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雇用サプライズ + 原油価格上昇 + 期待インフレ率上昇、3連打

先週金曜日、雇用サプライズ、原油価格の上昇、そして期待インフレ率の上昇という3連打により、金利が上昇し、株価は下落しました。

[雇用サプライズ]

雇用統計が予想を上回る強い結果となりました。非農業部門雇用者数の純増が予想を大幅に上回り、失業率は低下しました。

  • 非農業部門雇用者数の純増: 25.6万人(予想: 16.4万人、直近2ヶ月修正後: -0.8万人)

  • 失業率: 4.1%(予想: 4.2%、前月: 4.2%)

[月次データに過剰反応する必要はない]

強い雇用報告に対し、シカゴ連邦準備銀行のグールスビー総裁は、「月次データに過剰反応する必要はない」と述べました。そして、依然として雇用市場がインフレの原因になることはないと見通しました。

もちろん、グールスビー総裁は現在の連邦準備制度内で最もハト派的な人物であるため、その発言には一定の注意が必要です。しかし、個人的には彼の意見に同意します。

過去数ヶ月間、雇用市場に関する月次データだけを見た場合、どのようなことが起きたかを振り返ってみます。
例えば、8月初旬に発表された7月の雇用報告では、失業率が4.3%に急上昇しました。また、9月初旬に発表された8月の雇用報告では、月間雇用純増が10万人を下回りました。さらに、8月末に発表された四半期雇用および賃金統計(QCEW)では、実際の米国の雇用純増が80万人以上過大評価されていたことが明らかになりました。この結果、市場は急激な雇用市場崩壊による景気後退を懸念しました。

しかし、当時の原因は明確でした。それは、異例の早さで訪れたハリケーンの影響が大きかったためです。その後、この影響が薄れていくにつれて、失業率と雇用純増は元の状態に戻りました。8月から9月にかけて発表された1~2ヶ月のデータだけで判断していたなら、誤った結論を導き出していたでしょう。

特に、7月の雇用報告で失業率が4.3%に急上昇した際、メディアは「サーム・ルール(失業率が底値から0.5%ポイント上昇すると景気後退が始まる)」が発動したと報じました。しかし、今回の失業率データが2020年1月以降に全面的に修正され、7月の失業率が4.3%から4.2%に下方修正されました。もしその時点で下方修正された数値を事前に知っていたなら、市場はサーム・ルールの発動について議論しなかったでしょう。

雇用データは、このように修正が非常に頻繁に行われます。また、その変動性も大きいです。そのため、月次データに過剰に反応せず、基準を持って判断を進めることが重要です。

追加の事例として、ISM製造業およびサービス業PMIの雇用指標が挙げられます。2024年下半期には、これらの指標がしばしば急激な下落を見せました。そして、そのたびに雇用市場が急速に冷却され、景気後退に向かうのではないかという懸念が生じました。しかし、そのような事態は実際には発生しませんでした。ISMの場合、季節調整値が強く反映された影響が大きかったのです。

[3ヶ月平均値を、他のデータと一緒に見る]

1ヶ月ごとのデータが持つ限界を克服するために、3ヶ月平均値を活用します。また、雇用に関連性のある他のデータも併せて分析します。

例えば、今回発表された労働統計局(BLS)の雇用純増データは、民間機関であるADPが発表する雇用純増データと比較することができます。ちなみに、同じ週に発表されたADPの雇用純増データは予想を下回りました。つまり、金曜日に発表された労働統計局(BLS)のデータとは逆の結果が出たのです。言い換えれば、雇用純増データは一方が強く、もう一方が弱いと評価できます。

以下は両者の月次データの推移です。昨年下半期(赤い丸印)では、両者はほぼ反対の動きを見せました。

blue : BLS
orange : ADP

しかし、3ヶ月平均値を適用してみると、昨年下半期において両者はほぼ同じ動きを見せました。つまり、夏に天候の影響で若干低下したものの、年末には回復傾向を見せたのです。
3ヶ月平均値で見ると、雇用純増は労働統計局の基準で17.0万人、ADPの基準で15.1万人となります。過去にバイデン大統領が「月間雇用純増が15万人であれば良好な数値だ」と発言したことがあるように、10万人台中盤の数字は物価を刺激することなく、経済が安定していることを示すものです。

3ヶ月平均値
blue : BLS
orange : ADP


このように、1ヶ月ごとのデータと3ヶ月平均値の間に差が生じた理由は、労働統計局の調査における高い変動性に起因しています。例えば、ハリケーンやストライキの影響が強く反映された労働統計局のデータでは、月間雇用純増が8月に7.8万人、10月に4.3万人と非常に低い数値となりました。

一方、同じ月のADPのデータはそれぞれ10.3万人と18.4万人と堅調でした。しかし、こうした一時的な要因が解消される局面では、大きな増加幅が見られました。労働統計局のデータでは9月に25.5万人、12月に25.6万人を示したのに対し、ADPのデータはそれぞれ15.9万人と12.2万人にとどまりました。

つまり、特定のイベントに過剰反応したデータと、そうでないデータの違いが、月ごとの数値に差を生じさせたに過ぎません。しかし、これらの要因が解消されることを考慮し、平均値を算出すれば、実際にはほぼ同じ数値に収束します。

さらに、今回の家計調査で雇用純増が48万人増加した点についての指摘がありますが、これは直前の2ヶ月間で61.9万人も減少した反動に過ぎません。3ヶ月平均で見ると、家計調査の基準では依然として-4.7万人です。これは、雇用市場の熱さを示すには適切な数値とは言えません。

[失業率は求人、そして賃金上昇率とともに見るべき]

今回の失業率の低下を受けて、米国の雇用市場が非常に強いという話が出ています。しかし、グールスビー氏のような連邦準備制度の関係者が、雇用市場がインフレの原因にはならないと考える理由があります。それは、米国の雇用市場の熱さが徐々に低下し、現在では均衡点に近づいていると見られるためです。

アメリカの雇用市場の熱さを最もよく表しているのは、求人件数と失業者の比率です。失業者よりも求人件数がはるかに多ければ、雇用市場は非常に活発だと言えます。一方、この比率が大幅に低下すれば、雇用市場は冷え込んでいることを示します。

以下は2000年以降の求人件数/失業者比率の推移です。現在、この比率は1.14となっています。これは、新型コロナウイルス感染症が流行する直前の2019年12月の水準に相当します。当時、雇用市場は物価上昇の原因にはなりませんでした。

求人件数/失業者比率 : 1.14
orange : 歴史的平均値 (0.56)
yellow : 2018-2019のBox 下段値(1.00)
gray : コロナ直前(1.14)
blue : 2018-2019のBox上段値(1.24)

2018年~2019年の期間に範囲を広げて見てみましょう。当時、この比率は一定の範囲(ボックス圏)で推移していました。(下限1.00~上限1.24)個人的には、今後もしばらくの間、この比率が2018年~2019年のように一定範囲内でボックス圏の動きを見せるのではないかと考えています。もしそうなれば、雇用市場が大幅に悪化して景気後退が訪れるという主張も、雇用が過度に強すぎて雇用による物価上昇が起こるという主張も、どちらも説得力を失うことになるでしょう。

ちなみに、この比率は平均時給上昇率の推移と緊密な関係があります。以下は2018年~2019年当時の動きです。両者は似たような動きを見せていました。当時、時給上昇率は33.5%程度でしたが、時給による物価上昇は見られませんでした。

orange : 求人件数/失業者比率 (左)
blue : 賃金上昇率(右)

以下は2024年における両者の動きです。
今回も同様に似たような動きを見せています。賃金上昇率は3%台後半に達しています。2019年と同様の求人/失業比率が維持されるのであれば、3%台後半に達した賃金上昇率は、2019年当時のようにさらにわずかに低下するのではないかと考えています。

ちなみに、2%の物価目標を達成するための適切な賃金上昇率として、連邦準備制度理事会(FRB)は3.5~4.0%を目安としています。

orange : 求人件数/失業者比率 (左)
blue : 賃金上昇率(右)



[求人、今後も緩やかな弱含みの可能性]

求人件数には先行指標となるデータがいくつか存在します。例えば、民間機関が発表する求人データは、労働統計局が発表する求人データに対して約2ヶ月先行しています。以下のグラフでは、赤が労働統計局の求人データ、青が民間機関の求人データを示していますが、引き続き緩やかな下落傾向が見られます。

また、退職率も求人の先行指標の一つです。退職率は求人に対して約3ヶ月先行するとされています。退職率も今後緩やかな弱含みを示す可能性があります。

red : 求人(左、千人)
blue : 退職率(民間、右、%、3ヶ月先行させた調整)
green : 退職率(非農業全体、右、%、3ヶ月先行させた調整)

これにより、求人/失業比率が再び上昇し、雇用市場の熱さを刺激する可能性は低いと考えられます。

[賃金上昇率は予想を下回る結果に]

今回発表された雇用報告では、賃金上昇率が予想を下回る結果となりました。

  • 平均時給(前年比): 3.9%(予想: 4.0%、前月: 4.0%)

また、平均時給に労働時間を加味して算出された**週次総合賃金指数(Index of Aggregate Weekly Payrolls)**においても、最近は安定した動きを見せています。この数値は、ほぼ2010年代に続いた平均的な水準に達している状況です。これを踏まえ、連邦準備制度理事会(FRB)の委員たちは、雇用市場がインフレの主因にはならないと見解を述べています。

さらに、先に発表されたADPのデータでも賃金上昇率が再び低下したことが示されました。

[トランプの移民制限政策が与える影響は?]

トランプ前大統領は移民に対して強硬な立場を取っています。このように移民を制限することで、アメリカの雇用市場で労働者を確保することがさらに難しくなり、雇用市場が一層熱くなるのではないかという懸念が多く寄せられています。

これについても、数値を用いて説明してみます。

バイデン政権下の過去2年間で、不法移民は毎年200万人以上流入していたと推定されています。一方、トランプ政権1期目の時には毎年50万~100万人が流入していたと推定されています。アメリカのような広大な国で、移民を完全にゼロにすることは現実的に不可能です。

ここで、不法移民が150万人減少すると仮定してみます。この150万人のうち、**労働力参加率(62.5%)相当する人数が雇用市場に参加すると仮定し、その中で失業率が4.1%**であると仮定します。

すると、毎年不法移民によって生じていた雇用純増のうち、90万人分が消失することになります。月ごとに計算すると7.5万人に相当します。また、不法移民による失業増加のうち、毎年3.8万人分も消失することになります。

これを求人件数と失業の比率に当てはめてみます。

求人件数と失業の差は、2022年3月に617万人でピークを記録した後、継続的に減少し、2024年11月時点では98万人となりました。これは、毎月16.2万人のペースで差が縮小していることを意味します。

ここに不法移民の減少効果が加われば、毎月求人と失業の差が縮小する速度が7.8万人分減速することになります。つまり、縮小の「速度」が緩やかになるだけで、「方向」を変えるほどの影響は及ぼさないということです。

そして、このようなトランプの移民制限政策は、むしろ現在のアメリカ経済がより長期間、景気後退に陥らないようにする効果が期待されます。

結局のところ、アメリカの景気後退は常に雇用市場の崩壊とともに発生してきました。しかし、現在のように雇用市場における求人と失業の比率が適切に維持されている場合、それは景気の持続性をより長くする要因となるでしょう。

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