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『シビル・ウォー』とテキサス共和国

映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』がまもなく公開されますね。

「内戦が勃発した合衆国」という設定が現実世界の緊張の高まりと相まって話題となっていますが、当初から突っ込まれまくっているのが「カリフォルニアとテキサスが同盟を組んで連邦政府と戦っている」という点です。

連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。

こちらの引用は公式サイトから。

なぜカリフォルニアとテキサスとの同盟設定が突っ込まれるかというと、現実世界ではカリフォルニアは民主党、テキサスは共和党それぞれの強固な牙城であり、両者が手を組むなんてとてもじゃないけれど考えられないからです。

ここで注目したいのが両州のバックグラウンド。

カリフォルニアはシリコンバレーとハリウッドを抱え、リベラルな価値観が行き渡り、全米でもトップクラスに裕福な州です。それゆえに独立を望む声は以前からあったのですが、トランプ政権下で強まっていった経緯があります。

トランプ氏が米大統領選で勝利したことを受け、独立の支持率は2014年に実施した前回調査の20%から大きく上昇した。

カリフォルニア州の独立支持率は全米平均より遥かに高い。

そして、実は同じように独立志向が強いのがテキサス州です。

しかしカリフォルニアと異なるのは歴史的経緯。カリフォルニアがメキシコ領土だったのを合衆国に編入されたのに対して、テキサスは「テキサス共和国」としてメキシコから独立した上で、その後に合衆国に加わっています(1845年)。

つまりアメリカ合衆国の州のなかで唯一、独立国家だった歴史を持つのがテキサスなのであり、そのバックグラウンドが現在にまで影響を与えているのです。

テキサス・トリビューン紙によると、テキサス州がアメリカ合衆国から脱退可能だとする根拠のない通説が現在に至るまで流布している背景には、同州独立の歴史がある。テキサス州は、1836年にメキシコからの独立を宣言。その後9年間を独立国の「テキサス共和国」として過ごしたのち、アメリカ合衆国に併合された。テキサス州はその後、1861年に合衆国から脱退したが、その後南北戦争を経て、1870年に再び編入されている。

もうひとつ注目したいのは、合衆国内での人口移動。テキサスはもともと宇宙や半導体に強みをもっていましたが、イーロン・マスクが拠点をカリフォルニアからテキサスに移したことに象徴されるように、近年はテクノロジー産業の集積が一層進んでいます。

マスク本人はトランプ支持で有名ですが、テスラやスペースXで働くような人たちも共和党支持かといえばそうとも言えないのが実情のようです。

イーロン・マスク氏が米テキサス州の州都オースティン最大の民間雇用主となった。

  マスク氏が最高経営責任者(CEO)を務める電気自動車(EV)メーカーのテスラは昨年、オースティン地域で従業員数を86%増やし2万2777人とした。

テキサス州は保守的な共和党地盤の「レッドステート(赤い州)」だが、オースティンはリベラル派の民主党支持者が多い「ブルーシティー(青い都市)」だ。

以上のようにテキサス共和国としての独立志向とテクノロジー産業の隆盛とを考えると、単純に「カリフォルニアとテキサスが組むのはありえない」とは言えないのではないかと思えてきます。

アメリカの州は権限が強く、独自の兵力も持っており、テキサス州兵の数は2万人を超える。また全米2位・日本の2倍という広大な土地を有する同州は、法人税が低いため、テスラなど大手企業の本社や工場も集中している。万が一にも独立した場合、カナダと並ぶGDP世界8位の大国になるというから驚きだ。

また、『シビル・ウォー』で描かれているような内戦が引き起こされる原因のひとつには、「合衆国憲法に州の離脱に関する条項がない」という事情もあるようです。

テキサス独立運動は、分離の是非を住民投票で問うことを希望しているが、米国憲法には州の分離を認める条項はない。1861年にテキサスを含む南部の州が分離独立を宣言した際には、米国史上最悪の内戦となった南北戦争(Civil War)が引き起こされた。

と、ここまで現実の情勢について書いてきましたが、英語圏のレビューを見ると『シビル・ウォー』内ではこういった背景説明はほとんどされておらず、なぜ内戦が始まったのか、なぜカリフォルニアとテキサスが手を組んだのか、といったことにも触れられずにストーリーが進行していくようなので、鑑賞後にまたいろいろと考える余地がありそうです。

派手なイメージに反する淡々とした戦闘の描写はイラクでの爆弾処理班を描いた2008年の傑作映画『ハート・ロッカー』とも比べられているので、公開を楽しみに待ちたいと思います。


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