カメラの話を徒然に(12)
通称 デッケルマウント(1) (フォクトレンダー)
レンズシャッター式一眼レフ
レンズ(リーフ)シャッター式一眼レフについては、前の記事のアグファフレックスで触れた。ライカやコンタックスのように、フィルムのすぐ前を遮光幕が走るフォーカルプレーン機と、それにミラーとフォーカシングのためのスクリーンを加えたものが後の一眼レフの主流となるわけだが、レンズの後方にリーフシャッターを置き、さらにその後ろにミラーを置くレンズシャッター式一眼レフという形式があった。これらの機構は複雑であったこともあり、リーフシャッターを製造する会社が、一眼レフ用のシャッターを用意する、というビジネス形態が50年代に始まった。今回のマウントは、コンパーシャッターを作っていたフリードリヒ・デッケル社の名前から、デッケルマウントと通称されている。この一連のレンズについて6-7回の連載をしようと思う。
カメラ側については、過去にベッサマティックmを持っていたが重くて持ち出すのが億劫になり手放しており、いま手元にあるのはレチナIIISのみである。レチナIIISについては連載後半のコダック系のところで書くつもりだ。
このマウントシステムは、開口径21.8mm、フランジバック47.5mmのバヨネット式の交換レンズマウントで、自動絞り(撮る瞬間だけ絞る)に対応しており、マウント側に絞り環があって絞りの連動機構などは決まった位置にあった*。つまり、共通化された規格で、カメラメーカー側はこの形状の絞り連動を備えたヘリコイドの中に各社が設計したレンズを入れればよかったわけだ。また、一眼レフの他に距離計連動機用の連動カム仕様もあり、バルダとコダックが距離計連動機を作っている。
このマウントはコダック、フォクトレンダー、バルダ、イロカ、ブラウンなどに供給され、それぞれのメーカやレンズ専業メーカーからの供給で多種のレンズが市場に出ることになるのだが———
各社、マウントに自社の識別爪を作ってしまった。
ということで、基本的な機構は同じなのに、カメラメーカー間の互換性がないマウントになってしまった。残念である。
しかし、フランジバックが47.5mmと長いこともあって、後世のマニアはマウントアダプターを作り、アダプター側を各社の識別爪が当たらないような構造にすることによって、結果的にユニバーサルマウント的な使い方ができるようになった。デッケルのアダプターはM42マウント(これを経由してペンタックスやミノルタ、キヤノンも可能)やニコンFマウントなどがあるが、今やミラーレスのデジカメもあってフランジバックは軒並み20mm近辺であるから、アダプターはいくらでも作れるようになり、この50‐60年代のレンズたちを気軽に楽しむことができるようになった。
*決まった位置・・・わざわざこう書いたのには意味があって、もう一つの大きなシャッターメーカーであるプロンターでも共通的なマウントは企画されたのだが(距離計連動機用)、キング・レグラシリーズとブラウン・パクセッテIII、さらにフォタヴィットで同じマウントなのに連動機構の位置が異なるというものすごく手間のかかったことをしてしまっているのだ。レンズのロック位置やマウントのだいたいの形が似ているので、こういう差別化は混乱の元になりそうなのだが。幸か不幸か、マイナーな機種ゆえ店に各社のレンズが何種も並ぶことがなく問題にはなっていない。
リーフシャッター式の弊害
このシステムは、レンズマウントとレンズ後方のリーフシャッターの機構が一体化している。シャッターを動かすメカがレンズのすぐ近くにあってレンズの後玉の径を制約する上に、機構が収まっている部分が筒状になっていて、近くの被写体にピントを合わせるためにレンズを繰り出すと、後玉から広がる光束がその筒に遮られるという現象が起きる。これを防ぐには大きな口径のリーフシャッターを開発するか、レンズの繰り出しを少なくするしかない。シャッターを大きくしたらカメラが大きくなるし、シャッターのリーフが動く距離が大きくなりシャッター速度の高速化が難しくなる。となるとレンズにしわ寄せが来て、最短撮影距離の長大化を招いた。私が思うには、シャッター機構の筒に蹴られることに加えて、レンズを前に出すヘリコイドを共通部品化したことでより保守的な設計になってしまったのではないかと。
それでも、標準レンズと広角レンズでは、初期は最短撮影距離が0.9mであったがどう工夫したのか規格側の許容値が変わったのか、後期には以下のような短縮が行われている。
0.6m:コダック系の28~50mmレンズ、フォクトレンダーの50mmレンズ
0.5m:フォクトレンダーの40mmレンズ
0.4m:フォクトレンダーの35mmレンズ
コダックは最初に距離計連動機が出たので最初0.9mなのは自然なのだが、フォクトレンダーでは距離計連動機が出ていないので0.9mで始まるのはどういうことなのかがわからない(ヴィテッサTがあるがマウントの仕様は一世代前で、異なる)。
カメラ側のマウントは変わっていないので、最短撮影距離に関わらず共通して使うことができる(距離計連動機では短縮後のレンズは距離計が使えない)。
このほかに、コダック系の中望遠レンズが85mmから90mmに変わったときに、最短撮影距離が1.8m→1.9mになって、なんでこんなことにと思ったのだが、要するにヘリコイド部品が共通で、距離表示部分を薄い板に数字をプリントしたものを貼り付けているやり方ゆえにこういうことになっているのではないかと思う。こういうところは、各社で独自に設計し製造しているレンズとは事情がかなり違うようである。
フォクトレンダーのデッケルマウントレンズ
今回の稿はフォクトレンダーのレンズについてである。フォクトレンダー社のカメラが出たのは59年で、ベッサマティックという名前であった。その後、ベッサマティックデラックス、ウルトラマティックなどが出ているが、レンズは全て共通で使える(ウルトラマティックのシャッター優先自動露出には後期のレンズが必要。マウント面に黄色い塗料でマークされている)。レンズラインナップは以下である。
スコパレクス Skoparex 35mmF3.4
スコパゴン Skopagon 40mmF2
ゼプトン Septon 50mmF2
カラースコパー Color-Skopar 50mmF2.8
カラーランター Color-Lanthar 50mmF2.8
ディナレクス Dynarex 90mmF3.4
ディナレクス Dynarex 100mmF4.8
スーパー・ディナレクス Super-Dynarex 135mmF4
スーパー・ディナレクス Super-Dynarex 200mmF4
スーパー・ディナレクス Super-Dynarex 350mmF5.6 *
フォクトレンダー・ズーマー Voigtländer-Zoomar 36-82mmF2.8 *
(*印は所有していないもの)
以下、各レンズへのコメントと撮影例を上げて行く。3回に分けて紹介する。今回は広角・準広角編。
●スコパレクス Skoparex 35mmF3.4
フォクトレンダー社のデッケルマウントでは最も広角なレンズである。私が持っているのは0.4m近接タイプ。ここまで寄れれば、当時の一眼レフレンズとしては一応及第点であろう。カメラからの出っ張りが少なく小型にまとまっているが、ピント調節はマウント部のリングと近くてやりにくい。デッケルマウントはほぼこういう形なのでどれも操作性は似ている。
描写はよく、絞り開放からシャープで色もよく出る。ボケ味は状況によってはボケに輪郭が見えたりするが、これはファインダーで確認しながら撮っていくしかない。
●スコパゴン Skopagon 40mmF2
レアなレンズである。最短撮影距離は初期0.9m、後期には0.5mとなった。
標準レンズの基本構成の前に、画角を広げるレンズ群が配置された構成で、中望遠レンズ並みに長い、どころか、デッケルの中望遠レンズは他社含めどれも短いのでむしろこちらの方がずっと長い。今時の標準レンズに比べても長くて重いが、描写はなかなかよく、40mmの画角が好きなこともあってよく使っている。ピントはシャープ。ボケはざわついた感じがある。この点についてはゼプトン50mmF2という存在があって他のレンズは分が悪い。
おわりに
デッケルマウントは多数の会社に採用されたが、日本で多く見られるレンズはフォクトレンダー社と、ドイツ・コダック社向けのシュナイダー社とローデンシュトック社だ。イロカやブラウンに供給されたシュタインハイル社のレンズはかなりレアものであるが、デッケルマウントそのものがその後主流となれずにフェードアウトしていくため、価値が上がる以前にライカなどのメジャー級のブランドに比べて知名度が低いのが実情である。しかし、このマウント規格の制約の中よく写るレンズが多く、フォクトレンダーとコダック系統だけでも、それぞれの個性を楽しむことができる。良いレンズを遺してくれたことに感謝しつつ大事に使って行きたい。
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