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10月の終わりにする夜桜の話

素材サイトでいい感じの夜桜の写真を、と思ったけれど、どんなに美しい桜の写真より、これを読んでくださっている方々の思い出に残っているであろういつかのなんらかの桜がきっと私のイメージしているものにもっとも近いだろうと考えたので、桜の画像はなしでいこうと思う。

ここにのこしておきたいテーマはたくさんあって、先に載せたい記事が今この瞬間もいくつかあるけれど、どうしても気になったもう10年以上前の思い出話。よりよって冬の一歩手前で桜の話。


私にとって最も強烈な桜の記憶は、上野公園のブランコに揺られながら見上げた満開の夜桜だ。

第一志望の大学に落ちたのを確認した日の夜のことで、当時私は家庭の諸事情でひとり親戚の家に預けられていた。預けられて以来食事をともにすることもなくなったその親戚とはぎくしゃくしていて、顔を合わせることを思うといつも以上に気が重くなり、午後から夜10時の門限ぎりぎりまで上野公園近辺をうろうろした。

合否をどうやって確認したのか思い出せないが、おそらく携帯電話で掲示板を確認したのではないかと思う。

当時の私は自分のことを人に知られるのが苦手だった。人前でどう振る舞っても相手の脳に私の像が蓄積されていく罪悪感で押し潰されていたし、置かれた状況の特殊さで心身のバランスを崩し人付き合いそれ自体に混乱していた。それに耐えうるしっかりとしたタイプの人間ではなかった。

だから、私のことを知らない赤の他人と1対1でするチャットがなんとなく安心していられる人間関係の場だった。時には20代後半の男性、時には30代女性、とランダムにプロフィールをでっちあげてエチュード気分で遊んでいた。(※「エチュード」…演劇用語で、役割や場面設定だけを決めて台本なしで行う即興練習のこと)

その日の私は珍しく高校3年生の女性という本来のプロフィールと一致する人格で誰かと話していた。合格発表時刻前後のお昼どきのいつか、当時私にあてがわれていた親戚の家の私以外誰もいない最上階の、かつて親戚の家族が住んでいた寒くてタバコのにおいが染みついたあの部屋で。相手は二回りほど年上の男性で、関東のどこかで貿易の仕事に携わっていると言っていた。お互い相手のプロフィールに確信はなかったが、アニメや音楽、気候などたわいもない話をするのに詳細で正確な個人情報は要らなかった。

特に会話が盛り上がることもなく、シンプルな、ラリーを続けるためのラリーを繰り返して数十分経った頃、相手が「今日はどうもありがとう。昼休みの間誰かと話せて楽しかった。またね」と言ってきた。私は食い下がった。「今日は大学入試の結果発表がある。レスはなくても良いからルームにいてほしい」と。

相手からレスはなかった。相手が退室した、との通知もなかった。

コートを着て外に出かけた。じっとしていたら気持ちが途切れてしまうから、歩き続けられるところ。ずっと歩き回っていても不審がられない広いところ。考えなしに歩き続けても帰り方を見つけられそうな交通量や標識の多いところ。そういうわけで上野公園。

不合格を確認しても相手には知らせなかった。「ルームにいてほしい」という私の発言以降チャットは止まっていた。ときどき立ち止まってはルームがあるのを確認し、あてどなく上野を歩き回った。

猥雑なネオン、稲荷の赤い鳥居、不忍池の上に広がる夜空、オレンジの街頭に照らされた桜と運動場の緑色のネット。

どの駅から上野公園に行ったのか、歩いた順もいまやまるで思い出せない。時間の長さを考えると行ったり来たりしてたんだと思う。気づいたらブランコに座り、ルームがまだあることを携帯電話の画面で確認していた。

宵闇をバックに風に揺れる桜の花を揺れるブランコの上から眺めると、遠近感や重力への感度があいまいになる。目の前の桜の花に迫ったり遠のいたりしているうちに次第に頭が空っぽになっていった。当時の私はお酒の味を知らなかったけれど、あの瞬間が人生で一番酩酊していたと思う。

体力が尽きる前に私の貧弱な三半規管が限界を迎え、吐きそうになりながらブランコから降りた。誰か知らないチャットの相手に「もう大丈夫です。どうもありがとうございました。」と送った。

返事はなかった。しばらくしてから画面を確認すると、システムが相手の退室を知らせていた。


合格発表の時期と上野公園の桜の季節との微妙な食い違いに加え、あれ以降何度か上野公園でブランコを探したけど見つけられていない(あの広い上野公園のどのあたりでブランコに乗ったのかも全く思い出せない)ことから、私の頭がいくつかの記憶を結びつけて一つにしてしまった捏造の記憶かもしれない。

まぁいいよね。これフィクションだもん。

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