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辞めかけて、辞めれなくて、辞めた話。

2022年12月末で4年半勤めた会社を辞めることになりました。

仰々しくも、こうしてnoteにするのは今しか味わえない気持ちを言葉に残していつしか立ち返るために、自分の歩みが誰かの癒しや許しや勇気やアイデアになればと思い、おおっぴらにシェアする次第です。

いや、嘘です。

さっきのは建前で、
関わってくださる大切な方々にただただ、見てて欲しいなと思うのが本音です。少々長いですがどうかお付き合いいただけますと嬉しいです。



お話は前回の続きから始まります。

お恥ずかしながら、こんなキラキラした物語とは裏腹に
営業としての売上実績は散々なものでした。

所属期間中はほぼ未達、しょっぱい年収。順調に出世していく同期。自分の職務経歴書に書きたくない事実が毎月、毎月書き連ねられていく感覚に日々苦しみ続けていました。

仕事柄、嫌でも自分の「市場価値」のなさがわかる。痛い。逃げたい。

それでも社内活性化の分科会でリーダーをすることで
何とかゴマカシゴマカシで会社に居る目的を見出してました。
売れてもないのに、プロジェクトなんかやってんちゃうぞと、もう一人の僕は言ってましたが、でも確かにプロジェクトの中で輝けた実感値があった。でも僕はサラリーマンで営業だ。

やっぱり売れないと会社に寄りどころはなく、
毎週の営業会議が辛くて仕方なかった。
会社のみならず、社会にも居場所がないような感覚が自分を襲いました。

緊急事態宣言下の中、
ベランダから見える景色を眺めながら

そんな矢先、友人がコーチとして
最初のクライアントになってくれないかと連絡があり、
そこで人生初めてコーチングを受けることになる。

やはりテーマは先述した仕事の中での悩み。

ひとしきり気持ちを出し切った先に湧き上がってきたのは、自分の良さがもっと活きるところがあるんじゃないか?という想い。

じゃあ、自分の良さって?好きなことって?
内省を深める中で、「自然×キャリア(※1)」のワークショップをやってみようと結論付けました。

(※1)山歩きや川辺でぼーっとしたり、焚き火作り等のアクティビティをコーチングやグループダイアローグをおり混ぜながら人生やキャリアについて内省を深めるもの。上京して初めて思い知った、自然は自分にとってのルーツであり、偏愛の対象であったということと、
自分がキャリアコンサルタントの資格を持っており本業でも実践していることとの掛け合わせからイベント企画に至ります。

迎えたイベント当日、参加者に対して
「友達と旅行に行った方が楽しいんじゃないか。」
「ただ歩いたり、何もせずに佇むことが嫌じゃないかな。」
そんな不安でいっぱいでした。

でも自分が自然の中で思いっきり遊んでいる楽しんでいる姿や、案内する自然の美しさ/味わい方に触れて、
「本当に一泊二日なの!?」
「また行きたい!、というか一緒に企画手伝いたい!」
と、自分でも思っても見なかった反応を頂くことができました。

自分の想いが乗るもの、放っておいてもやりたくなることにはエネルギーが宿る。だからお客さんに伝わる。楽しくなる。

身を持って実感を持てた瞬間だった。
ああ、自分って役に立てることあるんだなと。

小さくても良いから自分の個性を差し出すことで小さく商う。その営みが自分の救いになりました。

そこから程なくして、コアキナイPJT(※2)に出会うことになります。

※2 コアキナイPJT


自分は別に起業家になろうって気概の人間じゃないし、かといってお金のためにする副業もどこか違うんだろうなあと思っていたので「コアキナイ」というコンセプトはスッと身体に馴染んできました。

さらにはコアキナイをやっている・やってみたい人たちで一緒に暮らす「コアキナイハウス」が立ち上がる話も舞い込み、即、入居することに。

そして本業においても入居タイミングで異動が通告され、プライベート/仕事に新しい生活が始まりました。



慌ただしく始まった新生活。

シェアメイトの人生に日々向き合うことや、
暮らしの中で誰かにご飯を作ったり、イベントを企画して、小さくでも自分の個性や想いを相手に受け取ってもらうことを通じて荒んでいた心がほぐれて行きました。

暮らしにも慣れ始めたある日、
ハンモックに揺られながら住人と話していた時に、

「コアキナイ的な生き方を広げていく営みなら無限に頑張れるのではないか」というイメージが突如として降りてきた。論理どうこうではなく、なんかファっと、ヒュンッ、スンッと来た感じ。

それは社会人4年目になって初めて持った感覚。
学生時の、時間も忘れて熱中していたあの頃。自分が人材業界を志望した「イキイキ働く人を増やしたい」というビジョンにハマるまさに「イキイキ」した感覚。

世の中は「終身雇用の終わり」、「ウェルビーイング」、「資本主義の限界」など叫ばれる中で、
「自分らしさで営み、繋がり、共に生きていく」ことが重要な意味を持ってくるのではないかと考えるようになりました。

でもそれは自分が歩んできた道を断ち、自ら道を作るということ。断つのは自分の両親が生き様で持って示してくれた道。たくさん稼いで結婚して子供を産んで家と車を買って子供を育てて、孫の成長を両親に見せて。

そして2021年の春を迎える少し前に、部長に退職の旨を伝えた。

同居人や近しい友人にも「よし!いってこい!お前ならやれる!」と応援しもらいましたが、数日後に伝えたのは


「ごめん、正直やっぱ辞めるの怖いんだ。」


という本音でした。

部長に先に伝えてマネージャーに伝える二日前のこと。
突如身体を起こせなくなり、僕はろくに人と連絡を取ることができなくなりました。

心の中でもう一人の自分が囁くのです。
転職エージェントという仕事をしているせいかもしれません。

「そんなキャリアでフリーランスになっても上手くいかないよ」
「なんか物分かり良さそうだけど中途半端だね」
「結局プライドだけ高くて、中身が伴ってないよね」 と。

結果を出せていない自分が「自分らしさ」という救いの言葉に寄りかかっているだけなのではないか、怖いな、恥ずかしいな、イケてないな。

会社都合もあり部署を転々としてしまった、だから結果が他の人よりも出しづらい、
自分は悪くない、会社の采配がこの結果を生んでいるんだと嘆くことはいくらでもできる。

でもそんなに社会は甘くないんだ。なんだかんだ。

結局は自分で選んだことに責任を持つしかないのだということ。
会社やめて次に行けばよかったのに、それでも3年続けたのは自分の選択やろ?だったら自分で腹くくったらどうだ?

どれだけ周りが別に辞めて挑戦しても良いんじゃないかと背中を押してくれても自分の声にはウソを付けなかった。

もう一度今の環境に立ち向かうことを決めました。




「複業はやりつつも本業もやり切る。」
これが残留を決めた後、取り組んだテーマ。

振り返ると、9:00~21:00で働きながら平日夜、週末の活動と忙しなく生活してきました。

会社が終わった後に日が回ってからもオフィスで作業をするような日もあり、今思い返すと異常だったなと。
(家が近かったので終電という概念がなかった)

また、新しくコーチングを受けたりもして、
自分が想像しうる最高の状態を目指し続けました。

結果として辞めかけた本業においては
MVPを取るようなインパクトある実績では正直なかったものの、これまでの自分では想像つかないほどの業績と、難易度の高い案件に果敢に挑戦し成果をあげられたことであの頃社会に怯えてた自分を肯定することができました。

退職未遂事件から1年半後、改めて会社員を辞める決断に至ります。きっかけとなったのは奇しくも自分が主催したイベントで焚き火を前にして放った一言。

「いつまで、こういう人生を続けるんだろう。」

ファシリテーターながらもモゾモゾした気持ちをシェアしました。

会社の人や友人からは色々社外でも活動していてなんかすごいね!とか言われますが、
でも本音としては、どっちも中途半端になるかならないかのギリギリを這うように生きて、上手く自分を魅せていたんじゃないかって。

大きなリスクを取らずに5教科7科目全部で偏差値60を確実にとるような人生。

本音の発露が自分を突き動かし、
その後改めて、会社を辞めることを宣言することになります。

自分にとっては、安心してできるようになった今の仕事。なんとなくでも出来るしお給料もそれなりに良いし、別に人間関係に困らんし。

それでもやっぱり自分の内側から湧き上がる声にはウソを付けないから安心安全を手放し、自分でもイメージがつかないけど感情がゾクゾクする道を選ぶことにしました。



この文章を綴っている12月現在、最終出社を経ましたが次の勤め先(いわゆる転職先)を決めずに退職をしております。

エージェント時代、「次決めてからの方が、転職しやすいですよ!ブランクあると先方から評価下がりますよ!」と何千回と話してきた自分からしたら危なかっしーてしゃーない決め方をしたのですが、年齢的にも自由でかつ、複雑な世の中だからこそ、
試す感覚で良いからやってみようぜとニヤニヤしているわけなんです。

それが、多分僕らしい。
退職時のお礼の挨拶時には「なんか、りょうまっぽいよね。」と何人にも言って貰えました。
だから、きっと僕らしい。

さっきやること(do)を決めてないと言いましたが、
在り方(be)として、
「どんな境遇だとしても、しなやかに、なめらかに生きるということ」を掲げています。

人生の選択肢や自分の価値観や気持ちの受け取り方は選び直せるということ、
できる/できない、ある/ない、現職か/転職か、などいろんな二項対立があるけども、
少しでも見る視点を変えればもっとグラデーション豊かにしなやかに他の誰でもない自分を生きることができるんじゃないかと思っています。

そんな青臭いことを考えながら、でも浮世離れせず地に足つけながら、今この時に命があることに感謝しながら進んでいきたいと思います。

あとがき

辞めることを決めたのが2022年8月。9から執筆してきましたがまぁ筆が進まない。そらそうです。次を決めていないのですから。それはそれは不安でした。

何も決めていないけど、唯一辞めることだけは決まっている。この状況の気持ち悪さったら。。。
2度(?)と味わえない貴重な体験ですがもうイヤです。笑

「手放すと色々と入ってくるよ」と周りの方からよく言われることですが、

気になっていた方とお会いする機会に恵まれたり、
あんなこといいな、できたらいいなと無邪気に心と頭が動き出す感覚があります。どうやら噂は僕の中では本当だったみたいです。

あとがきの最後に、
手放した自分が今考えているものについて少し紹介させてください。

「こんな場所あるよ!」
「え、一緒にやらん?」
「一緒に勉強しよ!」

などなど、予期せぬ素敵な出会いに期待しながら
もしピンとくるものがあればお気軽にご連絡いただけますと嬉しいです。


【ライフスタイル編】

■自然豊かな拠点を作りたい

東京起点で自然に人を連れていくことはしてきましたが、自分としても場を持ってみたいという気持ちが湧いてきております。

自然体験の玄関口として、
「暮らし」という単位で自然やローカルを味わえるような場づくりをしていきたいとも考えてます。

〜ざっくり要件〜
・東京からバスや電車で2~2.5h
(アクセスの良さと自然の美しさはトレードオフですが・・・)
・山と川が綺麗な場所
・倉庫や庭があると最高
・賃貸/売買は問わず。

【お仕事編】

■できること
業務委託形式で下記ジャンルを考えております。

・人事領域でのお仕事(主に採用関連)
・コミュニティ運営、場づくり

■チャレンジングだけどやってみたいこと

・法人やチーム、コミュニティへのリトリート事業
→これまで100名以上、20回以上のイベント企画をしてきました。

・ライフエージェント事業
→企業の求人を初めから紹介するのではなく、
カウンセリング/コーチング/キャリアコンサルティングを通じた価値観の探求をメインに、仕事外での体験/実践の場を提供するようなサービスをしたいなと思ってます。

自分の体験として、辞めることをちゃぶ台返しして色々な体験をしたおかげで納得感が醸成されました。
トランジション(転職も含む)はもっとゆっくりでもいいんじゃないか?
検証したい問いに時には足を止めながらも向き合った納得感の方が大事なのではないか?と考えております。

もちろん僕個人のn=1の話ではありますが、
色々試してみたく、興味がある方は是非ご連絡ください。

【学びたい、深めたいテーマ、やってみたいこと】
・場作り
→自然の中での場づくりや、シェアハウスでの営みを通じて、どんな発言や態度や些細な出来事も誰かの未来につながると実感して止まない今日この頃
→ワークショップ設計やファシリテーション、あとはプロセスワークにも興味あり。

・森作りやウッドクラフト
→素人に毛を生やすくらいでも良いので
森をお手入れする基礎とか、机とか椅子とか棚とか自分好みにDIYしたいな。できたらいいな。
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これまでを支えてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
どうか今後も見届けてやってください。

そして分厚めなあとがき失礼いたしました・・・
最後まで読んでくださりありがとうございます。

少しでも自分のあゆみが誰かにとって、許しや安心や勇気に繋がることを願って。

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