新卒社会人、ロマンス詐欺に遭う。
一通のメールが届いた。送り主は、不明だった。
◇
LINEなるものが登場する前の平成10年代後半から20年代初期にかけて、乱世ではキャリアメールが天下に君臨していた。ガラケー幕府が滅びスマホ幕府が開かれるのは、もう少し後の話である。
ガラケー全盛期だった高校時代、各地の大名たちはメールアドレスで個性を磨いていた。メールアドレスの“@”より前を好きなようにカスタマイズできたのだ。自分と恋人の名前を“love”とともに入れる輩も多く、そういった連中に歯噛みする暗黒の時代だったことはこの際触れないでほしい。
本筋に話を戻すと、社会人一年目のとある4月の夜、一通のメールが届いた。スマホのアドレス帳には登録されていない。
心当たりは、あった。
新人だけで集まって飲み会をしたときに、全員のメールアドレスを交換した。その中で、僕がメールアドレスを教えた後に「後でメール送るね~」と言ったのにもかかわらず、まったく寄越さなかった人がいたのだ。たぶんそいつだろう。
しかし、名前がないので確信が持てない。僕もよく名前を載せ忘れて「だれ?」という怒涛の返信が来た経験がある。ああ、今頃たくさんの「だれ?」メールが届いてあわあわしているんだろうな。
僕はそう思い(こんで)、返信した。
ただし、僕は紳士であるからして、安直に「だれ?」なんて返さない。ていねいに、それはていねいに返信メールをしたためた。
うーむジェントル。実にジェントルである。
柄にもなく漫画「SPY×FAMILY」のヘンリー・ヘンダーソンみたいなキャラになっているが、とにかくジェントルな対応を心掛けた。
ジェントルが功を奏したのか、数分後に返信が来た。
今ならこの時点でロマンス詐欺や迷惑メールの類を疑うのだが、まだ年端も行かぬ無知な新卒社会人はちょいと乗り気だ。今の時代、こういう出会いもアリじゃないか。KinKi Kidsの「to Heart」の歌詞にも「ケータイでつないだ運命」ってあるしな。そしてその場で、座右の銘を「一期一会」に決めた。
いやいやいやいや!
アルロンよ。おいアルロンよ。お前は騙されている。そいつは将来の正室などではなく、敵国の間者だ。
あとなんでいつもはネガティブなのに、こういうときだけポジティブなんだよお前は!
そんな12年後の自分の声など露知らず、22歳の僕はホイホイとメールを返した。
スパムメールに返信し、あまつさえ自分から名乗ってしまった。お前はどこまでジェントルなんだ。
数分後、返信が来た。
他愛もないメッセージのやりとりを楽しむ若き日のアルロンよ。「木村あやさんか~どんな人なのかな~(ぽわんぽわんぽわんぽわわわわ~ん)」と妄想にふけているところ申し訳ないが、そんな人は実在しないよ?
そんな幻に魅せられて、あれよあれよと個人情報を晒していく。
すっかり有頂天である。聞いてもいないのに部署や職場の雰囲気まで答えている。めちゃくちゃ痛い奴じゃないか。たぶん木村あやの中の人は北海道の田舎なんて知らないから、「〇〇町ってどこよ」って思ってると思うぞ。
数分後、返信が来た。
もはや話の脈絡が合っていない。木村あやの中の人は、「こいつはそろそろ釣れるな」と判断し、強硬手段に切り替えた模様。確かに、この時点でものすごい違和感があった。「なんだよ、僕の質問はスルーかよ」と思った記憶がある。
だからお前は騙されてるんだってばよ。いい加減気づけよ。「それでも、せっかくの出会いだし……」じゃないんだよ。
怪しいと感づきながらも、添付されたURLを開いた。良い子は絶対にマネしちゃダメだぞ。
なんだよ「グッ友」って。「ずっと友達」略して「ズッ友」とも違う。「グッドな友達」ってことか? なんかダサくない? もっとネーミングセンス磨いてこいや。
ますます不信感が沸いてきた。そこで僕は、「メールアドレス変更 木村あや」でググった。すると、検索結果にはこのように書かれていた。
詐欺だったのかーーーーー!!!!!
うっわー! やっちまったよ! 個人情報ベラベラとひけらかしちゃったよ!
しかも、木村あやのプロフィール写真も完全に一致してるじゃないか。どうやら外国人(中国だった気がする)の写真を無断利用していたらしい。
くっそー! なにが「こういう出会いもアリ」だ! なにが一期一会だ! もうたくさんだ!
僕は「From:木村あや」および「To:木村あや」のメールをすべて消去した。しれっとアドレス帳に登録してんじゃないよ。
◇
振り込め詐欺に遭ってから数年後にロマンス詐欺に遭うなんて、だれが予想していただろうか。
この経験で、僕は重大なことを学んだ。
「人は同じ過ちを繰り返す」のだと。
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