知られざる名建築の裏側 代々木体育館の空調を支える「バズーカ砲」とは
僕が専門としている建築設備は、建築の分野の中でも表に出ることがない地味な存在。
バンドで言えば、ボーカルやギターの裏でリズムを刻む、ベースやドラムのような存在だ。
そのため、設備士はこれまであまり日の目を浴びてこなかった。
しかし、時代は変わり、省エネへの注目が上がり、2015年にはSDGs(持続可能な開発目標)が国連サミットで採択された中、建築設備が注目され始めているのをご存知だろうか?
そう。今、設備が熱い!!!!!!
そこで、この連載では、過去の設備士が行ったエポックメイキングな名建築のエポックな設備に注目したい!
リズム隊がすごいレッド・ホット・チリ・ペッパーズのように、実はあの名建築の設備も、すごい技術と情熱が詰まっているのだ。
第一回目は丹下健三設計「代々木体育館」。建築界のレジェンドと言っても過言ではない名作だ。
「吊り屋根」という特殊な形の建物に対して、設備士はどう挑んでいったのか。
そこには「バズーカ砲!」とも形容できる特殊な空調で、これまでにない建築に設備を融合させていった、設備士・井上宇市の隠された功績があった。
なぜ代々木体育館は特殊な形状をしているのか?
まず、設備を見ていく前に、代々木体育館を建築物としてじっくり見てみよう。
建築を専門にされていない方でも、バレーボールのテレビ中継や、過去の東京オリンピックの映像などで一度はご覧になったことがあるだろう。
実は、体育館が二つあることを、ご存知だろうか?
バレーボール中継などでよく目にするのが第一体育館。それとは別に、第一体育館同様、特殊な形状で目を引く第二体育館が同じ敷地にある。
どちらも丹下健三と構造設計者の坪井善勝によるもので、吊り橋のような構造をしているのが特徴だ。
代々木体育館が特殊な形状をしている理由。それは「中に柱が一本もない」空間を作るためである。
吊り構造にすることで、柱に視界がさえぎられることもなく、観客が競技に集中できる状態を作り出した。吊り構造は競技観戦に向いた設計なのだ。
日本の設備設計界のレジェンド・井上宇市
(出典:井上宇市建築設備設計アーカイブ )
そんな特殊な形状の建物に「設備」を融合させた人物が「井上宇市」である。
ハードロックでいえば、レッド・ツェッペリンのような伝説の設備士。設備を専門でやっている人にとってはまさしくレジェンド。
私たちが大学時代に教科書として使っていた書籍を何冊も生み出した方だ。
井上宇市は、代々木体育館以外にも、同じく丹下健三設計の「東京カテドラル聖マリア大聖堂」「旧電通本社ビル」、か・かた・かたちの菊竹清訓の名作「ホテル東光園」、女性建築家として名高い長谷川逸子の「湘南台文化センター」など、名作ばかりに関わってきた、名実ともにレジェンドな存在なのである。
代々木体育館の設備が見せる、特殊な形態とのフュージョン
さて、それでは本題の建築設備についてみていこう。
先ほど説明した吊り構造は柱のない空間を実現する一方で、欠点も存在する。天井がないため、設備設置のスペースがないのである。
通常、天井の中には、ダクトという風の通り道を設置したり、空調用の機械を設置したりする。そうでもしなければ、会場内の室温が調節できず、夏は蒸し風呂、冬はかまくら状態になってしまう。
とはいうものの、屋根自体が建物全体を支える構造のため、ダクトや設備を吊ることができないのだ。なんとも設備的には難易度マックスな建築なのである。
設備設計者としては思わず「無理だ!」と弱音を吐いてしまいたいところ、設備士界のレジェンド井上は、驚きのアイデアでそれを克服した。
(出典:豊川斎赫『群像としての丹下研究室 戦後日本建築・都市史のメインストリーム』オーム社、2012年)
「まるでバズーカ砲!?」とも思えるような空調のノズル吹出口で解決したのだ。
これまでダクトによって送風するのが通常であったところ、特殊な吹出口で遠くへ飛ばすという、これまでにない新しい発想を取り入れたのだ。
資料によれば、オリンピックという失敗の許されない国家プロジェクトに向けて、何度も実験が行われたようである。
温度や気流の分布を模型実験し、実現までこぎつける。
そこに、当時の設計者たちの並々ならぬ情熱が感じられる!
さらに驚くのが、この物件は予算の問題から、暖房だけしかできない空調設備になっている点だ。
思い切って冷房はできないようにし、夏場は送風のみ。
その判断の大胆さには驚かされるばかりだ。
加えて、吊り構造のケーブルの間をトップライトとして利用することで、建物の屋根部分から効率良く大空間へ自然の光をもたらしている点も、目から鱗である。
(出典:一般社団法人建築設備綜合協会環境デザインマップ編集委員会・編『環境デザインマップ 日本』総合資格、2018年)
また、第二体育館は第一体育館よりも規模が小さいため、いかにして空間を有効利用するかの試行錯誤の跡が見られる。
客席の下に空調機をおさめていて、客席から空気を吸い込み、ダクトで屋根面まで空気を運搬して、ノズル吹出口からアリーナへと供給している。メンテナンス上の問題もあるということだが、制約も多い中、建築と設備が美しく融合していると感じた。
まとめ
吊り構造という特殊な形状に「設備」を融合させたこの建築、みなさんいかがだっただろうか。
設備と構造。
相反する二つの要素をいかに両者ともに成立させ、空間を快適にするべく設備を配していったのか。先人たちが残した名建築に、当時のレジェンドたちのとても熱い熱い想いの一端を感じ、たいへん衝撃を受ける結果になった。
私たちの事務所でも、当時のレジェンドたちに負けじと、熱い熱い想いの込もった建築を作り、意匠・構造・設備のセッションを奏でたいと思う。
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