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ピースケ山にかえる
「さて、もういい頃だろう。」
じいちゃんはそっと籠からピースケをとりだした。
そしてピースケの調子を確かめると、再びピースケをいかにも大切そうに籠に戻した。
「今夜だな。」
今年のピースケとも今日でお別れか。わかっていたけれど僕はさみしかった。
「じいちゃん。ピースケはずっとここにいちゃダメなの?」
僕は尋ねた。
じいちゃんは応える。
「ダメなんだよ。ピースケのためにならん。わしらのためにもだ。」
じいちゃんは僕の肩に大きくてごわついた手をそっと当てた。
あったかい。
「心配するな。こうすればまた春にピースケが来るんだ。」
普段は質素な2人の食卓に、その夜は溢れんばかりのご馳走が出た。
ピースケも一緒に食べる。
ピースケと一緒に食事するのはいつものことじゃない。
今夜出発するピースケのための晩餐。
大好物が並んでいるはずなのに、僕はちょっとも味がわからないような気がした。
そっとじいちゃんをみたら目があった。
「何を辛気くさい顔してるんだ。ピースケのおかげだぞう。しっかり食えよ。」
じいちゃんはニカっと笑いながらそう言った。
食後しばらく暖炉に焚べた薪のパチパチいう音を聴きながら過ごしていたらいつのまにか眠ってしまった。
じいちゃんにそっと揺り起こされて、2人はピースケの入った籠を持ってカンテラを手に山に入った。
息が白い。一言も口をきかない。
ホーホーホー
合図となるフクロウが三度鳴くのを耳にして、2人で籠の蓋を開けた。
こうして冬のはじまりが感じられる新月の夜にピースケはまた山にかえっていった。
「じいちゃん。
それじゃ行ってくる。」
「おう。達者でやるんだぞう。」
昨夜はちょっと食い過ぎたな。
18才になった俺はそう思いながら、はじめて乗る汽車の切符を握りしめて、家を出た。
汽車の車窓から追いかけてくる山をみてふとピースケのことを思い出した。
一度も見たことのないピースケを大好きだった少年の頃の自分のことも。
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🌈ワクワクがあふれだす🌈