているという。大きく凹んでいるレンズが外見的にユニークで、通称「凹ウルトロン」などと呼ばれている。写りはよく、後ボケは少しざわっとするが、絞り開放からピント面はシャープで使い勝手は良い。
このレンズはシリーズ中でもレアな部類で、このカメラシリーズのみで販売された(後継機では別レンズになった)ため、人気が高い。香港など、クラシックカメラの相場が高い地域だと十数万円という値段も見られるほどだ。

地下道/ Bessaflex ,Ultron 50mmF1.8/ F1.8,1/15 ,Fuji CN
山つつじ/ Bessaflex ,Ultron 50mmF1.8/ F2.8,1/2000 ,Fuji RDP III

●テッサー Tessar 50mmF2.8
このレンズはフォクトレンダーのレンズを流用したのではなく、ツァイスのものである。他にもたくさん存在している有名なレンズであり皆様ご存知の通り、シャープでよく写るレンズである。適当な撮影例がないのでここでは割愛する。

●スーパー・ディナレクス Super-Dynarex 135mmF4
これもデッケルマウントからの流用とされているが、このレンズでのメリットがある。それは最短撮影距離である。デッケルマウントでは4m、このマウントでは1.6mである。レンズシャッター一眼レフはレンズを繰り出すとレンズシャッター機構の筒部分に光束をけられる恐れがあり、最短撮影距離が長いとされている(私は、デッケルマウントの成り立ちからして、部品バリエーションの合理化の面もあると思っているが)。フォーカルプレーン一眼レフではその制約は少なく、レンズの対応できる範囲が広がったわけだ。

再利用/ Bessaflex ,Super Dynarex 135mmF4/ F4,1/125 ,Fuji CN

BMかTMか

コレクションのため、であればやはりBMであろう。TMではラインナップされなかったレンズがあるので。また、TMのM42マウントという汎用性に比べてクローズドなマウントなので、若干安めであることもコレクターには有利に働きそうである。しかし、カメラが壊れたら使えなくなるのでもどかしい(デジタルカメラ用のアダプターはあるようだ)。BMだと25mmレンズはTMよりレアとも言われる。人によってはTMしかないと言うが、私はBM版を販売している海外の画像を見たことがある(現物は見ていない)。90mmレンズは25mmに次いで見つからないし、そのスペックに対して値段も高いので効率は悪いかと思う。135/200mmは比較的よく見かける。400mmは現物を見たことがないのと、かなり巨大なので覚悟は必要かと思う。ズーマーもデッケル版よりレアな気がする。こういう、独自マウントで人気がない(というより知名度が低いというべきか)機種のレンズ探しは難しい。物がないというより、マイナーゆえ積極的に調達・販売しないというのもありそうだ。こういうのはアグファフレックスなどで経験している。それでも探す、というのも楽しみ方ではある。

おわりに

M42マウント、という括りではレンズの種類が膨大だしとてもまとめられないので、イカレックスのM42ということで書いてみた。BMマウントは66年、TMマウントは69年に発表されるが、69年はツァイスイコン・フォクトレンダー社どころか、完全にカール・ツァイス財団配下になってしまう頃で、その3年後にはツァイス・イコンの民生向けカメラそのものが終わってしまうから、その短い期間に、フォクトレンダーの最後の交換レンズが製造されていたわけだ。
その後72年に出たSL706と、それをフランケ&ハイデッケ(ローライ)が引き継いで後に量産するVSLシリーズには、フォクトレンダーのレンズの名前は残ったものの、レンズ設計はイカレックス用とは別物になっている(前期はローライフレックスSL35用のツァイスレンズ、後期は日本製のOEMとのこと)。

会社はなくなってしまったが、レンズは残された。最後のフォクトレンダー設計のレンズと、カール・ツァイスの入り混じったシステムを今後も使って行くつもりだ。


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