ピーター・ドイグ展 PETER DOIG
出掛けた先に何か展覧会やっていないかな‥と調べたのがきっかけで出会えたドイグさん。…出会えてよかった!(すべて写真撮影OKでした)
■かんたんに紹介
ピーター・ドイグ(1959年〜)
イギリス、スコットランド生まれ
「現代の具象絵画においてきわめて重要な作家のひとり」
ゴーギャン、ゴッホ、マティス、ムンクを思わせる構図やモチーフ、彼が過ごしたカナダやトリニダード・トバゴの風景など「誰もがどこかで見たことのあるイメージをもとに」描かれている。今回が日本初個展。
■異彩を放つミドリ。
はじめに私の琴線に触れたのは「カヌー=湖」(1997~98年)だった。
まず、その色に惹かれた。自然に生息するカエルを思わせる鮮やかな黄緑色。
にごりのないエメラルドグリーンのながーーいカヌーは、遠くから眺めているとだんだん、熟していない青々としたバナナに見えた。
その!カヌーにだらりと身体を預ける髪の長い人間……!!
ひえ〜〜!!ホラーだ!!!!と内心テンションマックスになってこやつとしばらく対峙した。
「人間」といったが、ミドリだし、ひょっとしたら河童的なかんじで湖に執着している精霊???なのかもしれない。しかも、よく見ると若干微笑んでいるのがまた不気味だ。
バックのゆらめくように生えている木々たちもどことなくホラーっぽさをかんじ、全体的に不気味なオーラを放っていた。しかし、おどろおどろしい印象は何故か感じなかった。奇妙だけど、楽しい。怖いけど、どこか愛らしい。そんな相反する気持ちを抱いた。
それは、この作品の色にあるだろうと考える。湖面は抹茶スイーツかと思うほどパステル調の黄緑色で、光を表してると思われる白がさらに可愛らしく見えた。
■不穏な風景
次に目に止まったのは、「ロードハウス」(1991年)だった。これは上記の作品とはうってかわって「かわいらしさ」は鳴りを潜めていた。
「カヌー=湖」やこの作品を見てわかるように、彼の作品にはこのように三分割されたものが多いそうだ。実際、この作品以外にも展示品の中に画面を三分割し表現されたものが多く飾られていた。
この作品に惹かれた点は、画面の力強さだった。深く暗い色遣いにガサガサとした表面。何か不穏なことが起こりそうな映画のワンシーンのようだった。
黄金の植物が茂っている下段は舗装されていない泥道のようにも見えるし、中央の木が反射しており泥沼のようにも見える。しかし、どんな場合であってもその下の赤い帯状の部分を自分なりに説明することは難しい。
はっきりと認識できるものとぼんやり曖昧なものが入り混じっているこのイメージをどこかで体感した気がした。何度か作品の前で立ち止まり向き合っていると、自分が見る夢だと気がついた。
寝ているときに見る、夢だ。
視界がとても狭く、端が黒くぼやけている居心地の悪い感覚と似ていた。ドイグはこの作品をどんな気持ちで描き進めていたのか、しばらく思いを馳せた。
■記憶が閉じ込められている
「ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ」(2000~02年)
これは今展覧会のメインビジュアルとなっており、一際多くの人が長く足を止めていた。
初見の印象は、「ファンシーで幻想かわいい!」
まるで、 ロベルト・ベニーニ監督・脚本・主演の『ピノッキオ』(2002年公開)の世界観のようだ。とてもきれいで、石壁にはめ込まれたカラフルな石はとてもかわいらしい。
しかし長くここにとどまっていてはいけないような、危うさが感じられた。ジェペットの言いつけを守らず、楽しいことだけを繰り返すピノッキオの一時の快楽…のような。
○画面に描かれた二人の人物
はたまた、大切にしたい楽しかった記憶がぎゅっと凝縮されて閉じ込められているようにも見える。
向かって左はドイグ自身、右は彼の友人ハイドン・コッタム。
彼らの服装は、ロンドンの国立歌劇場の衣装係としてドイグが働いていた際、舞台衣装を着て撮影した写真が元となっている。こんなエピソードが添えられていたからこそ、「楽しかった記憶」と感じたのだろうか。
余談だが、「思い出」ではなく「記憶」であるのは、この作品全体を上下から包むゆらめいたグリーンのせいだ。
画面全体に散っている白い斑点は、上部では輝く星に見えるし、ダム湖では光の反射に見え、下段では絵の具をより「置く」ように描写されており、表面がごつごつしていて白い花がはかなく咲いているようだった。
くっきりと輪郭を持っているものはダムへと続く湾曲した防壁と人物くらいだ。
このぼんやりとした印象は、まるで美化された誰かの記憶のように感じられた。
■三分割にひらめいた
「夜の水浴者たち」(2019年)
作品がかなり最近に近づいてきた。
これまでキャンバスを三分割した作品を眺め、とくに意味を探ることなくそのままを受け入れ見て回っていたのだが、この作品の前に立った際なにか見覚えのある感覚に陥った。
その感覚をたどりしばらくすると、あることがつながってハッとした。
舞台セットみたい!!!
脳の中で、彼がかつて舞台美術に携わっていたという情報がつながった。
横たわる女性の足元にはやや平面的な建物や帯状にきっちりと境界分けされた海が存在している。これはまるで、板に絵を描き、後ろに衝立を取り付けた舞台の大道具を連想させはしないだろうか。
もちろん、これは完全にわたしの妄想だが、彼の経験したものがにじみ出ているような気がした。
■スタジオフィルムクラブ
「スタジオフィルムクラブ」とは、ドイグの友人アーティスト/チェ・ラヴレスと2003年より始めた映画の上映会だそうだ。これらの一連のドローイングは、上映を知らせるポスターの役割を果たした。
中には、日本の映画もあり「東京物語」や「羅生門」「座頭市」もあった。どれもシンプルではあるものの作品の特徴を捉えたインパクトあるものとなっており、ずらりと飾られたこのスペースはとてもおしゃれな雰囲気を放っていた。
■さいごに
ドイグの作品は、サイズが非常に大きくどれも迫力満点だった。作品に近づくと、そのダイナミックな風景が目の前に広がっている、吸い込まれるような錯覚に陥いる。
これまで、存命されている海外の現代画家の展覧会に足を運んだことがなかったので、制作年が2000年代とごく最近であることがなぜだかとても不思議で、場所は違えど同じ年代を生きている人なのか…と感慨深くなった。
今展覧会は、2020年10月11日(日)までなので、気になる方はぜひぜひ足を運んで体感してほしいです!
■参考文献
・展覧会図録
・ピーター・ドイグ展 公式ホームページ
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/peterdoig/
高等遊民になりたい………。